2500文字デスゲーム

円 一

2500文字デスゲーム

 Aには三分以内にやらなければならないことがあった。


 目の前の死体を切り刻み、どこかに埋め込まれた鍵を取り出さなくてはならないのだ。

 

 殺風景な部屋には、Aを含めて五人の男たちが集まっている。

 いずれも面識はない。この部屋にいる経緯は様々だったが、たとえばAであれば、友人と酒を飲むうちつい寝込んでしまい、気が付けば、この部屋にいた。

 他の四人も、細部に違いこそあれ、ほとんど似たような状況であった。


 つい数分前、男たちが目を覚ますと、天井のスピーカーから機械的な音声が流れた。


「おはよう。突然だが、君達にはゲームに参加して頂く。今から三分後に部屋に毒ガスを噴射する。生き残りたくば、その箱の死体に埋め込まれた鍵をみつけて、部屋を脱出するのだ」


 男たちの顔が青ざめた。

 どうやら最悪の事態に巻き込まれたらしい。

 

 これがあながち冗談だと思えなかったのは、彼らの住む町で、最近、猟奇的な殺人事件が連続して発生していたからだ。様々な趣向で殺された被害者たちのニュースが連日メディアを騒がせている。


 部屋の中央には小さめの棺桶が置かれていた。

 男たちは蓋を開いてみて、息を飲んだが、すぐにあることに気付いて安堵の表情を浮かべた。一瞬、人間の子供かと思ったが、落ち着いてよく見ると、それは冷たくなった猿の死体だったのだ。


 しかし、その傍らには、小さな医療用のメスが一本置いてあるだけである。こんな小さな刃物で、死体に埋め込まれたという鍵を探せるものだろうか。

 

「私がやろう」


 Aが言った。

 彼は天才的な手技で評判の外科医だった。


「どこから手に入れたかはわからないが、医療研究用の猿のようだ。人体の構造とは少々勝手が違うが、どうにかなるだろう」


 Aはメスを手にすると、素晴らしいスピードで猿の身体をバラバラにし、胃の中から鍵を見つけ出した。


 男たちは急いでドアを開け、部屋を飛び出した。

 すると、そこも同じような部屋だった。

 さっきと違うのは、部屋の中央に一枚の紙が置かれている。


 またしても放送が流れた。


「今度の部屋は、三分後に天井が落ちてくる仕掛けとなっている。瓦礫の下敷きになりたくなければ、部屋から脱出してみせるがいい。ドアの暗証番号はそこの紙に記しておいた」


 男たちが紙を拾い上げてみてみると、そこには数学の難問が記されていた。答えが暗証番号となっているのだ。


 Aが言った。


「くそっ、難しいな。数学は苦手ではないつもりだが、計算がややこしいから、三分では、とても時間が足りない」


 するとBが言った。


「僕に任せてください」


 Bは数学オリンピックの代表選手だったのだ。

 彼は紙片に目を落とすと、すぐに効率的な解法を発見して答えを導き出した。


 男たちは暗証番号を入力して、ドアを開ける。

 

 今度の部屋は吹き抜けとなっていて、天井が高い。

 人の神経を逆なでる機械音声が流れる。


「次の部屋への鍵は天井にぶら下げてある。三分後に床が外れるから、落とし穴に飲み込まれないよう、精々頑張ってくれたまえ」


 男たちは天井を見上げた。


「あんな高いところ、ジャンプしても届きそうにないぞ」


「足場になる台もないようだし、こんな突起もない壁じゃ登るのも難しい」


 そんなことを話していると、満を持して、Cが口を開いた。


「ちょっと待ってくれ。どうやら私の出番のようだ」


 Cは国内トップのボルダリング選手だった。

 彼は、壁のわずかなでっぱりに指をかけると、するすると天井まで登って、鍵を手に入れた。


 男たちは次の部屋へと向かう。

 そこには時限爆弾がセットされていた。


「もうおわかりだろうが、その爆弾のタイマーは三分後にセットしてある。もちろん下手にいじれば、その時点で爆発するから、取り扱いには気をつけてくれ給え」


 Dがよしきたとばかりに胸を叩く。 


「どうやら俺が活躍する時がきたようだ。俺は爆弾処理の専門家だ」


 そう言って、Dは爆弾を完璧に正しい手順で解体してしまった。

 部屋の扉からカチリと鍵の開く音がした。


 男たちは次の部屋へ進んだ。どうやら、ここまでは順調に進むことができている。

 しかし、わからないのは、このゲームの目的はなんなのだろうか?

 ゲームの主催者は、どういうわけか各分野のエキスパートを集めて、彼らの得意分野の課題を用意しているようなのだ。


 ところが、男たちの最後尾につけていたEは浮かない顔をしていた。


「どうしたんですか?」


 それに気付いたBが尋ねた。


「それが、ここまで来れたのは大変有り難いのだが、実は僕には皆のような人に誇れる特技が何もなくてね。このままでは、皆の足を引っ張るだけじゃないかと心配しているんだ」


「そんなことありませんよ」

 

 Bが慰めるように言うと、他の男たちも口々にEを励ました。


「そうだそうだ。そんなこと気にするな」


「ああ、俺達はもう仲間じゃないか。皆で協力して、このゲームを生き残ろう」


「それに、誰にだって、その人に相応しい役割ってのがあるものですよ」


 男たちの激励に、Eは安心したようにうなずいた。


 新しい部屋は今までと違って、ただ壁と天井があるばかりで、課題となるようなものがなにもない。

 天井のスピーカーから放送が流れた。


「おめでとう。よくぞここまで辿り着いた。ここが最後の部屋だ。それでは最後のゲームだ。今から三分以内に、君たちのうちから誰か犠牲となる者を選択するといい。そうすれば残りは無事に家に帰してやる」


 放送が終わると同時に、四人の凍るような視線が、一斉にEへと集まった――


 〇


 「おーい。待てよー」

 

 Eの声が聞こえた。


 Gは追いつかれまいと必死で走った。

 彼は有名な動画配信者だった。今回のゲームは、彼の趣向を凝らした大型ドッキリ企画だった。

 もちろんネタ動画なのだから、ゲームの結果で人が死ぬなんて、ありえない話だった。

 

 ところが最後の部屋から出てきたのは、ナイフを手に大量の返り血を浴びたE唯一人だった。

 

「――まさか僕の趣味が、こんなところで役立つとは思わなかったな。獲物を物色するためにナイフを携帯していてよかったよ」


 いくら相手が四人だったとしても、Eとは経験値が違う。Eにすれば、これまで犠牲にしてきた町の住人を相手にするのと同じような、手慣れた仕事だった。


 Eはその顔に異常快楽犯罪者に特有の狂気じみた笑みを浮かべると、いかにも楽しそうにGの背中に声をかけるのだった。


「そうだ! 僕から、このまま三分間逃げ切ってみろよ。そしたら命だけは助けてやるからさぁ!」


本当のデスゲームが今始まったのだ。

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