花に風トゲに触れても痛くない

きみどり

花に風トゲに触れても痛くない

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 積木で遊んでいる花ちゃんを玄関へと誘導し、保育園に出発する。でなければ、会社に遅刻してしまうのだ。


「花ちゃーん、保育園行こ~」


 しかし、花ちゃんの返事は。


「イヤ」


 ノールックですげなく断られた。

 思い通りにいかない状況に、僕はブルブルと拳を握りしめる。



 自分の意思をこんなにもハッキリ言えるなんて……偉いっ!



 思わず、会社を休みたくなったが、そういうわけにもいかない。

 僕は花ちゃんのそばにしゃがみこんで、「じゃあ、ここにある積木を全部積んだら保育園に行こう。できるかな?」と僭越ながら申し上げた。


「できる!」


 集中して積木を積み上げる花ちゃんを、僕はデレデレと見守った。



 残り二分。



 てててっと玄関に駆け出しながら、花ちゃんが叫ぶ。


「じぶんで!」


 上がり框にちょこんと腰かけ、靴を足に押し当て始めた。

 しかし、全然はける様子がないし、そもそも左右が逆だ。


「ウ゛ァ゛アアア!」


 癇癪を起こした花ちゃんは、靴を渾身の力で投げ捨てた。

 僕は慌ててそれを拾いに行き、俯く。



 もうこんなに遠くまで投げられるようになったの? 天才!



 残念ながら、感動している時間はない。

 靴を持って僕が近づくと、花ちゃんは「じぶんで! じぶんで!」と余計に泣いた。

 しゃがみこんで、「そうだよね」と声をかける。


「自分で履きたいんだよね。じゃあ、ビリビリッてするの、お願いしてもいいかな?」


 花ちゃんは小さく頷くと、一生懸命靴のマジックテープをビリビリはがした。


「すごい! できたね!」


 コロッと、泣き顔が笑顔に変わる。

 無事に靴を履き終え、さあ、出発だ!



 残り、ゼロ分。



 玄関を開けたが、花ちゃんが来ない。

 振り返ると、立ち上がった場所から一歩も動かず、真剣な表情でプルプルと震えている。


「……うんちでた」


 突然の申告に僕は固まった。



「すごいよ、花ちゃん! 教えてくれてありがとう!」



 泣いて喜ぶ僕に、花ちゃんは得意気に笑って見せた。

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花に風トゲに触れても痛くない きみどり @kimid0r1

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