渚が来る!

桔梗 浬

悲劇は続くよどこまでも

 オレには三分以内にやらなければならないことがあった。


 ブッブッーー。

 スマホが悲鳴をあげる。


 オレはスマホの画面を見て息を飲んだ。

 ヤバい、どう考えてもヤバい。


「何でだよ」

「どうしたの?」


『駅についたよ』


 渚からのメッセージが、スマホの画面に表示されている。


「ねぇどうしたの?」


 隣には生まれたままの姿の香苗が、タオルケットを引き寄せ起き上がったところだった。


「ねぇってば」


 オレは慌てて床に散らばった衣類をかき集め、香苗に押し付ける。


「早く着て!」

「なっ。どうしてよ? 今夜はフリーだって言ってたじゃない?」

「状況が変わったんだ。早く!」


 そう言うオレも慌てて服を着て、テーブルの上の空き缶たちを片付ける。

 あと何分だ?


 ブッブッーー。

 スマホが叫ぶ。


『角のコンビニだけど、何か買ってく?』


 また渚からのメッセージ。ヤバい。


「香苗、頼む。早く出ていってくれ」

「何でよ? どういうこと?」

「良いから、オレの言う通りに」

「説明してくれないと、分かんないよ」


 香苗の怒った顔を見て、オレは相当慌てる。時間がない。

 

 ブッブッーー。

『マンションの前に着いたよ』


 ヤバい。もう本当に時間がない。

 オレは玄関にある香苗のパンプスを掴み、バッグと一緒に彼女に押し付けた。


「帰ってくれ!」

「何それっ。もしかして奥さん? 最低っ」

「違う、違うんだ」

「何が違うの? 説明してよ!」


 ブッブッーー。

『エレベーターに乗ったよ』


 オレは香苗に懇願するしかなかった。


「香苗、頼む。君を愛してるんだ…。だから」

「信じられないっ! 何それ、そんな言葉で騙されないわよ。奥さんなら良い機会じゃない、ハッキリさせましょうよ」


 ブッブッーー。


 ブッブッーー。

 ブッブッーー。


 ダメだ、もう時間がない。

 渚が来る!


「何とか言ってよ? こうちゃん!」

「香苗…」

「私と、終わりにしたいの?」


 ブッブッーー。


「ち、違うんだ香苗…」


 ブッブッーー。

『開けて』


 オレはスマホをチラ見する。あぁ…ダメだ。


 ブッブッーー。

『その女、誰?』


 ブッブッーー。

『誰にも渡さない』



―― タイムアウト…。


 シュッ、シュッ!

 その時、鋭い風がオレの側をかけぬかた。


こうちゃん…」


 香苗はそう言うと、ぐにゃぐにゃっと崩れ落ちた。それが香苗の最期の言葉だった。


 オレはその光景を眺め、深くため息をついた。


「あぁ~、これで何人目だ? また引っ越ししなくちゃならないな」


 血塗れの部屋を見て、オレはまたため息をつく。


「オレの言うことを聞いてさえいてくれたら…。香苗…残念だ」


 オレは香苗のスマホを拾いあげ、棚に置く。

 そこには8個のスマホが並べられていた。


「渚、いい加減にしろよな。結構掃除って、面倒なんだよ」


 オレの言葉に答えるように、渚のスマホのディスプレイがポッと光った。

 そこにはオレと笑顔の渚の顔が写っていた。



END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

渚が来る! 桔梗 浬 @hareruya0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ