カップ麺が出来るまでの間に
澤田慎梧
カップ麺が出来るまでの間に
監督には三分以内にやらなければならないことがあった。
――より正確に言おう。
監督には三分以内に収めなければならないシーンがあった。
日本、ひいては世界でも売れに売れているコミック「世界最強のサラリーマン」を原作とした実写映画の仕事。何がなんでも成功させねばと、一流のスタッフを集め、一流の俳優を揃え臨んだ撮影。
全ては順調だった――今、この時までは。
「いや、やっぱ無理ですって。このシーン、三分じゃ収まりませんよ」
撮影監督がお手上げだと言わんばかりに肩をすくめながら言う。彼は編集段階の作業までをも考慮出来るプロフェッショナルだ。その言葉はきっと正しい。
だが。
「だから削れって言うのか? 原作最大の見せ場なんだぞ。作者さんも楽しみにしている!」
――問題となったのは、原作でも屈指の人気シーンである「主人公がカップラーメンが出来上がるまでの三分間に、並いる敵を華麗なアクションで葬り去る」くだりだ。
本作の魅力を詰め込んだような展開で、原作者からも「ここは絶対に入れてください」と強く要請されている。
「それは僕も分かってますけど……。監督、そもそもこのシーン、台詞だけでも余裕で三分超えるじゃないですか」
「うっ……」
そうなのだ。このシーン、アクションだけなら早回しを多用すれば「演出」の名のもとに言い訳がきく。
だが、問題は途中に出てくる長台詞のシーンだった。
――主人公は元・世界最強の殺し屋で、今は何故かサラリーマンをしている。
しかし、その名声は未だに裏社会で轟いており、彼を倒して名を上げてやろうという有象無象の殺し屋や武術家たちが、毎度毎度の如く手を変え品を変え襲ってくる。
それを、主人公が世間様に気付かれぬうちに鮮やかに倒してしまう。そこが原作の魅力だ。
「何故?」や「リアリティ」は必要ない。ある種の荒唐無稽な痛快アクションが、インスタントな面白さが求められる現代にマッチしたのだ。
だが、問題の三分間は本作の中では少し異色だった。
三分の間に並みいる敵を蹴散らす爽快感はそのままに、前触れなく現れたヒロイン「主人公の元・恋人」との対話シーンが挿入されているのだ。
「細かいことはいいんだよ」と言わんばかりの外連味溢れる本編に、突如として現れたシリアスな会話劇。ヒロインとの意味深な会話の数々が、本作をただの荒唐無稽アクションとは一線を画する名作に昇華しているのだが――。
「主人公とヒロインの会話、試しに役者さんに読んでもらったんですが……余裕で五分は超えますね」
「は、早口で何とかならない?」
「早口でも、ちょうど三分くらいです。情緒もへったくれもなくなりますが」
「そうか……」
やはり、小手先ではどうにもならないようだ。
作中で語られている時間が、実際の映像の長さと異なること自体は、よくある。だが、本作の場合は原作の時点で「画面の右下にタイマーが表示されシーンと共にカウントダウンしていく」という演出が使われている。
原作を尊重するなら、カウントダウンの表示も削除できない。
そもそも、この程度の問題は脚本チェックの段階で気付くべきことなのだが、世界的人気作の映像化を前に、監督以下、スタッフも舞い上がってしまっていたのだろう。
撮影も佳境に入ってから気付くなんて、プロ失格だった。
「どうします? スケジュール、ただでさえ押してるんでしょう? 原作側に頭下げて、シーンごと改変させてもらいますか」
「それは……駄目だ。原作者の要請は絶対だ」
監督が渋るのも無理はなかった。
一昔前の映画界は酷い物で、原作や原作者軽視が当たり前……みたいな業界関係者も多かったのだ。原作改変は当たり前。それで原作ファンから不興を買っても知らんぷりだった。
しかし、時代は変わった。原作ファンの不興を買えば、たちまちSNSで叩かれ炎上しかねないし、原作側の発言権も増している。
下手をすれば、監督人生が終わりかねない。
「でも、このままじゃどうにもなりませんよ。せめて相談くらいはしないと」
「それも……そうだな。編集さんに連絡してみるか」
――そうして、原作の担当編集に連絡を取ったところ、全てがあっけなく解決した。
原作者から、こんな提案が返って来たのだ。
「三分ではなく、五分とか七分で出来上がるカップ麺にしてみてはどうでしょうか?」
(おわり)
カップ麺が出来るまでの間に 澤田慎梧 @sumigoro
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