伸ばしてなるものか
武海 進
伸ばしてなるものか
小池には三分以内にやらなければならないことがあった。
何故ならば昼食のカップ麺に湯を注いでしまったにも関わらず、袋の中に割り箸が入っていないことに気付いたからだ。
彼は連日に及ぶ残業によって睡眠時間が削られたせいで動きが鈍い頭に鞭を打って、懸命に働かせ記憶の迷宮の中を探索する。
迷宮の中から割りばしの気配が木の香りと共に感じ取れたが、場所が分からない。
とにもかくにも時間が無い。
世の中に三分よりも少し早い方が美味い派や三分が過ぎても少し待って麺が伸びている方が美味い派もいる。
しかし小池は三分きっちりに食べるのが一番美味い派なのだ。
だからこそ、三分以内に割りばしを見つけなけなければならないと気ばかり急いて余計に割りばしの所在が思い出せない。
別に少しくらい三分を過ぎてもいいじゃないか、食べていたらどうせ三分なんて関係ないではないかと思う人も多いだろうが、カップ麺が好物の彼にとって最高の状態の一口目が食べられないのは無能な上司の理不尽な叱責よりも苦痛であり、耐えがたいことなのだ。
そうこうしている内に一分三十秒経ってしまった。
しかし、この残り時間が半分しかないタイミングで彼は記憶の迷宮から目当ての物を探り当てた。
デスクの引き出しになにかの時に余った割りばしを適当に放り込んでいたのを思い出した彼は休憩室から飛び出すと廊下を全力ダッシュする。
すれ違う同僚たちは何事かと呆気にとられた顔をしているが、小池はお構いなしに走る。
残り時間一分。
割りばしを手に入れた小池は再び廊下を走る。
途中上司にぶつかった気がするが、カップ麺の前では些細なこと。
怒鳴り声を背に浴びながら小池は休憩室へ飛び込んだと同時にピピピと携帯のアラームが鳴った。
割りばしを咥えて片手で割りながら小池は歓喜の瞬間を迎える。
蓋を剥し、濃厚な豚骨スープの香りを楽しみながら麺を啜る。
「……麺が伸びてる」
彼は忘れていた。
自分が買ったのが、バリ硬麺のカップ麺であったことを。
剥された蓋にはきちんと書かれいた。
熱湯一分と。
伸ばしてなるものか 武海 進 @shin_takeumi
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