サプライズバッファローアタック現象 結論
………
そして、渋谷での『サプライズバッファローアタック現象』発生から丁度30年が経った日。
某大学にて教授を務めるドイチャー三橋に突然の訪問者が現れた。
10年前の実験のチームメンバーの一人である。彼は現在、武本の助手であるという。
三橋は彼を迎えた。
「久しいね……10年ぶりか……変わりは……」
「三橋さん、アポなしでスミマセン。ですが、挨拶よりも……一緒に来てほしいのです。ツィゴイネルワイゼン武本先生のところへ」
三橋はその名前を、実に10年ぶりに聞いた。
既に世間は『サプライズバッファローアタック現象』を日常としており、幾度か核戦争一歩手前や深刻なバイオハザード寸前のような事態に陥ったにもかかわらず、対応することに目を向けはしなかった。
三橋もまた、既に終わったこととして別分野での研究に勤しんでいた。
……だが、三橋は、チーム解散以降、幾度も武本の言葉を思い出していた。
『人類は理不尽だろうと飼いならしてきた……。今回も負けはしない……少なくともおれは』
―――
三橋はそのまま武本の助手に連れられ、地方都市の病院へとやって来た。
移動の最中に彼から聞いた話では武本はこの地方の公立大で教鞭を執りつつ『サプライズバッファローアタック現象』に助手と二人で立ち向かい続けてきたのだという。
そして、彼は高次元現象に対して有効な手段と考えられる道具を開発したのだ。
だが、その道具の実証実験の際、『サプライズバッファローアタック現象』に巻き込まれ、重傷を負ったそうだ。
―――
三橋と助手が『ツィゴイネルワイゼン武本』と書かれた病室に入る。
そこには様々な機器と呼吸器が付けられ、四肢のほとんどを失った武本がベッドに横になっていた。意識はあるようで、彼は三橋を認めると傷だらけの口元に笑みを浮かべた。
三橋は駆け寄る。
「武本……お前……」
ゆっくりと武本は口を開き、喉を弱々しく震わせる。
「フフフ……三橋……もうすぐだ……もうすぐで、あの現象を止められる……!」
三橋は驚く。
「武本……まさかお前、まだあの現象を追う気なのか!?」
呼吸器を使いつつ、武本は興奮した様子で話す。
「当たり前だ……。今回の事故は……確率上しかたなのない事故だ……おれの作った『次元鋲』は人間による操作を必須とする……この予算と人手じゃそれが限界だ……今回の事故で観測された……データを基に……『次元鋲』を再調整すれば……確実にあの現象を……止められる! 次なる『高次元存在の出現』も……対応できる! ……勝てるんだ!」
三橋は困惑しつつ、訊く。
「でも……そこまで出来ていて、何故、今、私を呼んだんだ? それもこんなに急いで……」
武本は微笑んだまま言う。
「おれはもうすぐ死ぬ。再調整は……お前がやってくれ」
三橋は驚き、更に困惑する。
「なっ……何を、今、お前はこうして……」
「消化器をやられててな……肝臓もかなり削られた……大手術の末、意識が戻ったが……医者は、寿命宣告どころじゃないとさ……おれもわかる……随分身体が軽くなってしまった……ほとんど機械だぜ……身体機能は……」
三橋は武本の笑みを見ながら、訊く。
「どうしてお前は……絶望しないんだ?」
「……『サプライズバッファローアタック現象』の理不尽も……高次元存在の出現も……今までの人類がぶつかって来た『自然』の……一部に過ぎない……人類はそれを飼いならし……自らの手の内に入れて来た……そう言う戦いをやって来た……おれは、その、戦いが好きなんだよ……」
「戦い……」
「……そうだ……戦い……おれは『サプライズバッファローアタック現象』と、この数十年間戦い続けて……楽しかった……勿論、人死にが出た事を楽しんでるわけじゃない……だが、この現象を究明し……格闘する中で……この現象の理論を求め……この現象を理解してゆき……果てにはこの現象に巻き込まれるまでに至った……コイツは、相当厄介な奴だった……だが、ようやくコイツを鎮める方法を……この手につかめた……そして、コイツを操る方法も……足がかりを見つけたんだ……この過程全てが楽しかった……」
「……お前は……強いんだな」
「……強い? ……そうなのか? ……随分大変で、投げ出そうとも思ったんだがな……何だかそうできずに……楽しさでそれを度々……忘れていただけだよ……」
ドイチャー三橋は思い出した。
ツィゴイネルワイゼン武本と共に配属されたばかりの研究チームで『次元観測装置』の開発を行った日々を。理論を議論し合い、仮説を検証し、失敗と成功に没頭し続けたあの日々を。
勿論、『サプライズバッファローアタック現象』への恨みはあった。だが、それを忘れるほどに、成功を期待し、失敗で学び、模索しながら、未知へと戦い、理不尽を紐解くあの感覚は、楽しかった。
――確かに世界は理不尽である……だが、戦いを諦める理由には、決してならない。
三橋はそう悟った。これが10年来の後悔の理由だったのだ。
ドイチャー三橋は武本に涙声で宣言する。
「武本……お前の研究を、俺が完成させる……そして……更に、大きな研究に繋げてやるよ!」
ツィゴイネルワイゼン武本は笑った。
「ありがとう……三橋……」
―――
数日後。
ツィゴイネルワイゼン武本は病院で静かに息を引き取った。本人の意向でその数少ない遺体の、奇跡的に無傷な心臓等は摘出され、臓器提供が行われた。残った遺体は火葬の後、海に散骨された。
ドイチャー三橋は助手と共に武本の開発した『次元鋲』を調整。彼の改良と私財の投資もあって遠隔での操作が可能となった。
実証実験として許可が下りた『サプライズバッファローアタック現象』の起こる予定の地は奇しくも『渋谷スクランブル交差点』であった。
―――
ドイチャー三橋は遠隔操作盤とモニタを前に、座っている。
通信機から音声が響く。
『三橋先生。『次元の歪み』を観測しました』
助手からの一報。
ドイチャー三橋は三分以内にやらなければならないことがあった。
――もう、あの実験から11年……。武本……遂に、終わるぞ。……おれの復讐までお前が用意してくれるとは……お前は粋な男だよ。
ドイチャー三橋は操作盤のスイッチを入れていく。そして、ガラスケースに覆われた、ボタンの準備をする。
――さあ、決着だ……『サプライズバッファローアタック現象』よ。
『ブーッ! ブーッ! ブーッ!』
現象発生を知らせるブザー音と同時に、ドイチャー三橋はボタンを押す。
モニタに表示される渋谷スクランブル交差点では、怒り狂うバッファローの大群に『次元鋲』がぶつかり、刺さる。
そして、バッファローの大群はその瞬間に前触れなく消え去る。
『高次元観測装置、反応アリ……次元の歪みの是正を確認……実験成功です!』
助手の連絡に、ドイチャー三橋は息をつき、安堵する。
――次は『サプライズバッファローアタック現象』の制御……発電なんかに生かせそうだな……フフフフ……。
ドイチャー三橋はそう思いながら笑みを浮かべ、観測装置モニタルームにいる助手のもとへと向かった。
―――
『サプライズバッファローアタック現象』の終焉は世界に驚きをもって受け止められ、そしてすぐに、忘れ去られた。
だが、またすぐに思い出すだろう、『サプライズバッファローアタック発電』と言うエネルギー革命、そして『サプライズニンジャアタック現象』という新たな脅威の出現によって……。
(終)
【KAC20241】サプライズバッファローアタック現象 臆病虚弱 @okubyoukyojaku
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