サプライズバッファローアタック現象 実験
………
実験当日、ドイチャー三橋はツィゴイネルワイゼン武本に全体ミーティングの後、話しかける。
いつも通り、口喧嘩になるのだろう。チーム全員がそう悟っていた。
「おい、武本。……いよいよだな」
憮然とした様子でドイチャー三橋はそう語りかける。
いつもの如く
「ああ、おれの研究がやっと実証される。……次がつかえているというのに、全く……」
ドイチャー三橋は眉を怒らせ、反論する。
「私の仮説が実証されるんだ……それに、お前の仮説は巷に言われている『神による事象だ』ということを肯定するようなものだ」
「なんだと!」
ツィゴイネルワイゼン武本はその言葉に声を荒げ、ドイチャー三橋の胸ぐらをつかむ。彼はそのまま怒りに満ちた反論を行う。
「おれは『神』などを引き合いに出してはいない! おれの仮説はあの現象を完全なる高次元の現象であるとしているのだ!」
ドイチャー三橋は負けず劣らずの怒声を張る。
「それが『神の現象』だと言っているんだ! お前の仮説によればあの現象はおれ達の次元で防ぐことができないじゃないか! 高次元の存在の『気まぐれ』や『事故』でおれたちの次元に『あの現象』が巻き起こり、大勢が死んでいると、そう言っているんだよお前は! そんなのはあんまりだ!」
ツィゴイネルワイゼン武本はそれに反論する。
「確かに、現状では『高次元の現象』に対しての対応策は少ない。だが『観測』はできる、予測もできる、干渉は……道はある筈だ」
ドイチャー三橋はツィゴイネルワイゼン武本の手を胸ぐらから引き離し、睨みつけながら、吐き捨てる。
「……まだお前にも道が見えていないじゃないか……おれは希望のある方を信じる」
彼はそう言って持ち場へと向かっていった……。
ツィゴイネルワイゼン武本はその危うげな背中を暫らく眺めていた。周囲はいつものことだと機器の最終チェックへとそれぞれの持ち場へ向かっていった。
―――
4時間後、ドイチャー三橋は観測装置によって『時空の歪み』を検知。チーム全体に伝令。
彼らに緊張が走る。
この観測から三分以内にここから10キロ先で『サプライズバッファローアタック現象』が発生する。そして、その瞬間、『高次元観測装置』『バッファロー監視システム』の観測に変動があれば仮説は立証されるのだ。
報告から、1分。チームの緊張は高まり続け、ある人は祈り、ある人は汗を垂らす。ツィゴイネルワイゼン武本は現象出現の最頻値である2分15秒を黙して待っている。
報告から、2分。チームの緊張がピークに達する。だが、15秒を過ぎても減少は確認されない。チームの一人は、汗をぬぐい、ある者は失敗の二文字を頭によぎらせる。
ツィゴイネルワイゼン武本は最頻値を抜けた事に少々興味を覚えつつも観測装置のモニタから目を離すことない。
報告から、あと10秒で3分。チーム全体が、心配を覚える。
だが、あと5秒の時点で現象発生を知らせるブザーが鳴り響いた。
『ブーッ! ブーッ! ブーッ!』
同時に、観測装置のツィゴイネルワイゼン武本が結果報告のアナウンスを行う。
『……結果を報告する。……『高次元観測装置』に反応アリ。おれの仮説の立証が確定した。『サプライズバッファローアタック現象』は高次元の存在がこの次元に迷い込む現象である。『バッファロー監視システム』に一切の異常はない。システム・オールクリア。……ログの記録を各自確認するように』
「そ、そんな……」
ドイチャー三橋は立ち上がり、観測装置の置かれる部屋から飛び出すと、ツィゴイネルワイゼン武本のもとへ駆けてゆく。チーム全体にもどよめきが巻き起こっている。
『高次元観測装置』および『バッファロー監視システム』のモニタールームには多くのチームメンバーが観測結果のログを確認にやってきていた。
ドイチャー三橋は集団に分け入り、『バッファロー監視システム』のモニター画面を食い入るように見た。
「……そうか……システムに異常は全くないか……観測結果にも、異常はないか……」
汗を流しながら彼は、『高次元観測装置』の画面を見る。
「……数値も仮説通り……フフフッ……」
――わかっていた。どこかで、奴の理論が正しいことは。おれは、信じたいものを信じるという研究者の愚を犯していた。
ドイチャー三橋はそう思いながら、膝をつく。
ツィゴイネルワイゼン武本はドイチャー三橋のその姿に、憐憫の目を向けながら、彼に声をかける。
「……三橋、これからお前は……」
嘲るように三橋は言う。
「これから? ……お前だって決まっていないだろう? お前の理論は、私達の無力を証明するものだ」
「……決まっていない……か、そうも言える。だが、おれは対抗策を……」
三橋は差し挟み、吐き捨てる。
「天才のお前なら思いつくさ、勝手にやっててくれ。私は降りる」
武本は困惑する。
「何を……」
三橋は起き上がり、武本に言う。
「ここに居る全員がお前の理論を知っている。高次元存在のおれ達の次元への『出現』は『完全なランダム』であり、『事故』だ。なんでそうなっているのか、なんでバッファローなのか、なんであんな破壊が巻き起こるのか、今のおれ達のこんなチンケな星で燻っている状態じゃ500年かけてもわからない。……おれ達は坐していつ来るかわからない死を待つだけの存在だとよーく教えてくれる。なあ、皆、そうだろ?」
三橋は振り返る。周囲のチームメンバーは、ややあって、一人、また一人と頷く。
三橋は武本に向き直り訊く。
「なあ、私はずっと『サプライズバッファローアタック現象』を恨んで……その気持ちだけでここまでやって来たんだ。20年前の渋谷で両親が死んでからずっと……この現象の究明と対策のために……でも私はお前の理論を見て理解してしまった。これはそう言う現象じゃないって。……世界は理不尽だってこと、もっと早く、あの時に知っておくべきだったんだよ。私は……」
武本は三橋の絶望しきった顔を見る。だが、武本の瞳は一切の震えも迷いもなかった。三橋の涙を見てもなお、それは変わらない。彼は口を開く。
「……おれは対策の研究を続ける。観測の方面からできることを伸ばしていくつもりだ」
三橋は武本を睨む。
「そこにビジョンはあるのか? 研究の目途は? 足がかりは?」
武本は即答する。
「ない」
三橋は呆れたように言う。
「意固地になって諦めていないだけじゃないか」
武本は言う。
「そうかもな……。だが、人類は理不尽だろうと飼いならしてきた……。今回も負けはしない……少なくともおれは」
武本はそう言って、機器の撤収作業を始めた。三橋は拳を握り締めながら、武本の姿を少し見た後、ため息をつき、作業に入った。
――――
実験の後、『サプライズバッファローアタック現象』に関する研究予算は更に限定的なものとなり、同時にドイチャー三橋を含めた多数のチームメンバーが研究を降りた。
世間も既に『サプライズバッファローアタック現象』に慣れ、予測が可能になったことからも現象に対する究明を求める声は消えてゆき、損害保険などでの対応をしていくようになった。
一部の研究者は原子炉内や政府重要施設、細菌研究施設、病院などでの現象の発生の可能性から警鐘を鳴らしているが、大衆は『現象の発生は神のみぞ知る』として問題を俎上に出してもそれ以外の追及を優先しろとの声が大半であった。
そのような中でもツィゴイネルワイゼン武本は研究を続け、ごく小規模のチームを率いて、少額の予算で実験を続けた。
(続)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます