【KAC20241】サプライズバッファローアタック現象

臆病虚弱

サプライズバッファローアタック現象 仮説

   ………


 情報物理学者・ツィゴイネルワイゼン武本には三分以内にやらなければならないことがあった。


 同僚の情報物理学者・ドイチャー三橋の合図を受けて、彼は荒野にて様々なモニタと機器で構成された『観測装置』の前に座っている。彼の他の同僚たちもまた、ドイチャーの合図を待ち、神妙な面持ちでそれぞれの持ち場に立っている。


 今から三分以内に『サプライズバッファローアタック現象』がこの荒野の果てにて起こる。そして、その瞬間、彼らの『観測装置』に、彼らの求める『答え』が示されるのだ。ツィゴイネルワイゼン武本はその『答え』を一番に全体へ報告する役目を負っていた。


   ―――


 ――『サプライズバッファローアタック現象』。この現象が初めて起こったのは20年前。渋谷スクランブル交差点でのことであった。


 人々はその時、『世界が歪む現象』を目視、そしてその1分ほど後に『荒れ狂うバッファローの群れ』が交差点中央にて突如出現しすべてを破壊し尽くした。

 信号は薙ぎ倒され、喫煙所は轢き壊され、地下鉄入り口は潰れ、店舗の内部も突き壊され……そして人々は乱雑に踏み殺され、潰れ、捻じれ、血を吐き、死屍累々となり、瓦礫と入り混じった血の溜まりとなった。


 13分もの間暴れ狂う数百匹のバッファローに文字通り蹂躙され、東京は騒然。警察機動隊や自衛隊が動員されるなど対応は早急に行われ、警察機動隊が現場に駆け付けた頃、数百匹のバッファローは忽然と姿を消した。残ったのは地獄のようにすべてが死んだ渋谷の街だけであった。


 この事件を皮切りに世界各地で類似した事件が発生、全世界の人々は混乱と困惑、そして恐怖を覚えつつこの現象を『サプライズバッファローアタック現象』と名付けた。


   ―――


 『サプライズバッファローアタック現象』の原因究明は困難を極めた。


 世界各地で同様の現象が発生しているため、現象の共通点から発生メカニズムを究明する手法が取られ、当時の記録や生存者の証言などが警察組織などを通し研究機関などに集められた。研究機関と警察組織、そして国際組織の高度な連携から、多くの共通点が洗い出される。


 「発生する地域はほとんどランダムで一貫性がない」

 「発生する直前、現象が発生する地点を中心とした半径500メートル以内に『時空の歪み』と思われる現象が観測される」

 「『時空の歪み』発生から3分以内に『サプライズバッファローアタック現象』が発生する」

 「発生から20分以内にバッファローは消滅する」


 というものが共通点として挙がった。


 「発生する地域はほとんどランダムで一貫性がない」

 という点に関しては、北極や南極、海底などでの現象の発生事例があることで確証を以て述べられている。



 中でも最も原因に近しいと目された共通点

 「発生する直前、現象が発生する地点を中心とした半径500メートル以内に『時空の歪み』と思われる現象が観測される」

 について世界の研究者たちはそれぞれの研究アプローチから原因究明を行い、実際に『時空の歪み』が発生していることを立証、再現性を確認した。



 そして新進気鋭の情報物理学という分野において、若き秀才・ドイチャー三橋は大胆な仮説を打ち立てる。


 『時空の歪みによって地球上のバッファローの群れが別空間に転移している』

 というものである。


 彼はこの現象の研究において、情報物理学の理論に基づき構成された観測装置を用いて『時空の歪み』を捉え、実証した研究チームの一員であり、観測装置の作成において若き天才・ツィゴイネルワイゼン武本と共に情報物理学理論を実証実験に用いれるまでに昇華させた立役者であった。



 彼はすぐにこの仮説の実証実験を行うべくチームを組む。だが、彼の仮説発表のすぐ後にそれとは異なる、対立した仮説を打ち出した者がいた。


 ――ツィゴイネルワイゼン武本である。


 彼の仮説は『時空の歪みによって出現するバッファローは地球上の生物であるバッファローとよく似た全く別のものである。その正体は『異次元存在の通過』であり、我々が認識しやすい『バッファロー』の姿として認識しているだけで、実態を観測装置以外で確認することは不可能である』というものだ。



 ドイチャー三橋とツィゴイネルワイゼン武本は学会や研究室などにおいて喧々諤々とした議論を交わし、互いの理論を批判した。その熱意は双方異常なまでに高まっている。学会における二人の理論の派閥は白熱した対立を見せていた。


   ―――


 しかし、世間は既に、『サプライズバッファローアタック現象』研究に対して、冷ややかな視線を浴びせていた。


 世界の研究者を多く沸かせた『サプライズバッファローアタック現象』は大衆にはすでに『当然ある現象』として受容され、果てには『解決の見込みのない神の事象である』という見方までが出ていた。


 政府高官も『防衛費用』としてこの研究への投資を行っているために予算は限られ、ドイチャー三橋とツィゴイネルワイゼン武本のふたつの仮説は二人同じチームでの実験によって実証されることとなったのだ。


   ―――


 そして、ツィゴイネルワイゼン武本の『武本方程式』に基づいた計算により一か月以内にアメリカ、テキサス州ミッチェル郡コロラド・シティ、シルバー間に『時空の歪み』が発生することが予測される。


 一か月の間にその地点より10キロほど離れた場所に『観測本部』が設営され、『高次元観測装置』及び『バッファロー監視システム』が構築された。

 『高次元観測装置』はツィゴイネルワイゼン武本により『四次元存在の観測』を可能にした装置であり、

 『バッファロー監視システム』は野生のアメリカバイソン、ヨーロッパバイソン、アジアスイギュウの生息域の時空の歪みを監視し、各群れの一部のバッファローにGPSを付けることでその『消失』を観測する装置である。


 これらの装置によって二人の仮説、何れか、あるいは両方が完全な間違いである事が立証されるのだ。

 

(続)

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