【急募】三分以内に世界を救う方法

秋乃晃

パリは燃えているか

 人類がこの先生きのこるためには三分以内にやらなければならないことがあった。

 二体の侵略者を地球上から排除しなくてはならない。


 スーパーヒーローが参上して、人類の味方として戦ってほしい。と、誰もが願っている。圧倒的な暴力には一騎当千の暴力が必要だった。スーパーヒーローが劇的に勝利して、人類は平穏な暮らしを取り戻し、青い星で再び繁栄するのだ。


 アッティラは北半球の北極から、アンゴルモアは南半球の南極から侵略活動を開始した。公平を期して、じゃんけんにより決定したものである。現在、アンゴルモアはマヤ文明のナスカトラップにより足止めを食らっている。アッティラは北海道の五稜郭にて苦戦を強いられていたが、二体の直属の上司にあたる『恐怖の大王』の援護が発動し、敵の本陣はにて押し潰された。


 突如降り注ぎ始めた宇宙からの飛来物に対して、人類は迎撃ミサイルという手段で抵抗を試みてはいるものの、物量差により劣勢である。


「ちょっとってくる!」


 酒木さかき万亀まきには三分以内にやらなければならないことがあった。地下鉄の駅に設けられた緊急避難所を飛び出す。地上には隕石が降り続けていた。人々は地下に逃げ込んだ。シェルターなどという安全な場所はない。


 ラジオは本州に上陸した侵略者の現在地を伝えている。もうじきこの辺に辿り着くだろう。


 親友の美琴の顔には「勝手にしろ」と書かれていた。たとえ全身全霊の力で制止しようとしても、酒木は物理的には止められない。精神的に止めるほどの元気も、平常時ならともかく、今の美琴にはなかった。


 酒木は鬼の一族である。呑童子と茨童子の大恋愛の末に生まれた子の、直系の子孫にあたる。何よりの証拠として、酒木のこめかみからは一対のツノが生えており、髪色は生まれつき燃え上がるような炎の色をしている。


 鬼の一族が内なる力をフルで使用できる時間は三分間しかない。侵略者と対峙して、三分以内にその首を獲らなくてはならない。この三分間を過ぎてしまえば、一介の女子高生の腕力に戻ってしまう。公立高校の制服に包まれたその四肢で侵略者と戦うのは、あまりにも無謀である。侵略者は軽機関銃の銃弾を全身に浴びせられても、瞬時に回復してしまう強靭な肉体を持っている。


 地下鉄の駅から隕石によって破壊された本家の酒木御殿まで疾風の如く駆けて、瓦礫の中から一振りの金棒を拾い上げた。どうやら本家の鬼どもは腰抜け腑抜けばかりで、人影はない。侵略者に立ち向かわんとするのは万亀のみか、あるいは既に倒されてしまったか。


「クソがよ」


 悪態をついて表札を蹴り飛ばした。咎める者はいない。


 かつてこの場所に存在していた酒木御殿には、悪い思い出しかなかった。その最たるものが『よわい五歳の儀式』である。


 鬼の一族の子は、両性具有体で誕生する。生まれて五年間は外界との交わりが認められず、酒木御殿の内側にて大切に育て上げられる。


 そして、儀式によって、生涯のを決定しなくてはならない。


 言語による意思疎通が可能となってから、この儀式に関しては、。万亀も人の世で生きていかねばならぬゆえに、ここで『女性』を選択した。男性器は断ち切られて、先祖の墓に埋められている。


 この儀式で『男性』を選んでいれば、心置きなく美琴にプロポーズできていた。


 ――否、これは言い訳に過ぎない。


 この世には同性のカップルがいる。万亀が美琴にその想いを伝えられないのは、自身が鬼の一族だからか。これもまた自己を正当化していると言えるやもしれない。


 自由恋愛が叫ばれる昨今ではあるが、いまだ逆風は吹き荒んでいる。公に認められる形で結ばれたければ、この国は出ていかねばならない。


 もう一つ。相手の気持ちを尊重したい。


 万亀が告白したとして、美琴は「うん」と首を縦に振ってくれるかどうか。万亀には自信が持てなかった。酒木御殿を出て、一般的な家族としての生活の中、美琴とは小学校から高校に至るまで幼馴染みとして親しくしているが、親友から恋人になれるだろうか。


 鬼の一族にとって、強さは絶対不動の指標だった。一族で揉め事があれば、どちらかが降参するまで殴り合い、腕力のある者が正義とされる。しかし、万亀は『腕力でねじ伏せて、美琴を屈服させる』といった手段は考えられなかった。それは外道の選択肢のように思えた。鬼でありながら、人の世に染まり過ぎてしまった弊害である。


 もし侵略者を倒せたなら、万亀は美琴に自分の気持ちを伝えるつもりだ。


 他の鬼が倒せなかった敵を倒せば、相対的に万亀の強さが判明する。強さが、万亀に自信をくれるはずだ。ついでに、このままでは圧倒的な暴力によって滅ぼされてしまうであろう人類を救える。スーパーヒーローは幸せなキスをしてエンドロールを迎えるのだ。


「ぽよ?」


 アッティラは道路のど真ん中で仁王立ちしている万亀を見つけて、立ち止まり、首を傾げた。


 アッティラやアンゴルモアといった侵略者は自在にその姿形を変えることができる。アッティラは今、さきがけという名の青年の姿をしていた。新進気鋭のイケメン俳優としてブレイクしていたが、ハリウッドへ向かっていた際に搭乗していた旅客機が太平洋に墜落して亡くなっている。その事故のニュースを見て、アッティラは顔と背格好をコピーしたのだった。


「オマエが侵略者か?」

「いかにも。ぼくがアッティラです✨ そう言うあなたは女子高生な鬼さんですか?」


 特徴的な一対のツノを、両手の人差し指で真似してくる。それから「魁っていう漢字は、鬼とたたかうと書くのですよ✨ 一度ホンモノの鬼さんとお手合わせ願いたかったので、そちらから来てくれて嬉しいです✨」と言って、左手をすっと挙げた。


 天から軍神マルスの剣が落ちてきて、アッティラの目の前に突き刺さる。この辺りの隕石は降りやんだ。どうやら『恐怖の大王』は空気が読めるらしい。


「相手にとって不足なし」


 丸腰の相手を痛めつけるのでは良心も痛む。万亀は背丈ほどの剣をアスファルトから引き抜いたアッティラを見て、口角を上げた。やはり万亀には、鬼としてズレている箇所があった。勝利にこだわるのであれば、武器を召喚される前にその金棒で殴り倒すべきだ。


「では、戦いましょうか✨」


 この一言が開戦の合図となった。リミッターを解除して、間合いを詰め、鬼の一族の出せるありったけの力で金棒を振り上げる。


「どりゃあ!」


 気合いで振り落とされた金棒は、軍神マルスの剣の剣身で跳ね除けられた。仰け反りつつも踏みとどまり、次なる一撃として、万亀は金棒を横に払う。アッティラの腹部を狙った。


「おっと✨」


 侵略者はこの攻撃を回避する。頭頂部を金棒がかすめていった。


「な、なんだよそれ!」

「侵略者として負けるわけにはいかないのです✨ それでは!」


 瞬時に元のサイズへと戻ったアッティラは、軍神マルスの剣で万亀の首を刎ねる。その剣は見た目によらず、日本刀のような切れ味を持っていた。宇宙の技術力である。頭を切り離された胴体は数秒の間は自立していたが、頭がアスファルトに落下してからほどなくして崩れていった。


「よし!」


 軍神マルスの剣を天へと返してから、アッティラは金棒を拾い上げ、これもまた天へと送る。侵略者はその侵略活動の経過を『恐怖の大王』へ報告しなくてはならない。敵のドロップアイテムは戦利品としての価値が高い。


「……モアにも負けられませんしね✨」


 このつぶやきを聞いた者はいない。アッティラが密かに対抗心を燃やしているモアことアンゴルモアは、マチュピチュをさまよっている。

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