究極の選択――トリ様を手に入れろ

御剣ひかる

体調管理、大事

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。

 そう、あの時、三分以内に正しい選択をしていたら……。

 病院のベッドの上で俺はあの瞬間を回想する。


 今日、カクヨム誕生八周年記念として、なんとあのトリぬいぐるみストラップが販売店限定、個数も限定で発売されていた。

 俺はぜひともトリを、トリ様を手にいれんと、販売店である大型書店へと向かっていた。

 朝からちょっと腹の調子が悪いのも自覚していた。

 だがトリ様をこの手に抱くためと、腹痛を我慢して書店への足を速めた。

 店が見えてくる。

 特設のカクヨムロゴの看板、青と白が目にまぶしい。

 あと一分もせずに俺はトリ様を手に入れ――。

 うっ! 強烈な腹痛!

 どうしてだ、どうしてこのタイミングだ。

 これはまずい。今までの経験則からして三分以内にトイレに駆け込まねば俺は汚辱にまみれることになってしまうだろう。……物理的にも。

 書店の隣にトイレがある。神配置だ。

 トリ様は腹をすっきりさせてから、すがすがしい気持ちと体調でお迎えすれば……。

「カクヨム限定トリストラップ、残り三つです」

 女性店員のすがすがしい声が聞こえてきた。

 甘い蜜に群がる虫のように、興味を示してそちらに向かう人達がっ。

 くそっ、余計なことをっ。

 どうする? 残ることを期待して先にトイレか?

 ごろごろと音を立てる腹を抑え込んで店頭に向かうか?

 あぁっ、そこの女っ、トリ様に触るなぁっ!

 駄目だ。ここまで来てあきらめるなんて耐えられない。

 俺は改めて店頭に足を向けた。

 だが今度は人としての尊厳を守るために、尻に力を入れて、ゆっくりと。

 よし、一つ残ってる。

 手を伸ばす。

 指先が触れようとするその瞬間。

「あ、トリ残ってた、ラッキー」

 そんな軽い声と共にさらわれるトリ様。

 あぁ、……あぁ……。

 まさに体から力が抜けた。

 さらに、失意に固まる俺は、トリ様を手にした女をよけそこねた。

 どん、と体に加わる衝撃に、タイムリミットが一気に縮まり、俺は倒れるとともに――。

「きゃあぁぁっ!」

「お客様、大丈夫です……、か」

 必要以上に大きな女の悲鳴と、店員の尻すぼみの気遣いの言葉。

 集まってきた人達も俺に起こったことを理解して遠巻きにする気配がする。

 まさに辱めを受けた俺は、気を失ったふりをした。


 そして今、俺は病院のベッドの上だ。

 気を失った(ふりをしていた)俺は救急車で運ばれ、念のために検査を受けることになったのだ。

 医者や看護師が俺が倒れた経緯をいちいち確認していく。

 そのたびに、何とも言えない顔で見られ、すぐに目を背けられる。

 あぁ、こんなことならあの時素直にトイレに行っておくべきだった。

 あの究極の選択を突き付けられた瞬間に戻れるなら、俺はきっと――。

 やっぱりトリ様を買いに行こうとするだろうな。過去に戻ったって俺は俺だから。



(了)

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