青年はその三分に魔物を見た

日諸 畔(ひもろ ほとり)

希望は近くて遠い

 笹谷ささや 秀司しゅうじには三分以内にやらなければならないことがあった。

 三分とは短いようで長い時間でもある。彼の運命は、この百八十秒にかかっているともいえた。

 秀司は軽く目を閉じ、腕を組む。


「笹谷くん! 急いで!」


 秀司の同僚である吉川よしかわ 美佳みかが叫ぶように急かす。しかし、ここでの焦りは禁物だ。落ち着きを失ってしまえば、正しい選択ができなくなる。

 選択のミスはすなわち、時間のロスに繋がるのだ。一瞬たりとも無駄にしてはいけない。


「よし……」


 秀司はゆっくりと瞼を開いた。目に入る光が眩しい。彼にとって、それすら計算済みだ。


「笹谷君、もう待てない!」


 吉川の訴えはもっともだ。そう、今が動く時だ。組んだ腕を解き、秀司は素早く立ち上がった。


「行くぞ」


 迷わず一直線に足を進める。先程の瞑想はこの歩みのためだ。


「私はこっち」

「ああ、幸運を」


 意見をたがえた吉川に向けて頷き、秀司は自らの目標を見つめる。


「俺は、これまでの俺とは違う」


 口から漏れ出た想いから、苦々しい過去が浮かぶ。初動を誤ったばかりに、涙を飲んだあの日々。

 知っていたはずだった。三分間の大切さを。そこで迷いをみせる事の愚かしさを。

 しかし、以前の秀司は土壇場で怖気づいた。自分の選択を疑ってしまったのだ。それも、一度や二度ではない。

 自分を信じられぬ者に、勝利の女神は微笑まない。秀司はこの数ヶ月で痛いほどに学んだ。

 

 だからこそ、彼はもう間違わない。一度決めたからには貫き通すのだ。


「よし!」


 眼前の光景に、秀司は思わず拳を強く握った。予想通りだ。今度こそ、叶えられる。自然と荒くなる呼吸を抑えられない。

 行く手を遮るものは何も無い。そう、今がその時だ。

 

 秀司は軽く息を吸い、口を開いた。しかし、そこから意味のある言葉が発せられることはなかった。


「なっ……」


 秀司は立ち尽くすことしかできなかった。

 あまりにも予想外、あまりにも無慈悲。彼の心はその現実を受け止めきれない。


「いや、それもそうか……」


 秀司は違和感に気付くべきだった。遮るものは何も無い、なんてはずがないのだ。


『三十食限定 特製爆盛りランチセットは本日担当者体調不良のためお休みです』


 カウンターに下げられた看板は、秀司に残酷な事実を告げていた。


「え、笹谷君、これ狙ってたの?」

「ああ……」


 お盆にラーメンを乗せた吉川が、哀れむような視線を向ける。

 

「今朝、社内メールでお休みって連絡あったのに。見てなかったんだ?」

「そうか……」


 社員食堂名物のランチセットは、昼休みのチャイムが鳴ってから三分で完売する。

 彼がその三分を制するのは、さらに半年の期間を要した。

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