カップラーメン。1分で食うか、2分で食うか。

西東友一

第1話

 二郎には三分以内にやらなければならないことがあった。


 目の前には熱々のお湯が注がれたカップラーメンと割り箸。時刻はちょうど秒針が12を通過し、12時57分になったところだ。


 13時には大事なプレゼンが二郎を待っている。完璧を追求する二郎はお昼休みも返上して資料の最終チェックをしていた。


(糖分を摂取せずにして、質問に答えられようか・・・)


「否っ」


 急にそんなことを言えば変人扱いされる。

 そんなこと、二郎も承知済みだ。

 

 二郎の周りには誰もいない。

 お昼休みも残りわずかなため、給湯室には二郎しかおらず、二郎の声は誰の耳にも届くことはないことを二郎は把握済みなのだ。発表まで時間は僅かしかないにも関わらず、二郎の顔は自信に充分に満ち溢れている。


「さて、何分で食べるか」


 二郎は自分の腕時計の秒針を見る。

 すでに三十秒が経過していた。


(熱々のお湯ならばある程度はほぐれただろうか。いや、しかしそれではまずいに違いない)


『熱湯3分』


 ラーメンのカップに書かれている文字。時間にきっちりおり、プレゼンも何度も練習して発表の制限時間過不足なくジャストに仕上げるほど几帳面な二郎は、いつもメーカーが推奨の時間の通りに食べる。


 だが、今日は違う。


 今日は茹でほぐす時間も含めて三分なのだ。


(くそ、そんなことを考えていたら一分経ってしまったではないか)


 二郎は痺れを切らして割り箸を割り、カップラーメンへ手を・・・


「いや、待てよ・・・」


 二郎はカップラーメンに手を伸ばすのをやめる。


(三分が理想のカップラーメンなのだから、待てば待つほど美味しくなっているはずだ。オレとしたことが空腹で些細なミスをするところだった)


 やはり、空腹は集中力を散漫にさせることを再確認して、二郎は割り箸を元に戻した。


(よし、一分半こそ順当かつ最適解・・・)


「いやいや、馬鹿かオレは・・・」


 割り箸を擦り、ささくれを取りながら首を振る二郎。


(カップラーメンの美味しさが三分まで時間に比例ふる一次関数だと誰が決めた。二次関数の可能性を排除するなんて愚行だ)


 いつもなら三分経つまでは、カップラーメンの中身はアンタッチャブルとして見ないのだが、カップラーメンの中の様子をどうしても見たくなった二郎はカップラーメンを手に取る。


「熱っ」


 火傷するほどではないが、二郎は再びカップラーメンを台に戻した。


(しまった、猫舌なのを忘れていた・・・)


 一気に緊張感が走る二郎。

 これでは、カップラーメンを食べることができず、集中力が散漫になり、せっかくの最高のプレゼンができなくなってしまう。


 カチカチカチ・・・


 先日初めて出たボーナスで買った二郎のいい時計。

 音が聞こえるはずはないのだが、超集中をしている二郎には聞こえたのかも知れない。


「よし・・・」


 ビリッ


 勢いよく、二郎はカップラーメンの蓋をはいだ。そして・・・


「じーーーっ」


 カップラーメンを食べることなく見つめた。


「こうすれば、麺が冷め、状態も確認できる」


 二郎はカップラーメンの麺が柔らかくなっているのを確認し、割り箸で麺を高く上げ、カップの中より涼しい空気を麺に絡めていく。


「よしっ」


 時間は12時59分。


 ゾー、ゾゾッ

 ゾー、ゾゾゾゾゾゾッ


 二郎は麺を食べていく。

 麺の熱さは二郎の口腔内にダメージを与えるが、二郎はよく噛みカップラーメンを味わう。


(うっうまいっ)


 ゆっくり食べるなら店のラーメンでも食べればいい。カップラーメンは素早く食べてこそだと考えている二郎にはそれがカップラーメンの最高の食べ方なのだ。


(汁を捨てて容器を洗う時間などないっ)


 ここはみんなが使う給湯室。

 汁が残ったカップラーメンの容器を置いておけば皆に迷惑がかかる。


(今日だけはありだ!)


 ゴクッゴクッゴクッ


 身体を気にして飲み干さないスープも今日は特別に飲む二郎。だが、今日は大事なプレゼンの日。その濃厚な味がエネルギーの塊であり全てが二郎の力になっていく。


 3・・・2・・・1・・・


 パチン


「ご馳走様」


 二郎の身体は完璧に仕上がった。


 指を鳴らしながら右手を上に掲げ、今考えうる最高のカップラーメンの食べ方をした自分を讃え、最高の味へと変わった食材達に感謝したその声はカップラーメンの油で潤った美しい声だった。


 すると、どうだろう。


 キーン、コーン、カーン、コーン・・・


 二郎の美声につられたのか、二郎の天の上から食材の魂を労るレクイエムが流れてくる。


(任せろお前達。お前達の魂はオレの血となり肉となり必ずやプレゼンを・・・)


 プレゼンのための身体作りは完璧だ。


「あっ・・・」


 しかし昂り過ぎても危険。

 二郎は右手の拳をゆっくり下ろし、緩んだネクタイを締め直す。


 なぜなら、二郎には速やかにやらなければならないことがあった。


 ごっくんっ


 カップラーメンの汁まで飲み干し時間と共に口の中を空っぽにしたはずの二郎が飲み込んだのは・・・・・・


 固唾だ。


 二郎は今にもせっかく吸収した栄養を吐き出しそうな青ざめた顔で会議室へ走った。


 ・・・・・・そう、彼は食べることに夢中になり、移動時間を忘れていたのだ。


 そしめ、十分用意されていたはずのプレゼンを、発表会場に遅れたがために、三分以内にやらなければならなくなった。


 結果は・・・・・・わざわざ言うまでもない。

 皆様の想像の通りだ。






 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カップラーメン。1分で食うか、2分で食うか。 西東友一 @sanadayoshitune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ