目眩ましの銀太、ムササビ横丁の親分のもとへ走る

倉沢トモエ

目眩ましの銀太、ムササビ横丁の親分のもとへ走る

 あっしはそのとき、あっしの師匠、夢幻斎むげんさいから預かった鞄を抱えて、ムササビ横丁の親分のもとへ向かっていたんでさあ。


「やい、手前てめえ目眩めくらましの銀太だな!」


 早速のお出ましです。


「その鞄、親分に納める上前だろう。とっとと渡しな!」


 三下どもは二匹。

 イガグリ頭の大入道と、ザンギリ頭のちびです。どちらも手入れの悪そうな刀を構えています。


あだねっ。そもそも上前なんかじゃねえよっ」


 あっしがなぜ〈目眩ましの銀太〉との呼び名を頂戴しているのか、三下どもは知らぬらしい。


「そんな物騒なものはおしまいなさい。かえって怪我をいたしますぜ」

「なんだと?」

「へへっ」


 ひょい、ひょい、と、刃をかわし、懐手からいつものものを出します。


「ほおれ、〈蜘蛛の糸〉!」


 あっしの両の手のひらから、銀色の網がひろがって、イガグリもザンギリもぐるぐる巻きにしてしまいます。


「じゃあな。明日になればその糸は溶けるからそれまで大人しくしてるんだね」


 これがあっしの幻術です。いつもは見世物小屋で披露していますが、こんなふうに、たまにはちょっと使いでがあるんですよ。

 幻術ですから、あいつらは自分で網にかかった、と思い込んでいるだけです。なので、〈朝には溶ける〉と親切に言ってやらなきゃいけねえわけで。


「くうう!」


 悔しがっているところを小気味良くながめる暇もありゃしません。あっしはまた走り出します。


   ◆


 ムササビ横丁の親分があっしの師匠に、新しい見世物の相談をなすっていたのは、話には聞いていたんです。


『そろそろ、わしもひとつ、お子さまがたへのキョウイクに資する演目をだねえ』


 いつもはあっしらのような幻術使いやら、若い娘の裸踊りやらで荒稼ぎする親分ですが、近ごろ大商人や代議士のセンセイなどとの付き合いが増え、それでそんな似合わぬことを申したのだろうとは師匠の言葉です。


『大パノラマ! 大パノラマで、知らない地理やら動物を出せば、そりゃあもう勉強になるだろう』


 ひとつ、そんなものをというご注文。

 だがしかし、そこがケチくさいのですが、舶来の大パノラマの小屋を買う金策がうまくいかず、とりあえず師匠に何とかしろと泣きついてきたのが先日でございました。やれやれですな。


 仕方がないので師匠は古い知り合いを頼って、舶来ものの輸入をしている男に話を付けました。値切る相談をするつもりでした。


 ところが。


『おや、師匠。あんたほどの人が、あんなオモチャ、入り用なもんかね』


 大パノラマ小屋など、あんたの幻術でどうとでもできるのでは、などとその洋行帰りの男、耳打ちしたんでございます。


『たとえば。この見本をご覧になってくださいな。大陸の大草原ですよ。このくらいなら師匠、ご参考になさって似たようなものが幻術でできるのではござんせんか』


 なんと、この片手で抱えられる西洋鞄に、その〈見本〉が収まっていると申すのです。それに師匠の幻術と合わせればどうなるか。

 ひとたびこの鞄を開けば、大陸の大草原に住む、見たことのない獣たちがわらわらと。

 坊っちゃん嬢ちゃんのお勉強になること間違いなしの題目が、お披露目されるといいますから大したものじゃあありませんか。


 さてさて、ムササビ横丁の親分のお屋敷です。


「ごめんください」

「銀太か!」


 なにやら切羽詰まった声が飛んでまいりました。


「親分? 何かおありなすったんで? 師匠からの使いで参ったんでございやすが」

「はははは、ようやく来やがったな、銀太」


 なんてこった。

 さっきのイガグリとザンギリが、親分に匕首あいくちをあてがい、にやにやとこちらを見ているではありませんか。


「あっしの術が破れた?」

「早いところその鞄をいただきたいもんでね」

「ほう」


 ところが親分さん、匕首におびえるタマじゃない。


「おう、銀公。こいつらは石頭でその鞄が手前の手に余るもんだとわかりゃしねえようだ。ひとつ開けてやれ」

「えっ。親分。こんな三下どもにお披露目前のネタを?」

「人間、自分の了見を見誤るととんだことになるもんだ。それを教えてやれ」

「やいやいやい、さっさと見せろ!」


 話が通じぬ相手には、致し方ありません。


「よおし、見やがれっ」


 あっしが鞄を開けますと、中身の勢いでちょいとしりもちをついてしまいました。


「なんだっ?」


 イガグリとザンギリが鞄からあふれる緑の光に、目を丸くしております。


 そこはもう、ムササビ横丁の屋敷ではありませんでした。

 見たこともない異国の草原が辺り一面に広がっています。


『よいこのみなさん、こんにちは』


 どこからか娘の声で、口上も聞こえてまいります。


『これから、大陸のめずらしい獣をごらんにいれましょう』


 遠くから、地響きが聞こえます。


「お、おい! ここはなんだ?」


 ザンギリがもう腰を抜かしております。


『バッファローという水牛の群れをごらんなさい』


 大きな角の獣の群れが、こちらに突進してきました。


「うわあ!」


 イガグリとザンギリが逃げ出そうといたしますが、なあに、これは師匠の幻術。


「……しまった!」


 幻術だ、と知らない二人は、自分で勝手にこの牛どもにしまいました。かすり傷のようですが、これは悪いことをした。


「……えっ?」


 そういうあっしも、一頭のバッファローの角に引っかけられ、投げ飛ばされてしまいます。師匠、こりゃどういうわけで?


「銀太!」


 親分のお声がして、あっし、ここはいいところを見せてご心配には及ばないこと、見せなければと張り切る気持ちが出ました。


「そおれっ!」


 撥ね飛ばされたところでトンボを切って、


「はいよっ!」


 そのまま一頭の背中にまたがり、


「親分! ご心配なく!」


 そのままこの草っ原で、なんでもかんでもなぎ倒す牛どもとともに、あっしは風をうけながらさっそうと駆け巡ったんでございます。


 なんでしょうこの、気分がいいもんでございますね。こいつあいいや!


   ◆


「銀太。銀太!

 まだ、起きやがらねえなあ」

「はっはっはっ」


 ムササビ横丁の屋敷で横になってニヤニヤしている銀太に声をかける親分。その隣で笑う夢幻斎師匠。


「銀公の野郎、すっかり新しい出し物だって忘れてやがったなあ。も少し幻術を弱めないと、お客さんに迷惑をかけそうだ」

「頼むぜ師匠。こいつはおっちょこちょいだからなあ。牛の曲乗りまでしていたみたいだぜ」


 こうしてムササビ横丁の親分が後ろだてとなり、夢幻斎の幻術パノラマが評判となる、その前夜のものがたり。


 これにて失礼いたします。

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目眩ましの銀太、ムササビ横丁の親分のもとへ走る 倉沢トモエ @kisaragi_01

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