波の秘宝

低田出なお

波の秘宝

 男には三分以内にやらなければならないことがあった。

 敵は多い。それも、一人や二人ではない。周囲に確認できるのは小さな集まりではなく、明確な集団だった。

 標的は7つあった。

 全てを狙うのは得策ではない。二兎を追うものは一兎も得ず。確実に一つ、取りに行くべきである。

 目の前の広大な水たまりが波打ち、小さな破裂音が鳴る。自然に息を呑んだ。戦いは一瞬で決まる。その事実が彼を興奮させた。

 いつからだろう。争いごとが好きになったのは。気が付けば、何に置いても戦いが好きだった。その相手が弱者であっても、強者であってもだ。普段から、好奇心に紐付けされた闘争心が、あらゆる方向へと闘争のアンテナを張っていた。それが彼の長所であり、短所でもあった。

 戦いの火蓋は前触れもなく訪れた。

 姿は視界には映らない。しかし、野太い合図は大きく響いた。瞬間、辺りの男たちは雄たけびを上げ、飛沫を飛び散らせながら戦場へと赴いた。

 無論、彼もそうだ。躊躇なく波へと飛び込み、周囲を確認した。そして、瞬時に戦場における自分の立ち回りを思い描いた。

 不味い、あまり位置取りが良くない。

 状況の悪さに舌打ちをする。目標としていた7つは、その半数が現在地よりも遠い。しかも、その情報を多くの敵に察知されてしまった。

 だが、だからと言って諦める道理はない。今できる最善と尽くして初めて、悔い、そして不平を愚痴る権利がある。

 男はすぐに行動に出た。現在地から最短距離にある標的へ、一目散に突撃した。

 同じ様に考えた周りの敵が、同じ様に飛びかかっている事だろう。それよりも早く動き出せたアドバンテージは大きい。

 突如、左から影が飛ぶ。はっきりと視認こそ出来なかったが、それが同じく素早い判断を下した敵である事は自明だった。

 男は敢えて、その敵の情報を知ろうとしなかった。それを求める時間が、得た情報の活用を考える時間が、何よりも惜しいからだ。

 今この場に置いて最も重要な事は一つ、速度に他ならない。情報を有無は、単純な速さで薙ぎ倒せる。

 そしてその判断は間違っていなかった。

「…!!」

 伸ばした手のひらに、硬い感触。間違いない。捕らえた。

 素早く手を引く。するとちょうど、その場所を引っ掻く様に、別の掌がその虚空を薙いだ。

 表情は見えない。が、苦悶に濡れている事は容易に想像できた。

 その場を飛び退き、水面に顔を上げる。跳ねる水が顔にかかり、目をくらませてきた。

 喧騒の中、左手で顔を拭う。そして、反対の右手に握られた戦果へ目を落とす。輝くそれに、それほどの価値はない。しかし、それは紛れもなく彼が勝利を成した証だった。

 男は一度、その戦果を握り締めた後、大きく息を吸って再び水中へと潜っていった。

 一つの勝利を得ても、まだ満足はしない。男はそういう人間だった。

 そしてその貪欲さを、神は随分と気に入ったらしい。

 僥倖は待っていたかの様に舞い降りた。

 彼が潜り込んでいったすぐ後に、別の標的が水中へと落ちてきたのだ。

 恐らく、水上で乱戦となった末、誰かの手から零れ落ちたのだろう。荒ぶる水の流れの中を、くるるくるると揉まれていた。

 男は見逃さなかった。

 まるで身体に染みついた反射の如く、沈みゆくそれに飛びつく。落としたであろう集団はその数から互いにもみくちゃで、身動きが取れそうもない。

 大丈夫、これなら間に合う。

 好機は既に、二つ目の戦果となっていた。

 そっと舞い落ちる羽根を掬い上げるかの様に、下から受け止める。手のひらに触れた瞬間に、瞬時に刈り取った。

 男はすぐにその場を離れた。姑息な連中が掠め取ろうと企んでいてもおかしくはない。手に入れたそれを両手でそれぞれ握り締め、対岸へと向かった。

 陸に上がると、都合良くそこに彼よりも倍近い背の人物が立っていた。

 男はちょうど良いとその人物へ駆け寄った。そして、脱げかけていたプール帽を脱ぎ捨てると、手に持ったプラスチックのそれを掲げて叫んだ。

「先生、二個取れた!」

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波の秘宝 低田出なお @KiyositaRoretu

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