ニチヨウアサの三分間パニック【KAC⑥ 1】

関川 二尋

ニチヨウアサの三分間パニック

 わたしには3分以内にやらなければならないことがあった。


 今日は日曜日。場所はテレビのあるリビング。

 時刻は8時57分。あと3分で9時になる。

 これだけでピンと来る人もいるだろう。


 『ニチアサ』である。 

 

 ちなみにわたしはよく知らなかった。

 娘によれば、この時間帯から特撮ヒーローものの番組が始まるそうである。

 出演俳優がイケメンぞろいで、ギャグが冴えてて、ストーリーも本格的。見れば見るほど深みに嵌まっていくそうだ。


 その娘にテレビ番組の録画を頼まれていたのだ。

 それをさっき、妻の『かな子』に指摘されるまですっかり忘れていたのだ。


「あなた、そろそろ時間じゃないの? ミナに頼まれてたんじゃない?」

「もうそんな時間か! それにしてもテレビの録画なんて久しぶりだな……学生の時以来だよ」


 とりあえずビデオのリモコンを探す。が……見当たらない。

「なぁ、ビデオのリモコンどこにあるか分かる?」

 と、かな子がエプロンで手を吹きながら居間にやってくる。

「ビデオなんてとっくにないわよ」

「え? そうなの?」

 実はわたしは電化製品に弱かった。

 そもそもテレビもあまり見ないし。


「じゃ、どうやって録画するの?」

「わたしもやったことないのよねぇ」


「そういえばさ、なんかバーコードみたいので読み取るやつがなかった? ペンでなぞって録画予約するやつ」

「それ、ずいぶん前の話よ?」


「そうだっけ? 今はあれか、テレビ番組の欄の数字打つやつだっけ?」

「あれね、Gコード。あれもとっくにないわよ」


 あわてて新聞を引っ張り出して番組欄を確認する。

 テレビ朝日の朝の9時、9時っと。あった。

 目的の番組は『胸キュン戦隊イケメンジャー』(※1)

 たしかに数字がついていない。昔はついていたのに。いつの間になくなったんだろう? それこそ昭和辺りだったのかな?


「あなた、それより時間ないわよ、もう始まっちゃうけど?」


「そうだった! そういえば、思い出したぞ! たしかテレビをつけて、番組欄みたいなところから録画してたんじゃなかったか?」

「そういえば、そうね。ミナはそんな感じで録画してたかも」


 と……ここでテレビのリモコンが見当たらないことに気づいた。

 まずいまずい。かなりまずい。

 あと……30秒しかないっ!

 ミナにはくれぐれも、く れ ぐ れ も、忘れないようにと、あえて2回も言われて念押しされていたのだった!


 ああ、ミナを怒らせるのは嫌だな。ただでさえ難しい年ごろ。できるお父さん、良いパパポイントを稼いでおきたい。

 使えない奴、みたいな冷たい目で見られるのは耐えられない!


 ないないないっ! リモコンがないっ!

 テレビがつかなけりゃ、番組欄を表示することもできないじゃないか。


 だから日頃からちゃんと言ってたんだ、使ったものは元の場所にしまえと!


 隣ではかな子も一緒にリモコンを探してくれている。

 ただ彼女はマイペースだ。焦っている様子はない。

 わたしがこんなにパニックになっているというのにのんびりと探している。


 やばいやばいっ! 番組がはじまっちゃう!

 ちくしょう、ビデオさえあれば録画ボタン押すだけで済んだのに!

 

 と、その時二階からお義母さんのハナさんが降りてきた。

「おはよー。どうしたの? 朝からそんなに慌てて」

「実はミナに録画を頼まれてたんですが、リモコンがなくて、探してたんです」


「わかった! ニチアサでしょ。もうそんな時間なのね」

 そう言ってスマホを取り出した。

 それから人差し指をぴんと立てて何度か画面をなぞった。


「はい。録画開始したわよ」


 え?

 テレビついてませんけど?

 でもお義母さん、ボケるような歳じゃないし、実際のところ機械関係は私よりもずっと得意な人だし。


「ああ、これね? スマホから簡単に録画予約できるのよ。大丈夫、ちゃんと録画中だから」


 時計を見上げるとジャスト9時。

 ホッとしてソファに座り込む。


「あ痛っ」


 と、お尻になにか固い感触があった。クッションをどかしてみると、隙間にリモコンが挟まっていた。あれだけ探していたのに、見つかるときはあっさりと出てくるものだ。たぶんミナのせいだろう。とはいえ怒る気力もすでになく、ハハハと乾いた笑いしか出なかった。


「ま。ミッションコンプリート、かな」


 他力本願とはいえ、使命は果たした。

 電源ボタンを押してテレビ朝日にチャンネルを合わせると、ちょうど主題歌が流れてきたところだった。なんか懐かしい空気が流れている。そうだった、子供のころはこんなヒーローものをたくさん楽しんだものだった。


「はじまった、はじまった!」

 ハナさんがソファーの隣に座ってくる。


「わたしもなんだか追いかけて見てるのよね」

 かな子も隣にやってくる。


 日曜の朝の空気は静かで柔らかい。


 さて今日はみんなで『胸キュン戦隊イケメンジャー』でも見ますか!

 


 おわり

 


 


※1 胸キュン戦隊イケメンジャー……無月弟(無月蒼)さんの作品です。

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