美味しければいいってもんじゃない! 超時短のスペシャル・モーニング

蜜柑桜

朝ごはんを抜くとは人間の所業ではない

 嘉穂には三分以内にやらなければならないことがあった。

 朝食の支度である。

 そんな急いでいるのならば栄養ゼリーでも栄養バーでも栄養ドリンクでも、と思われたそこのあなただまらっしゃい。栄養ナントカで済むなら料理は不要。一日を始めたる朝食をそのような代物で済ますとは笑止! いくら寝坊して遅刻しそうだとも、はたまた面倒くさいなどと思っても、今日一日を過ごすために一日の幕開けからテンションの下がる準備を自らするなど愚行に等しい。

 嘉穂が三分と言っているのはそんな生半可な理由からではない。


 三分——即ち淹れたて珈琲が最も美味しく飲める瞬間である。


 つい先頃、バリスタの公開する動画にて美味しいドリップコーヒーの淹れ方を学んだのである。エスプレッソ・マシーンだのコーヒーメーカーだの文明の利器といえば聞こえがいいが手作業による芸術品を妨げる堕落への器械を使うなど嘉穂には言語道断(嘘ですお金がないんです)。

 さればドリップコーヒー。湯を沸かし、サーバーを温め、ペーパーを湿らせ、あらかじめ挽いた粉をセットして絶品を作り上げるために必要な時間は、そのスタートからおよそ三分。

 湯を沸かす、さらに蒸らす、抽出という数十秒刻みのわずかな時間が嘉穂に残された時間。この三分の間に素晴らしいコーヒーに随伴すべく素晴らしき朝食を用意せよ。

 湯が沸いたのである。

 ドリッパーにセットしたフィルターを湿らせ、すぐさま調理台へ。今朝はイングリッシュ・マフィン。横に切り込みを入れて薄くバターを塗り、オーブンへ入れるやタイマーを回転。忘れてなりませんのは半分の片方に蜂蜜とシナモンを乗せておくことです。

 放っておいてはいけない、彼女は手がかかるのだ。湿ったフィルターへコーヒー粉を入れゆすって平らに。均等に。世界と同じく平らかになればこの味も平和な出来になりうる。そこへお湯を注ぎいれれば次の作業!

 今日のフルーツはミックスで。いちごはヘタを取ったら洗って、お供に冷凍ブルーベリー、さらにはポンカンを向いて柑橘の酸っぱさも摂取。お皿に並べて早くも三十秒! この蒸らしが秘訣だという。

 芳しい香りが部屋を一面、豊かな朝へと変えていく。そろそろ香ばしい報せを出し始めたトースターも興を添えてくれる。

 次なる湯を回し注いでふわっと泡立つコーヒーの粉。クリーミーなのはこの子だけではいけない、私にはヨーグルトのクリーミーさも必要なのです。お気に入りの真っ白なミニ・カップにヨーグルトイン。自家製苺ジャムもお忘れなく。

 きっと落ちていく雫は美しいことだろう。しかし嘉穂を満たすにはもう少しお湯を注いで……さらに栄養を満たすにはタンパク質が足りませんので出てきていただきましょう茹で卵。事前に作っておけばいいのです。三分などいらないのです。半分に割ってお皿へ並べればフルーツの彩りと卵の黄身と、なんて美しく鮮やかなプレートに。あっとハムも忘れてはいけません。

 ラストのコーヒーがいまや、黄金色に染まったイングリッシュ・マフィンと共に仕上がらんとしている!


 つやっつやに照るマフィンはシナモンのスパイシーさを混ぜた甘やかな誘惑を。そしてもう片方にはお上品にハムとレタスを載せた気品ある佇まいの相方が。周りに鎮座するはビタミンとタンパク質。

 そして本日の来賓はコーヒー。

 あなたの三分のために、他の彼らは満を持して揃ったのです。せっかくあなたさまがいらっしゃいましても他が万全の状態でお待ち申し上げなくては。冷めたコーヒーにホカホカのマフィンがあっても悲し。熱々のコーヒーに冷えたマフィンと緩くなったヨーグルトがあっても涙。

 しかし三分で全ては共に宴へ集うことができるのだ。嘉穂の腕を持ってすれば給仕も不要。我が城にはそのような人事は不要!


 というわけで、豊かな一日は豊かな朝食。その最高の状態を整える三分。

 コーヒーを珈琲かうひいと呼びたくなるような優雅なひとときができましてよ。


 さて一日頑張りましょう。朝食は栄養があればいいってもんじゃありません。気持ちも満たすものでなければ。

 そう、美味しければいいってもんじゃない、のです。

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