魔法使いに猫にさせられた彼女と暮らしています

にゃべ♪

三毛猫のミサ

 僕は1匹の三毛猫と暮らしている。名前はミサ。人の名前みたいって思った? 実はそうなんだ。彼女は人間だった。まずはその話をしよう。

 それはちょうど一週間前、僕達が並んで帰っている時に起こったんだ。僕と彼女は同級生で同じクラスで僕の片思いの相手。もっと仲良くなれたら告白しようと思っていたんだ。あ、僕の事はどうでもいいよね。


 先週は偶然が重なって、彼女と一緒に帰る事が出来たんだ。僕は道中で退屈させないよう、夢中になって彼女と他愛もない話をしたよ。雰囲気は悪くなかったと思う。ミサも可愛い笑顔を見せてくれていたしね。

 で、ここからが本題なんだけど、僕らの前に魔女が現れたんだ。黒いフードを被って如何にもな、ひと目で魔女だって分かる格好をしていた。


 彼女は自らの事を『優しい魔女』と自称していて、「望みを叶えてあげよう」と言ってミサに魔法をかけたんだ。そう、彼女は猫が好きで、家では事情があって飼えないから口癖でよく猫になりたいって言っていたよ。

 でも本当に猫になってしまうだなんて。僕が驚いている間に魔女は消えてしまったんだ。どこを探して見つからない。残ったのは三毛猫になったミサだけだった。


 僕はミサを抱きかかえてミサの家に行ったんだ。彼女の両親に「あなた達の大事な娘さんは猫になってしまった」って言うためにね。でも不思議な事に、対応した彼女の母親から「娘なんていない」って言われてしまった。

 もしかしたら、ミサが猫になった事で人間のミサの記憶が消えてしまったのかも知れない。それでもこの猫を飼って欲しいと訴えたよ。だって猫になってもミサの家はここなのだから。


 結果から言うと、僕の要求は認められなかった。何故なら、彼女の両親はどちらも猫アレルギーだったから。仕方なく、僕は三毛猫のミサを自分の家に連れて帰ったんだ。幸いな事に、僕の両親も猫が平気だったからね。

 そう言う経緯で、僕は今ミサと一緒に暮らしている。この猫が元人間だと言うのは両親にも内緒だ。その方が無難だからね。飼う理由は『歩いていたら懐いてきたから』って事にしている。


 猫になったミサは最初こそ人間の知性と理性を持ち合わせた行動をしていたのだけれど、ウチで飼う事が決まった辺りから猫の性格が全面に出てくるようになった。

 好奇心旺盛で家の中を走り回るし、何にでも手を出そうとするし、どこでも爪を研ごうとするし、落ち着いて撫でていても突然キレ散らかしたりもするし。ちゅ~るを美味しく食べてくれるし、モミモミマッサージをしてくれるし、段ボール箱の中がお気に入りになるし、朝早くに起こされるし、水を極度に恐れるし……。


 どちらかと言うと犬派だった両親も速攻で猫派に転向するほど、ミサはとても猫っぽくて愛らしくて可愛かった。ゲームだった僕のストレス解消は猫吸いに変わった。本当にいい匂いがして癒やしなんだ。

 人間のミサにしてると思うとただの変態で犯罪的な行為になっちゃうんだけど、三毛猫を吸うのなら合法だもんね。ふわああ~。


 元から猫が好きな僕はこの状況に多幸感を覚えてしまう。もうずっとこのまま三毛猫のミサと一緒に暮らしたい。魔法で猫になっているから、人間並みに長生きをするのかも知れないし。

 実際、ミサも猫生活を満喫しているように見える。学校に行かなくていいし、勉強もしなくていい。今の彼女は色々な義務や責任とも無関係なのだから。


 チロチロと水を飲むミサを眺めながら、僕は彼女の頭を撫でる。魔女の魔法で人間のミサを知るものは1人もいなくなっていた。僕だけが彼女の正体を知っている。

 でも、それでいいのだろうか。ミサには友達がたくさんいた。明るくてクラスでも人気者だった。やっぱり人間に戻さなくちゃいけないよな。僕だけの彼女にしちゃあいけないよな。ミサにも夢や未来があるんだから。


 三毛猫のミサは気が向いたら僕の手を舐めてくれる。ザリザリとした感触が痛心地いい。ずっと猫でいて欲しいとも思うけど、人間に戻って楽しく話したり触れ合ったりもしたい。出来れば付き合いたい。

 でも付き合えるかな。そこはちょっと不安だけれど。


 僕は時間を見つけては魔女を探した。けれど、ヒントも何もないので見つかる訳がなかった。魔女の噂をSNSで検索もしたけど、都市伝説的なものしか見つからなかった。あの魔女は記憶を操作する魔法も使えるのだから、そりゃ具体的な話は残らないだろうな。

 あれ? じゃあ何で僕の記憶はそのままなんだろう? もしかして、とっくにいじられてしまっている? だとしたら、目の前の三毛猫は一体――?


 色々考えすぎて、僕の頭はパンクしそうだった。それでも、記憶はいじられていないと信じて魔女を探し続ける。何の成果も得られない日々だけが積み重なっていった。



 魔女を探し始めて1ヶ月くらいがすぎた頃、僕は魔法少女と出会う。彼女との出会いも突然だった。いつものように駅前で魔女について聞き込みをしていた時、ピンク色の魔法少女っぽいの衣装を着たコスプレ少女が僕の前に現れたんだ


「あなたね。魔女について聞きまくっているのは」

「えっと?」

「私は魔法少女ももか。あなたが探している魔女って、きっと私が探している魔女なのよ」


 ももかと名乗るコスプレ少女も魔女を探しているらしい。魔女がいるんだから、目の前の少女もきっと本物の魔法少女なのだろう。僕は彼女の登場に一縷の希望を見出した。


「魔女の居場所、知ってるんですか?」

「私も知らない。だからあなたが知ってるのかと」

「僕も一度会っただけで……」

「じゃあ、あなたの知ってる魔女の事を教えて。情報を共有しましょう」


 僕達は話し合うために喫茶店に移動する。その道中で何故魔法少女の衣装のままなのかと聞いたら、魔女をおびき寄せるために変身状態でいるらしい。

 その口ぶりから言って魔女と魔法少女の間には何かしらの因縁があるようだったけど、変に巻き込まれたくはなかったので詳しくは聞かなかった。


 喫茶店に着いた僕らは向かい合って座り、お互いにコーヒーを注文する。


「魔女は気まぐれに現れては女の子に魔法をかけて去っていくの」

「女子限定なんですか?」

「被害者はたくさんいるわ。だから私のような魔法少女が止めないと。普通の人には無理だから」


 僕は知っている限りの魔女の情報を提供した。それと、猫になってしまったミサの事も。ももかは黙って僕の話を聞いてくれた。


「じゃあ、魔女はまだこの辺りにいるのかもね」

「分かるんですか?」

「勘よ。魔法少女の勘。当たるんだから」


 あまりに彼女が自信満々だったので、僕はそれを信じてみる事にした。話も終わって、コーヒーを飲み干した僕らは喫茶店を後にする。すると、僕の前にミサが現れた。見間違える訳がない。だって、僕は猫に嫌われる体質だから。こんな僕に積極的に体を寄せてくれる三毛猫はミサしかいない。

 僕がミサを抱きかかえると、ももかがじいっと覗き込んできた。


「あら、可愛い三毛猫ちゃん」

「これがさっき話していたミサです。おかしいな、普段家から出る事はないのに」

「これは……今日は何かあるかも知れないわね」


 ももかは意味深につぶやくと突然駆け出す。何かを感じ取ったのかも知れないと思った僕は、すぐに彼女を追いかけた。途中で何度も見失いかけながら何とか追いつくと、そこは市民体育館の駐車場。

 追いついた僕の視界に映ったのは、ステッキをかざした魔法少女とあの魔女だった。本当にまだこの街にいたんだ。


「ついに見つけたよ! 覚悟なさい」

「覚悟するのはどちらかしらねえ」

「問答無用!」


 ももかはステッキを振って攻撃魔法を繰り出す。光の粒子が魔女に直撃した。その瞬間にものすごくまぶしく光ったため、僕は強くまぶたを閉じる。


「うおっまぶしっ」


 その光が収まった時、魔女は無傷だった。その光景を見た僕は自分の目を疑う。何故なら、攻撃を繰り出した側の魔法少女の方が猫になってしまっていたからだ。

 この有様に、僕の堪忍袋の緒が切れる。


「何で猫にするんだッ!」

「みんなそう望んだからだ。猫が嫌になれば普通に戻るさね」

「えっ?」

「あんたもその猫を人間だと思って愛を注いでやんな。そうすりゃ人間もいいなって感じて人に戻るよ」


 魔女はそう言うと、またすうっと姿を消していった。僕は狐につままれた気になって思わず抱きかかえていたミサの方に視線を向ける。すると、彼女も僕を見つめていた。魔女の言葉の通りなら、ミサを人間に戻せるのは魔法にかかっても彼女を覚えている僕しかないない。そうだ。そうに違いないんだ。

 僕は自分にそう言い聞かせて、改めてミサを優しく抱きしめた。猫にするようなそれじゃなく、人間のミサを、大好きな彼女を抱きしめるように。


 この行為に意味があったのか、僕の腕の中で魔女にかけられた呪いが解けていく。正確には呪いじゃないのかも知れないけど、とにかく猫だったミサは人間の姿に戻ったんだ。僕が知ってる、僕が大好きな彼女の姿に。

 ミサは僕に抱きしめられながら、その可愛い顔で見つめてくれた。


「有難う。私、戻れたよ。猫も良かったけど、やっぱり人間じゃないとね」

「ミサ、好きだ。やっと言えた」

「私も好き。これで両思いだね」


 こうして僕達は恋人同士になった。ミサは久しぶりに実家に戻り、彼女の両親も快く受け入れていた。魔法が解けたんだから当然だよな。



 ミサが三毛猫だった頃の猫グッズはもう無駄になってしまったのかって? それは大丈夫だったんだ。何故なら、新しい猫が入居してくれたから。引き続き猫グッズは活用されているよ。

 そう、魔女に返り討ちにあった魔法少女ももか、彼女が新しい同居猫さ。いつか元の女の子に戻る日まで、僕と僕の家族が面倒を見なくちゃね。



(おしまい)

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