本編
本編
(スマートフォンからコール音が鳴り響く。着信を取ると、彼女は語り始める)
おはようございます。休日いかがお過ごしですか?どうせあなたのことです。
一人淋しく、無気力に動画サイトでも見て時間を費やしているのではなかろうかとこうしてお電話差し上げた次第なのですが————
え?岡本太郎美術館?民家園を散歩?
それはまた、なんというか。変なものでも食べましたか?
あなたにしては充実した一日を過ごし過ぎでは?ちょっと心配です、私。
と、それはともかく。
怪異と怪談に事欠かないスポットをお散歩中とは、随分良いご趣味ですねぇ。
……おや。ご存じなかったのですか?
ええ、そうなんです。神奈川県には多くの心霊スポットと言われる場所がありますが、生田もそのひとつなのですよ。
例えば、夜の生田緑地に行ってはいけないのだそうです。
昼の生田はのどかな観光スポットなのですが、夜になるのとそこにわだかまる霊たちが現れる心霊スポット”夜生田”となるのだとか。
あるいは、生田緑地へ赴くときは必ず表口から入らなければならないのだそうです。
裏口から入ってしまうと、やはり霊たちが蠢く”裏生田”へ迷い込んでしまうと聞いたことがあります。
時にあなたはどちらから入られました?
———うふふ。そうですか。それは良かったですねぇ。
しかしそんな話があるのも、実はそこまで変な話ではないのですよ?
その場所には多くのいわくがあるのです。
岡本太郎美術館には向かわれましたか?まだなら後で周囲を探して見てみてください。
おそらく、慰霊碑があるかと思います。
かつてその場所で人工的にがけ崩れを起こし、そのメカニズムを解明しようという実験が行われていました。しかし、予定よりも早く崩落が起きたことで研究者や報道関係者ふくむ15人が亡くなってしまうという痛ましい事故が起きた土地なのです。
近隣には明治大学のキャンパスがあるはずです。そこには登戸研究所の資料館があります。
登戸研究所、ご存じですか?旧陸軍の軍事研究所です。風船爆弾や細菌兵器に偽札、はたまた無人自動車や光線銃と言った空想染みた兵器まで計画にあったとか。その施設が現在の生田緑地周辺に置かれていました。
それで、戦前から戦時中にかけて、この周辺を歩いていた人物が神隠しにあった———という噂話があったそうです。
ええ。なにせ軍事機密ですからね。そんな場所を歩いていたら、あるいは———なんてこともあったのかもしれません。
その場所で記念撮影をしたら軍服を着た男性が写った、という話も聞いたことがあります。もしかすると、そこで亡くなった方なのかもしれませんね。
日本民家園もすごいみたいですよ。
多くの民家がありますが、いずれも本物の重要文化財です。
———ええ。本物なんです。本当に、人が住んでいた家を移築しているのですよ。
そこに連綿と、誰かが住んでいた、生活の残滓が、そのまま。
民家園を歩いていると、誰もいないはずなのに、大勢から視られているような感覚がある———なんて話を聞くこともあります。
私が聞いた話だと、船越の舞台へと向かう途中の階段が特にゾワゾワ来たのだとか。
あなたはどうでしたか?もしまだなら———ふふっ。試しに行ってみては?
そうそう、忘れてはいけないのは桝形城の城址です。
その場所は鎌倉幕府の武将が城を置いた土地だそうです。とは言え何か大きな合戦の舞台となったわけでは無く、城自体は江戸時代には廃城とされて、今では記念碑が残るだけだそうなのですが———
その、記念碑へと向かう道にですね。いるらしいのですよ。親子の霊が。
生田緑地の親子の霊の話は色々な場所で聞きます。
しかし、彼らが何に由来した存在なのか。その解釈が全くつかないんです。
例えばさきほど話した軍服の男のような霊だったり、成人した男性の霊であれば解釈はしやすいです。あるいは時代がかった服装をした人物、というのでも良いです。
それならば桝形城、古民家、登戸研究所、崩落事故など、この地に積み重なってきたモノによって現れた怪異ということになりますから。
しかし、この親子の霊はいずれとも合致しないのです。
崩落事故の被害者は研究者とジャーナリストだけで、無関係の親子が巻き込まれたという記録は残っていません。
城や古民家、登戸研究所に由来するのなら、服装が特筆されるはずです。例えば着物を着ていたとか、戦時中のような身なりだったとか———でも、そういうことも無く。
ただ、親子の霊とだけ伝えられる存在。
それなのに複数の人が『この土地には親子の幽霊が出る』と語るのです。
物語も歴史も存在しないのに多くの人々に語られるのならば、それは本当に”居る”。そんな気がしませんか?
さて、すっかり長話になってしまいましたね。
本当ならそちらに合流して夜生田を探索したいところですが。残念ながら日本民家園は17時までしかやってなかったはずです。なにより、本当に夜生田に取り込まれてしまっては帰ってこれなくなってしまうかもしれませんし。
ここは大人しく、有意義な休日で終わらせておくのが良いでしょうね。
……絶対に、待っていたりしないでくださいよ?
私も裏口から入ったりしませんから。絶対、ですよ?
怪談の現場で語られる不穏な通話 佐倉真理 @who-will-watch-the-watchmen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます