美しい文章とカタルシス

空白や逆回し(?)の文、乱れた句読点といった視覚的な仕掛けは、作者の他の作品も読んだことのある私にとっては馴染のあるものです。
可読性という点では著しく悪くなるのですが、ただ、これが良い意味で読者の足をとめさせてくれます。
読みやすいというのは、マストといっていいくらいに求められるものですが、読みやすすぎるとさっと流れ去ってしまう。どこかでフックをかけるという意味で、読みにくい独特の表現方法を用いるあたりがすごい。
このすごさはなかなか真似できないものです。乱したものを読ませるためには、普段の文章がカッチリとしていないといけない。カッチリと整った文章があるからこそ、乱れが活きてくるわけで、これがちょっとやそっとではたどり着けない達人の域なのだと思います。
この乱れた文章を用いて、シーンのチェンジをおこなうあたりもまたすごいところだと思います。「記憶」というタイトル、後半明らかにされるフィーネウスの行動、それに対する因果応報ともいえる罰を考えると、この作品のシーンが入り乱れているのは必然なのですが、ばらばらのシーンを読ませるというのはとても大変です。それがこの表現方法によってうまくできていると思いました。
また、記憶(と血)という設定が大変おもしろかったです。様々人間に視点が入れ替わっていて、この物語はどういう物語なのだろうというのが、すっと解消するあたりはおおっと唸ってしまいました。
作品タイトルと主人公の名前も秀逸です。どうしてハルピュイアなのだろうという、ずっとわからないタイトル、名前が響きが良いなとしか思っていなかったフィーネウスという名前が、アルファベット表記になったところで、すっとつながったのも気持ち良い体験でした。元ネタ同様、悲惨な過去を奪うことは、未来を告げて進ませるのと同じく許されない行為なのかもしれません。
ラストは圧巻でした。辛いことをふくめて、その人の構成要素であるにもかかわらず、辛いことを善意で消去し続けてきた者が、永遠の囚われることになって、もらす「化け物じゃないか」ということばはとても美しかった。
それにここまで謎めいていた物語が終盤で一気に明らかになっていくあたりはなんともいえないカタルシスを感じました。
いいもの読ませてもらいました。
蛇足ですが、官能的な描写がうまくて、BLが守備範囲外の私ですら、(またしても)どきどきしてしまいました。