期待

佐倉きつめ

期待

「美津、明日空いてる?、良かったら初詣いかん?」

 耳を通りこして、胸に鼓動を与えるその声は、その落ち着いた波長には似合わない夜更けの2時頃に響いた。

 「え、めっちゃ急だねw。あしたかー、うーん、ちょっと確認するね」

 本当は考える意味も無い。だって予定なんて無い。だけど、予定のないカレンダーを見た振りをした。

「悪い?予定、、」

 今は意味のある演技。なぞる指の音が、仕草が少しでもこの電話ごしに伝わればいいと思った。

「多分・・・大丈夫だと思う!」

 自然な言葉の間。

「ほんと!?、じゃあ11時に駅前集合な。」

「うん、りょーかい。」

「じゃあ明日!おやすみ」

「はーい」

 着られる音は聞きたくない。自分から立てたい。自分から切ったら、だらだらしてると思われないと思う。「おやすみ」を言わない淡泊さが、相手に変な気持ちを勘づかれない余裕のある女だと感じる。

 一つ一つの行動が相手にどう映っているのか気になって仕方が無かった。

 それは紛れもなく、その相手を人より何倍も好いていると言うことだ。この繕った結果がどうなのかなんて気にしない。今がいい印象ならそれでいいと思った。

 そう思っていると、自分はいつも思いたいと思っている。

「あした。やばい、めっちゃ楽しみ」

 悶える。どんな服を着ようか、どんな髪型をするか。全部楽しみになる。

 何より、私をわざわざ誘ってくれたんだという、そこにどうしても焦点を当ててしまう。どうしても、どこかありもしない事を、期待をしてしまう。

「もしも」を何度も考えては、

「いや、絶対あり得ないでしょ」

 を言わないと絶対それが叶わない気がした。

「早く寝なきゃ」

 心の葛藤に疲れて強くつむった瞼の奥が、きゅうっと痛くなる感覚がした。


 ぱっと目が覚めたのは、永遠に鳴り続けるバイブ音のせいだ。


「ねむ・・・」

 眠気眼で見たベットの端っこの携帯は、今もまだ振動を続けている。さすがにうっとうしくなって、仕方なく腕を伸ばして通知を止める。画面がまぶしくてつい目を細めた。

「9じ、26?」

 頭の思考が停止する。

 昨日の約束を思い出す。

 ・・・「やっばい、間に合わない!!」

 布団から飛び起きて、さっきまであんなに布団でくすぶってた身体の熱が一気に冷めるのも忘れて、一階の洗面所に走った。

 鏡を見ればもうそれは化け物以外の何物でも無い。四方八方に向いた髪はどうしてこんな状態になるのか謎でしかなかった。

 時間ないのに・・・そう半泣きになりながらも、水道の口を開き温かいお湯が出るのを少しばかり待っている。

 お湯を待つ間にその透明な線に触れるとまだ早くて、冷たいのと暖かいのが混ざっている。入念に温度を確認しながらしばらく待つと、やっと暖かいお湯が常時出てくるようになった。

 急いで顔を洗って、化粧水をつける。

 乾いた顔に下地を塗って、パウダーを乗せる。

 眉をじっくり左右に伸ばせば、

「今日めっちゃ上手くいったああ!」

 運でまかなっている私の化粧は、その日によって出来が大きく異なる。もっとうまくなりたいな。化粧とか。

 そんな考えもつかの間、急がなければいけない事を思い出して、急いでアイシャドウに移る。今日は、薄オレンジと赤ピンク色の明るいものを選んだ。アイナイナーはグレー、これが一番、かわいい気がする。

 ただ、きにいってくれたらいいなって。そう願うばかりだ。

 ピンクのマスカラで整えて「顔」が完成する。そしてその間に温めたヘアアイロンで緩くロングの髪を巻いた。ギリギリセーフだろうか。

 洗面所の時計はちょうど10時を指している。

「これで着替えて出れば間に合う。ぎり・・・」

 アイロンと化粧道具を素早く片付けて、洗面所を出る。今日の服を何にしようか。その服で会ったらどう思われるのか、それだけを考えながら階段を上っている。

 部屋のドアを思いっきり開けて、左のクローゼットを開ける。

 ぱっと目に入ったのは

 黒のニットと赤チェックのスカート

 これが一番、なんか、目を引くし。かわいく見てもらえるかな。

 化粧を先にしたことを後悔しながら、服に袖を通す。

 正面の姿見に映った自分は、いつもとは違って少し輝いて見える気がした。


 最後に真っ赤なリップを口に乗せて、小指の端で軽くトントンとなじませた。

「よしっ」

 静かにガッツポーズして、肩掛けのバックを取る。財布、携帯、最低限の化粧道具と、それからハンカチなど。手早くバックに詰めて、部屋を出る。

 なんで、もうドキドキしてる。

 階段を降りる足が震える。

「行ってきます、」

 誰もいない部屋に問う。新年早々仕事に出た親の姿はない。

 冷たい玄関のドアノブに触れて中和させる。

 ゆっくりとドアを開けて足を踏み出せば、そこは一面真っ白の空間だった。

「雪、降ってたんだ。全然気付かなかっt」「美津!おはよ!」

 中性的で明るくてよく通る声。

 疑問

 この空間の意味をつかめない

「な、んで」

 そこにいたのは、チェックのトレンチコートに身を包んだ

「かけ、る。なんでここいんの?!」

 紛れもなくその人だった。

「やっぱ、駅だと遠いかなって思って、家まで来ちゃった」

 ふっと笑いながら覗かせる笑顔が、私の心臓をもっとうるさくさせた。

「え、良かったのに、ほんとなんかごめんね」

 そう焦って謝った。

 わざわざ来てくれたんだ。

 ふと見た手がすごく赤くて、黒髪とマフラーから覗かせた耳がとても寒そうで。

「電話、してくれたら良かったのに」

 思わずそう口に出した。

「いいんだよ、化粧とか服とか時間かかるだろうし、今日の服めっちゃかわいいね」

 そんな、こと言わないでよ。

「何それ笑、急に、きも笑」

「なんだよそれ、お前最低だろ笑」

 こうやって笑い合うのは、きっと友達だ。そして彼にとって私はきっと友達だ。

 そう思いたいのに

 こういうことされるとどこか期待してしまう。

 これは私がおかしいのだろうか。

「つ、、美津?」

 俯く私を心配そうにのぞき込む

「あっごめんごめん、じゃあ行こっか」

 ドアノブの鍵穴に鍵を刺して、回す。

 この幼なじみという関係にもいつか、鍵を掛けられたらいいのに


「結構積もったね、雪。珍しい」

「ほんと、久しぶりだよね」

 話す横顔が、今この習慣に私だけのものだと思った瞬間大きな安堵に襲われた。余裕がなくて、こんなはしたない自分をどうか、誰かなくしてくれたらいいのに

「美津はお正月何してた」

 綺麗な声、園微笑む顔をすごく昔から知ってる

 みんなに優しくて、いじめられている私を見たときはいつも私を守ってくれた

「食べて寝てたよ笑」

 でも、いつしか私はその優しさを独り占めしたいと思ってしまっていた。

「翔は何してた?」

「俺は・・・バイトしてたなあ笑」

 彼はとても話すのが得意なのに

「まじか笑、マジでお疲れ!」

 その質問だけは、とても長い時間考えてたような気がした。

「ありがと笑社畜きちーよマジ」


 そんなたわいもない話をしている間に、近所の神社の鳥居が見えてきた。

「今日、こんでっかなー」

「でももう4日じゃん?ここ毎年年明け初日からそんな人いないし、だいじょぶじゃない?」

「あーたしかに」

 この神社はここらへんでは少し有名な神社だが、毎年それなりに近所の人が足を運ぶ程度だ。もう少し足を伸ばせば、全国的に有名な神社も隣の市にあるため、人はそこに流れると感じる。

 でも、私はここの神社が好きだ。なんだか趣がある。ちいさいころよくかけると遊んだ記憶もここにああってわたしにとっては思い出のある場所だ。

「久しぶりに美津とここ来たよな。昔はよく遊んでたけど」

 私も同じ事考えてた。

「それな、なにげ久しぶりだよね。一緒に初詣行くのすら久しぶりだもんね笑」

「たしかになー。なんか懐かし」

 な?そう問いかけてくるとき、君は私の顔をのぞき込む。その顔が近くてとてもドキドキした。

 でも

「ほんとそれな笑」

 そうやってかわいくない、愛想のない相槌でごまかした。

「あ、割とすいてるかも!美津、お参り済んだらおみくじ引こうな!」

 そういってわくわくしてる君も、愛しいなあ。

「めっちゃたのしそうじゃん笑」

 そう言ったら君は振り向いて

「美津と来てんだから当たり前じゃん笑」

 そう言ってまた私を、喜ばせるんだ。

「ほんと調子いいよね笑」

 そういって神社の本殿に向けて歩く

 ちょっときつい階段を二人でギャーギャー言いながら登った。

 周りから見たら私達は、そういう関係に見えるんだろうか。

「美津いくら入れんの」

「うーん、50円かな」

「うわ、まじかよ渋っ、俺1000円入れるわ」

 そういって英世を自信満々に向けてきた。

「うそでしょ⁉あんた何お願いすんのがちすぎでしょ。現金なやつ」

「うるせーよ、ないしょー!これ人に言ったら叶わなくなるかもだろ」

 そういって君はお札を折って賽銭箱に投げた。

 私は五円があればと55円をなげて、

 二例二拍手一礼する。

“好きな人と結ばれますように”、“健康でいられますように”

 そう願って頭を上げると、君はまだ念入りに手を合わせていた。

 もし、この願いが、私と一緒だったら。

 いいのにな。そうやってふとおもった。

 しばらくして

「あっごめんおまたせ笑」

「いいよ笑、めっちゃ念こもってたね」

「うん笑」

 そう笑った顔がとても嬉しそうで

「かなうといいねー」

 思わずそう言った。

「お前もな!、じゃあおみくじ引くか」

 いこーぜ、そういって微笑んだ。

「やっぱ王道の振るやつだよなー」

「たしかに、」

 そういっておみくじの列に並んだ。

「お願いします。」

 それぞれ百円を出しておみくじを受け取る

 結果は

 神社の端っこ。

 冷たい手におみくじを握る

「せーので見ようぜっ」

「うん笑」

 ドキドキする。

「「せーのっ」」

 ぱっと両手で開いたおみくじは

「あっ俺大吉!」

「私吉だー」

「二人とも結構良くない?あ、おれ学業自分を信じて励めだって!、ことし受験だしいいんじゃね」

「私は、遅れて結果出るってー笑、他のは?」

 例えば。

「俺恋愛最強だ笑、思い切ると叶う!だってやばー」

「え、いいなー、私遅いらしい」

「まじか笑」

「おれ、これ持って帰ろーと」

「私結んでこうかなー、せっかくだし」

「いいじゃんあそこのいっちゃん上結ぼうぜ」

「謙虚さがたりないなあ翔は笑」

 こうやってたわいもない会話が楽しい。

 そうして、おみくじ結び所でおみくじを取れないようにしっかり結んだ。

「よしっと」

 私が結び終わると

「よし、なんか動いたらお腹すかね?美津が良かったらこのままご飯いこうよ」

 君はそういって微笑んだ。

 勿論私は、

「いこー!私もなんかお腹すいたわー」

「・・・ってなって、ご飯行ったんだよね。」

「え!まじ。それ絶対脈あるって!」

 電話越しに聞く声は核心を突いたように高らかに私の耳に響いた。

「いやいや、でもさわかんないじゃん。ほら、友達のノリって言うかさあ」

「いやなにいってんの。だって初詣わざわざ誘うくらいでしょ、しかも二人で!それはぜったいあるって」

「いやいやー」

 こんな否定をして、本当は、心の底では期待してる。期待して已まない。

 周りにそう認めて貰わないと、そう思えない。ただの自己満。今が幸せなだけかもしれないって分かってる。だからこそ片思いは楽しいんだと思い知らされる。

「でも美津はさ、結局告白とかしないの?」

 痛い質問

「麻衣―。その質問はタブーだよー。だってさ、わたしのこと好きかわかんないしさー」

 話を聞いてくれているのは、翔とも面識のある親友の麻衣だ。麻衣は小学校から仲がよく、翔と友達と言うこともあり、よく相談に乗って貰っていた。

「美津、あんたねえ、じゃあいつその好きだってのが分かるの?確実になるの?その前に翔に彼女でもできたら。あんた一生後悔するよ。あいつに彼女できるって事は、今までみたいな幼なじみじゃいられなくなるって、そういうことだからね、」

 わかってる。分かってるけど

「もしさ、振られたら友達ですらいられなくなるんじゃないかって、怖くて。今までみたいな距離感が一番幸せなのかなって思っちゃって。結局私って。なんか自己防衛してるだけなのかも。」

 結局私は、きっとすがりたいだけだ。今の幸せに浸って、期待を妄想したいだけだ。自己完結の醜い恋。

「そんな思い詰めなくても。。でもさ、思い切ってご飯誘ったり、今更だけど、一緒に過ごす時間を作って意識させたりしたら?一回初心に返るっていうかさ、友達って言う意識を覆しなよ!」

 優しくて力強い声に、元気づけられる。

 そうだ。もう一回最初からやり直して、女として見てもらえるようになろう。

 そうしたら。

「麻衣ほんとにありがとう。私、頑張る。」

「うん!その意気だよ美津!私もいつでも話聞くし協力するよ!」

「麻衣ありがとうー。ほんと話聞いてくれて。助かる」

「いいのよー。じゃあ私、ご飯だからそろそろ切るね」

「うん!ありがと、またね、おやすみ」

「はーいおやすみ、また休み明け学校でね」

 そういって彼女は電話を切った。

 電話が切れる少し寂しい音が、今日はなんだか清々しさでかき消された気がした。

 頑張りたい。そんな気持ちで溢れていた。

「まずは行動から。」

 そう呟いて、思い切ってメッセージを送った。

 お互いこの前のお礼で終わったトーク画面に、新たな文字を打ち込む。

“あのさ今度、映画とか行かない?この前みたいのあるって言ってたから”

 送るときに手が震えた。

 でもどこか、自信に満ちて、これが恋かって、心からドキドキしていた。

 幸せな夢を見られそうな気がして、やまなかった。


 でもその返事は、3日待っても、4日待っても帰ってこなくて。

「忙しいんかなー」

 なんて言って、ベッドに突っ伏した。

 既読にならないラインを、時に通知オフにして、見ないようにもした。

 できるだけ考えないようにもした。


 その返事が返ってきたのは、その直後のことだ。

 ふと開いたInstagram。

 ストーリーの一番左。赤く光ったのは紛れもない。

「翔、ストーリーあげてたんだ。」

 帰ってこないライン、それが頭から離れない。

 自分は嫌われてしまったのかと胸がドクドクする。

 既読を恐れて開いたストーリーには



“今年のおみくじまさかのあたり!思い切って良かった!一生大切にする”

「思い切ったら。叶う・・・」

 血の気が引いて、心が空っぽになって、そんな気分。真っ白になった。

 セーブデータが飛んだ。そんなような。

 どうしようもなくて。

 苦しくて

「何でぇ。」

 嘘であればいいとその一瞬で100万回は思った。

 何もいえなくてただ。苦しくて

 涙も出ない喪失感が一生心を襲って。

 不備が震えて止められないストーリーがずーっと再生されて。

 二人のツーショ。私が誘った映画のチケット2枚とか。神社の写真とか全部。

 その隣にいるのは、何度目をこすっても私じゃなかった。

「どーして」

 どーして、こんなに苦しい。

 どうして期待なんてしちゃったんだろう。なんだ1ミリも私なんて。

 映って無かったじゃないか。

 期待なんて。

 期待なんてしなければ私。

 こんなに惨めじゃなかったのに。

 惨めを自覚する。そして

「LINE:美津。大丈夫?、でんわでられる?」

 惨めを自覚させられる。

 それが更にむなしくさせた。

 全部を思い出して。

 ああやっぱり、何もそんなそぶり無かったのだと再確認する。

 私は所詮私だ。かわいいとかきっとそれは社交辞令にすぎない。

 そんな勘違いをした私は、今いっそこの身体ごと消えてしまえたらいい。無い存在になれたらいい。

 そう思った。

 泣くことさえ、惨めでできなかった。

 だって、それは私が悲しんでいると言うこと。

 それはきっと、あなたが好きだったんだと、あなたを今、心から失ってしまったのだと

「自分に確認させることだ」


「期待・・・」

 させて。いや違うきっと

 私が勝手にした罰だ。


 鉛のような身体を、なんとか動かして、これでもかってくらい小さくして

 声を殺して哭した。


 だって、惨めだと神様に悟られてしまう気がしたから。



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期待 佐倉きつめ @kitsume-sakura

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