富士山麓王蟲泣く

ziolin(詩織)

2054年→2009年 「手荒な真似をしてすまなかった。リニア中央新幹線の開業を、出来るだけ遅らせたい」by鳩派山

 2054年。


 かつて静岡県知事・大井川華縁おおいがわ かえんのブレーンとして活動した経済学者、勝俣平蔵かつまた へいぞう [註1]は、軽井沢の自宅で緑茶(静岡県産)を啜っていた。



註1:カツマタは静岡県に多い苗字だが、彼は大阪生まれ京都育ち。現在105歳。2054年現在、医療技術の進歩により人間はほぼ不老不死となっているため(金があれば、だが)、肉体的な年齢は六十歳くらいである。



 長引く円安、物価高騰、後継者不足や大井川の流量減少など様々な要因から、今やこの緑茶すらも昔のように気軽には飲めなくなってしまった。

 その貴重な一杯を、最後の一滴までじっくり味わい、こと、と小さな音を立てて湯呑を置く。



 ガチャッ……。


 ドアが開く音。足音。



 ……誰だ!?



 ……。



 …。







 ……知らない天井、いや、自宅だ。


 確か、突然背後から誰かに襲われて……。


 怪我は、ない。特に変わったところも……ん?


 この紙袋は何だ?


 爆発物……とかじゃないよな。背後から襲い掛かって、私に怪我はさせずに気絶させ、爆弾を置いて帰る……なんてのは支離滅裂だ。



 恐る恐る、その紙袋を覗き込、


 ヴ~~ッ! ヴ~~ッ!


 !?


 驚きの余り尻餅をついてしまう。


 ……何だ、スマホのバイブレーションか。


 冷静になってみれば何のこともない。一瞬迷って、かなりの枚数があるA4サイズの資料とともに、紙袋に入っていたスマホを取り出し、『応答』をタップ。



『あ、ちゃんと繋がった。(スファー鼻息)……もしもし、鳩派山だ。勝俣君……あー、(スフィー……スファー鼻息)ビデオ通話だから取り敢えず耳から離してもらえるかね?』



 言われた通り耳から離してスマホを横に、顔の前に持ってくると、画面に映るのはヘッドセットを付けた鳩派山元首相。

 ヘッドセットのマイクが拾ってしまう鼻息が五月蠅いので、呼吸音キャンセル機能をオンにした。



『手荒な真似をしてすまなかった』


「は、い……?」


『……まだ気づいていなかったか。今、西暦何年だ?』


「2054年、ですよね?」


『君がいるのは、2009年だ』


「ど、どういうことですか? 理論上未来に行くことはできても過去に行くことは……」


『タイムトンネルが発見されたんだ。「ふてほど」観てなかったのか?』


「それでなぜ、私を過去へ?」


『リニア中央新幹線の開業を、出来るだけ遅らせたい』


「ん……、ああ、成程」



 開業の三年前、裏金問題でそれまで与党第一党だった自由党 [註2]が衆院選で大敗。第二自民党を何とか抑え込んで、立憲党を中心とした連立政権が生まれた。

 この連立政権は、エネルギーの自給と安定供給、温暖化対策の為、再生可能エネルギー今まで以上に推進し、原発や火力発電所を停止・廃炉させていった。



註2:個人、団体(特に政党)などの名称は、実際のものとは若干変えてある。



 しかし、彼らは忘れていた。

 ABE元首相が国策として推し進めていたリニア中央新幹線の存在を。


 リニア中央新幹線は莫大な電力を消費する。「ギリギリ足りる」を攻めていた電力供給は、開業から直ぐに限界を超えた。



 この失策に連立政権は崩れ去り、代わって政権を執った第二自民党は新自由主義的な政策を推し進める。

 広がった格差は縮まらず、マグマ発電 [註3]が実用化されて電力供給が改善しても、経済は好転しないまま……2054年に至る。



註3:地熱発電の究極。日本の全電力需要の3倍近くを賄えると言われている。



『それには、静岡県知事という立場が最適だ。そっちの私も協力する。静岡県知事のブレーンだった君なら、必ず当選する』


 リニア中央新幹線が通る他の県は、駅ができることによる経済効果を少なからず期待している。

 しかし、南アルプスの下をほんのわずかに通るだけの静岡県には、それが殆どない。工事にストップをかけることに反対する県民は少ないだろう。



『詳しいことはその資料を読んで、あぁ、割と暇なんだ、いつでも相談に乗るから電話してくれ。そうそう、マグマ発電の技術者は既に送ってあるのと、「本来そっちの時間に存在する勝俣平蔵」は、君とは逆にこっちに連れてきてあるから安心してほしい。あと、そのスマホを持ってリニアに乗れば、こっちに戻ってこれる。タイムトンネルはエネルギー消費がはげしいからな。それじゃあ……』


 一方的に言いたいことだけ喋っていたな……とブーメランなことを考えつつ、気軽に緑茶が飲める時代に来たのをいいことに、もう一杯、と緑茶を淹れた。




 こうして知事選への出馬を表明していた勝俣は一転、静岡文化芸術大学理事会に辞表を提出し、知事選に立候補した。



――――――――――――――――――――

 第二話が書けるかは未知数。

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富士山麓王蟲泣く ziolin(詩織) @Kuwa-dokudami

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