ドン・コロコローネという男

タヌキング

ドン・コロコローネ

私の名前はピッツァ。女性新聞記者である。

我らがイタリアのナポリには伝説のマフィアである、コロコローネファミリーがあり、その名をイタリアに轟かせていた。

武力系のマフィアで冷酷無比、逆らう者には躊躇なく制裁を加え、人々から恐れられる存在であった。しかし、それは一部の側面であり、麻薬撲滅に動いたり、別のマフィア同士の争いに介入して収めたりと、ナポリの町の防衛保持の役目を果たしていたのではないか?という歴史評論家の意見もある。



さて、今回私はイタリアの片田舎トスカーナに住む、ドンコロコローネの妻だった女、マルガリータさんのインタビューをしにやって来た。ドンコロコローネを影で操っていたとされる才人である彼女に会うに当たって、緊張の面持ちで彼女の家の玄関のドアをノックすると、開いた扉から出てきた笑顔に面を喰らった。


「いらっしゃい。狭い家だけど、くつろいで行ってね。」


腰の少し曲がった優しそうな、しわくちゃのお祖母ちゃん。それが現在のマルガリータさんであった。そこには冷酷の女知将と呼ばれた面影は一ミリたりとも見受けられない。長い隠居生活で彼女も丸くなったということだろうか?


「良いチーズとワインが入ったのよ。これを食べながらお話ししましょう。」


「はい、ありがとうございます。」


小さな丸いテーブルを二人で囲み、私はテーブルに置かれた赤ワインとチーズに舌鼓すると、美味しくてほっぺが落ちそうだったが、これからインタビューしないといけないので程々にしろと、私は私自身を諫めた。

そんな私の様子をマルガリ―タさんは楽しそうに見て笑っていた。


「それでは今日はインタビューを受けて頂きありがとうございます。打ち合わせの通りレコーダーなどの記録機器の類は使わず、私の手記のみでの記録になります。」


「そうねぇ。私が機密事項をウッカリ話しちゃうかもしれないものね。そんなことでアナタが殺されたなんてことになったら目も当てられないわ。うふふ♪」


「そ、そうですね。」


今のがジョークなのかジョークで無いのか判断はつかないが、身が引き締まる思いである。思わぬ不意打ちを喰らったが緊張感を持ってインタビューが出来そうである。


「それではインタビューを始めさせてもらいます。」


「どうぞ。出来る限りのことは答えてあげるわ。」


「まず、どうしてマルゲリータさんは、マフィアのボスになるコロコローネの妻になる道を選んだのですか?アナタの家はごく普通の一般家庭の様ですが。」


「それはコロちゃん・・・いえコロコローネが私のことを大変気に入ってね。毎日バラの花束を実家に届けるのよ。私は押しが強いのに弱いのよ。だから彼と付き合うようになって、コロコローネは親の反対を押し切って私と結婚したわ。こうして私はマフィアの時期ボスの妻になったわけ。」


「なるほど。」


これは噂通りの話だった。一般人がマフィアの妻になるなんて、余程の覚悟が必要だったと思うが、今日掘り下げるべき事柄はそこではないので突っ込んで聞く必要はない。

突っ込むべきはこういうことだろう。


「聞くところによると、マフィアであるコロコローネをアナタが補佐していたらしいですが、それは本当ですか?」


「補佐?・・・いいえ、私が全てのことに指示を出していたわ。だってあの人何も出来ないんですもん。オマケに乱暴で口が悪くて、腹は出てるし、剥げてるし、短足だし、良い所なんて探す方が難しいわ。信じられる?あの人部下からも舐められたのよ。」


「は、はぁ。」


堰を切ったように話すマルゲリータさん。きっと結婚当初からの不満が溜まっていたのだろう。やはり噂は本当だったようだ。

ドン・コロコローネは実は無能で、影で妻のマルガリータがマフィアを動かしていた。この説は正しかったのだ。


「あの人のお父様が死んでから、私はもっと忙しくなったわ。だからドラスティックに物事を進めて行ったけど、そのせいで血も沢山流れたのはお詫びしようがない。私も必死だったから。」


悲しい目をして顔を伏せるマルガリータさん。プレッシャーを受けながらマフィアたちに指示を出していたと考えると、彼女の苦悩は想像も出来ないモノだっただろう。


「その間、あの人は宴会で腹踊りしてるんですもん。本当に堪らないわ。まぁ腹踊りだけは一流だったと言わざるを得ないけどね。アナタにも見せてあげたいわ、ドン・コロコローネの腹踊りを。まるでお腹に一つの生命が宿っているかのようだったわ。」


それは流石に知らなかったな。マフィアのボスが腹踊りなんて。

確かに面白いかもしれないが今回の記事はシリアス路線でいきたいので、ここはカットしないと・・・でも一応メモしておこう。


「他に何か聞きたいことはある?」


「えっとそうですね・・・。」


マルガリータさんから促されたが、私は少し言葉に詰まった。これが一番聞きたかったことだったが、腹踊りの後にこの質問をするのは少し躊躇してしまう。


「どうしたの?何か聞き辛いこと?」


「えぇ、まぁ。」


「なんでもおっしゃりなさいな。多分答えてあげられるから。」


「そうですか、それでは遠慮なく。」


と言いつつも、私は覚悟を持って、この質問をした。


「ドン・コロコローネの浮気ロシアンルーレット事件の真相を教えて頂けませんか?」


この質問の後、マルガリータさんの顔が少し強張ったのを感じ、私は背筋がぞくっとした。開いてはいけないパンドラの箱を開いてしまったのではないかと、心臓の音が高鳴った。


「・・・あの事を聞きたいのね。良いわ分かったわ、お話ししましょう。」


よ、良かった。自分の命が助かった事より、真相を聞けることが嬉しい。今になって私って根っからの新聞記者なのだと、自分自身を理解した。


「それで?アナタはあの事件についてどの程度知っているのかしら?」


「40年前、ドン・コロコローネが売れない女優のペンネと一晩限りの過ちをし、それを知ったアナタが罰として、拳銃のロシアンルーレットさせたと聞いています。」


「あら?大体ご存じの様ね。それじゃあ、拳銃の回転弾倉に込められた弾の数はいくつだと思う?」


「ロシアンルーレットというぐらいですから、4,5発は入っていたんじゃないでしょうか。」


6発装填のリボルバーに1~3発ということでは無い筈。何せこれは奇跡の生還と言われているぐらいだから。


「不正解よ。正解は弾倉全てに弾を込めていたから、6発が正解よ。」


「えっ?」


私は唖然とした?目の前の人が何を言っているのか理解できなかったからだ。

ニコニコ笑うマルガリータさんが不気味で仕方ない。


「私はねコロコローネを殺そうとしたの。結婚する時、彼は私のまでこう言ったわ『一生かけて君だけを愛する』ってね。だからこの裏切りは許せなかった。私の愛を彼は裏切ったのだから報いを受けさせないと、当時の私はそう考えたわ。」


ニコニコしているのに口から出る言葉は冷淡で、コロコローネファミリーの影の支配者だった彼女の恐ろしさが、今になって本当の意味で分かった。


「だから彼を背もたれ椅子に縛り付けて、ロシアンルーレット風に殺すことにしたの。彼は『殺さないでくれぇ‼』って失禁しながら泣き叫んだけど、私は容赦なく引き金を引いたわ。彼を殺した後で私も死ぬつもりだった。でもね、知ってるかもしれないけど、弾は出なかったのよ。」


そうだ。コロコローネはその後も30年にも渡り、コロコローネファミリーを率いていた。40年前に死んでしまっていたら辻褄が合わない。


「どうして弾が出なかったんですか?」


「うふふ♪不思議なことにそれが分からないのよ。試しにその後、天井に向かって2,3発撃ったらちゃんと出たし、何が原因で弾が出なかったのかサッパリよ。コロちゃんは何も知らずに、6分の1が引けたと思って泣きながら大喜び。私も何だか殺す気も失せちゃって、彼を許すことにしたわ。」


絶対死ぬはずのロシアンルーレットに勝つ悪運を持っていたコロコローネ。やはり彼は得体のしれない何かを持っていたのかもしれない。


「10年前に彼が死ぬ時ね。病床の彼は死ぬ直前まで「生きたいなぁ」ってベソかいてたのよ。だから私は怒ったわ『最後ぐらいファミリーのボスとして威厳を持ちなさい』ってね。でも生きたい理由が『生きて、お前の作ったアラビアータが食べたいんだ』って言うんですから、私は彼の頭を優しく撫でた。その三日後に彼は死んじゃったわ。」


何処か遠くを見つめるマルガリータさん。その様子は亡き夫との思い出を懐かしんでいる様に見えた。



帰りの車中の中、私は今日マルガリータさんに取材したことをまとめて記事にするか迷ったが、それはやらないことに決めた。何だか聞いたことをそのまま書いたとて、彼の魅力の一部も読者に伝わらないと考えたからだ。

イタリアの伝説になりつつあるドン・コロコローネ、その彼にはミステリアスな部分があった方が魅力的だろう。

ゆえに彼の秘密は私が墓場に行くまで持っていくことにする。








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