第7話 A/B

 何故か床が柔らかい。目を覚ますと、何故か俺はベッドに寝ていて、隣にはシャルロッテがいた。寝息を立てて、ぐっすりと眠る彼女に俺は見惚れてしまった。


 ……何、考えてるんだ。俺は雑念を振り払った。シャルロッテを起こさないように準備を始める。



 みんなが起きたあと、すぐに用を済ませることにした。王都での商売はうまくいった。グリーンキャタピラーの布は良い商材だったようだ。今は適当に王都をぶらついている。


「金貨二枚になるなんて……しかも途中の関所も無視してるから丸々利益、文句なしの成果だね。」


「ってことは金貨一枚と銀貨十五枚が粗利か。」


「アル君って、計算出来たの!?」


 ……この世界の文字は書けないし、周辺の街も知らないし、シャルロッテから見たら俺はバカに違いない。前世で学校に行っていて良かった。


「一応出来る。」


「良かった。なら今度は文字も教えてあげるよ。」


 生まれが辺境の村というのはやはりハンデなのだろうか?転生してから、飛行機作りを試したり、魔法の練習をずっとしていたが、村にある情報というのは限られていた。村長は昔起きた戦の話しかしないし、文字を書ける人間などたまに来る役人だけだった。


 思考がそれた、いずれにせよ良い機会だろう。他人に手間と時間をかけて知識を教えてくれる人間など早々いない。


「シャルロッテ、ありがとう。」


 シャルロッテは大きく目を見開いて、驚いていた。それと何故か照れている。


「……シャルロッテじゃなくてさシャルって呼んでよ。何か恥ずかしいし。」


「シャル。」


「ふふっ、何かどっちの呼び方でも恥ずかしいね。」


 ……分からん。話題を変えよう。そもそもシャルロッテの目的は珍しい錬金術の素材を集めることだったはずだ。


「シャル、午後は暇だから錬金術の素材でも見に行かないか?」


「もちろん!」


 王都の大通りから少し外れた地区。丘の上にある王城を見ながらボーウ川のほとりを俺たちは歩いていた。ボーウ川は少し曲がりくねっていて、少し遠回りしている。シャルは俺に語りたくて仕方がないのか、早口で色々語ってくれた。


「……例えばさ、薬草を組み合わせてポーションを作るのも錬金術。鉱石を精錬して魔力を宿すのも錬金術。もちろん、伝説みたいに金を作ろうとする人だっているけど……僕はあんまり興味ない。そんなのより、新しい何かを見つける方が楽しいんだよね。一応、僕の専門は魔鉱物で……。」


 しかしまあ、楽しそうに語るものだ。彼女が矢継ぎ早にしゃべるうちに目的の場所が見えてきた。


「ここが王都一番の素材市だね!意外と早く着いた。」


「小娘、何か美味いものはないか?」


「テナ君、論外。この石の輝きが分からないのかい?」


 ……俺は目の前のアホな会話から現実逃避をするために目を逸らした。


 ふと金髪が綺麗な少女が目にとまった。着ている服は確かに庶民の服なのだがほつれ一つない。それに隠れてはいるが、少女を囲うように剣を持った人間が配置されている。


「ねぇ、アル君聞いてるの?この鉱石と……」


「アル?それにその顔クローネ家の……。」


 ふと少女が呟いた。……何というか、面倒な気がする。十中八九、いいとこの人間だろう。


 俺が国を建てるために、絶対に必要なのは権力者に気づかれないことだ。権力者にとって、自由に出来ない戦力や軍隊ほど目障りなものはない。

 国家の本質はその領域内の軍事力を独占していることにあるのだ。


「ちょっといいかしら、ドラゴン不審死事件で聞きたいことがあるのだけれど?私は王国、第二王女エリザベート……」


 仮について行ったら、相手の場で誤魔化しようがないことを尋ねられ続ける。もうあのときのような奇跡は起こらないだろう。


「シャル、逃げるぞ!」


 俺はシャルの手を取って、急いで走る。


「ちょっと!待ちなさい!」


 後ろから何か聞こえてきたが全て無視した。市場の人混みを避けながら、来た道を戻る。やがてボーウ川のほとりを走っていると、シャルの体力が尽きたのか急にスピードダウンした。……まずい。


「はぁ、はぁ、アル君……待って。」


 ……俺一人なら金髪の少女も、護衛も撒けるが、シャルを失うわけにはいかない。あの距離ならあと三十秒ってところか。


「テナ、飛べるか?」


「直線距離がもう少し必要であるな。」


「風魔法で加速する。」


「……良かろう。」


 テナはそう言うと、身体を大きくする。俺はシャルを抱きかかえて先にテナに乗せる。そしてすぐに俺も飛び乗った。


 テナは俺が乗ったことを確認すると、すぐに走り出した。俺も思いっきり、後ろに風魔法を使う。


「アル君、落ちる!落ちる!」


 このまま行けば確かに俺たちは川に落ちるかもしれない。だがテナの言葉を俺は信じた。


 そして川の上にテナが身を投げ出した所で、風魔法の出力を最大まで上げた。テナの翼が一気に広がり、重力を断ち切るように風を掴んだ。

 俺たちは一気に上昇する。大地が俺たちを逃がすまいと、腹の底に重くのしかかった。


「うわああああああっ!」


 シャルが悲鳴を上げて俺の背中にしがみつく。

 丘とその上の王城が俺たちの正面にまだ立ち塞がっている。さらに風魔法の出力をあげるが角度的にギリギリな気もする。俺は王城の尖塔と尖塔の間なら抜けれる気がして、テナに指示する。


「テナ、加速して塔の間を抜けろ!」


 テナも野生の勘でそれを分かっているのかすでに身体を傾けている。俺も風魔法で全力で補正した。テナは唸るように吠え、さらに翼を傾ける。急激にバンクする感覚に、俺の体は外側に引きずり落とされそうになる。

 シャルは悲鳴を上げながら必死に俺にしがみついた。


「きゃああああっ! アル君っ、ぶつかる!」


 城の尖塔が目前に迫る。風で髪が逆立ち、石造りの壁が目の前に迫り……そして抜けた!空が俺たちの前に広がる。

 俺たちは王城の屋根を越えて、王都を見下ろしていた。


「テナ、ナイスだ!」


「はぁ、はぁ……僕もう死ぬかと思ったよ……。」


「なに、造作もないことよ。やはり、人間と組むと楽であるな。」


 造作もないか……流石に俺も肝が冷えた。あんな離陸はしばらくしたくない。


「それにしても、アル君どうして急に逃げたのさ?」


「……権力者は嫌いだからな。もし捕まったら、俺たちにはなすすべがない。」


「?……ちょっと僕にはよく分からない理屈だけど……今からでも戻った方が良いんじゃないかな?」


「シャル、また他の街で錬金術の素材は見に行く。約束する。」


「……別にそこは気にしては無いんだけど……。」


 ……さてとどうするか。たぶん王国の偉いやつに俺の名前とワイバーンっていう手札がバレてしまった。捕まるよりはマシだろうが……。王国の影響や目が一切及ばない地域に、とりあえず行くとしよう。そこで力を蓄える。


「……テナ、良い浮島か無人島はないか?」


「浮島なら我の根城であるぞ。」


「よし、そこを目指すか。」


 そこでゆっくり今後の計画を練るとしよう。それにしても、王都のど真ん中で城の上を飛ぶなんてやらかしたな……。だがシャルを失うわけにも、捕まるわけにもいかなかった。仕方ない。過ぎたことは忘れよう。

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アルテナ公国戦記〜空軍で異世界をその手に〜 ワナワナ @wanawana255

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