第6話 Lock on

「……何?」


 衛兵の顔色が変わる。


「ちょっ、アル君!?なんでわざわざ嘘つくのさ!」


 その横で、フードの中からひょいと顔を出したテナが胸を張って言い放つ。


「我らが倒したのだぞ!」


 今度は魔道具が丸に光った。


 終わった。ただ衛兵は年端のいかない俺とシャルロッテを見て、疑わしそうだった。俺はとりあえずフードを押さえてテナを黙らせた。


「この魔道具も古いからな……悪い坊や、通ってくれ。」


 どうやら故障だと思ったのだろう。衛兵の気が変わらないうちに俺達は急いで魔道具を返して、王都に入った。


「危なかった。」


「アル君……まさか本当に……。」


「……シャルロッテ、そんなことよりまずは明日に備えて宿を探そう。」


「……後でじっくり聞かせてもらうからね。」


 王都の城門をくぐった瞬間、圧倒されるような熱気が押し寄せてきた。

 広々とした石畳の大通りには、荷車を引く馬や商人たちの掛け声、露店から漂う香辛料や焼き菓子の匂いが入り混じっている。

 両脇に並ぶ建物は俺の村で見た屋根よりも高く、窓にはガラスがはめ込まれて、夕日を受けてきらめいていた。日が暮れる前にとりあえず宿を探すとしよう。


「僕、王都の宿なら一つだけ知ってるよ。セントラルパレスホテルって言うんだけど、料理は最高級、部屋には魔道具の照明も暖炉もあって……」


「却下だ。」


「ええっ!?まだ説明の途中なんだけど!?」


「……俺が探すか。」


 シャルロッテはお嬢様だ。節約とは無縁だろう。こういうのは地元の人間に聞くのが一番だ。


「テナ、何か食べたいものはあるか?」


「あの揚げ物であるな。ほれ五十メートルほど先に屋台がある。」


「分かった。買ってくる。」


 テナが興味を示したのは唐揚げの屋台だった。俺たちはそこまで歩いて、注文をする。


「おっちゃん、唐揚げ串を3つ頼む。」


「へい、ありがとよ。」


 店主は手際よく俺に串を渡した。テナが食べたそうにしているので、一つ渡す。


「実は宿を探してて、どこかいいところはないか?」


「一人か?それとも、そこの女の子は坊主の連れか?」


「そうだ、泊まれるところを頼む。」


 店主はふと俺とシャルロッテを見てから何か合点がいったように、宿屋の場所を教えてくれた。


「坊主もやるな……この大通りをまっすぐ行って、二つ目の左に折れた小路に入るんだ。看板が出てるからすぐ分かる。」


「助かる。ありがとう。」


 俺は礼を伝えてから、シャルロッテに串を渡した。


「シャルロッテの分な。」


「ありがとう、アル君。こういうジャンキーな食べ物も良いね。」


「さて、食いながら宿を目指そう。」


 宿に着いた。さっさとチェックインしたが、何泊するか聞かれないのは珍しい。それに一部屋しかなかったのは残念だ。


「まぁ、一日なら一部屋でも良いさ。僕も日が暮れたのに他の宿を探すのは面倒だから。」


 彼女はそう言って、ドアを開けて部屋に入った。何で部屋に入ってすぐに突っ立っているんだ?


「シャルロッテ、どうしたんだ?」


「……ベッドが一つしかない……。」


 耳まで真っ赤になったシャルロッテが振り返って気まずそうに言った。……こういうのは苦手だ。前世でも恋愛は不得手だった。ともあれ、俺が責任を取るべきだろう。


「……俺が床で寝る。それで問題ないだろ。」


「アル君は12歳だし別に……いやでも……。」


 彼女は葛藤していたが、こういうときは有無を言わせず押し切った方が良い。


「じゃあ、俺は寝るから。」


 俺は床で寝ることにした。



 僕も変わってる方だと思ってたけど、アル君の方がとびきりおかしいかもしれない。知性ある魔物と契約してて、面白そうだからついて来たけど驚かされることばかりだ。空を飛んで、ドラゴンを倒すなんて本当なら神話レベルのことだよ。……しかも全然、この状況に動揺してないし。


 僕は床に眠るアル君をそっと抱きかかえて、ベッドに乗せてあげることにした。流石に可哀想だよね。


「小娘、何だ?つがうのか?ならば我は、適当に飛んで時間をつぶすぞ。」


「つ、番う!?何言ってるのさ?」


「ふむ……ここは番いの場ではないのか?」


「ベッドが一つしかないだけさ。変な誤解は……。」


「人間には聞こえぬのか?壁に耳でも当てて、隣の部屋を聞けば良い。」


 僕は、このワイバーンの自信ある様子に気圧されて、好奇心からつい壁に耳を当てた。ベッドの軋む音やくぐもった声がかすかに聞こえた。……聞かなきゃ良かった。


「とにかく、テナちゃんが心配してるようなことは起きないから。」


「テナ……ちゃん?その呼び方は好かぬ。敬意を感じられぬ。」


「じゃあテナ君?」


「さっきよりは良いが……。」


「なら、テナ君ね。」


 これぐらいは、仕返ししても良いと思う。おかげで変に意識してしまう。


「テナ君、ドラゴンを倒したって本当?」


「本当であるな。我らは共にエメラルドドラゴンを撃墜したのだ。」


「その時様子をもっと詳しく聞いても良いかい?」


「良かろう……あれは……。」


 話を聞いた感じ、すでにアル君の中には理論が確立されているように感じる。僕だって初めての実験は怖いのに、撃墜という結果をアル君は当然と思っている気もする。


 攻撃魔法と飛行魔法で分担か……確かに長い歴史でも初めてかもしれない。僕が知る限りにおいて、そもそもワイバーンの知性ある魔物の個体はテナ君が初めてだ。それと契約なんて、魔力の共振周波数が一致する確率を考えたらどれほど低いのか……。錬金術を今ところ否定しないし……退屈しなそうだし、もうしばらくは彼についていこう。



 王都の中央にはボーウ川が流れ、それを境に王都は二つに分けられる。一つは城のある丘陵地帯、もう一つは城下町のある平原である。彼女は城の窓から川向うの城下町を眺めていた。


「ドラゴン不審死事件で調査に進展はあったかしら?」


「……王女様、特に何も無いです。」


 王女は王命で事件の調査をしていた。自らが設立した騎士団を用いて力を入れて調査したが、未だに成果が伴わなかった。


「……前提を変えましょう。これまで私たちは、ドラゴンよりも強い魔物が現れたと考えて、調査していたわ。もっと視野を広く、あらゆる可能性を考えるべきよ。」


「……ではドラゴンを人が倒したとでも言うのですか?」


 騎士団員かつ王女の側付き、真面目そうな女性が冗談混じりに答えた。


「分からないわよ……例えば最近、王都だけでもワイバーンが近郊に着陸したり、真偽魔道具の誤作動で通された者がいるそうね。偶然が二度も続くのは変よ。」


「……私が直々に調査するわ。他の一切の公務は停止。」

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