転章1 上杉家と伊達家の動き
大和皇国の関東管領を暫定的に任せられている大大名【上杉家】。皇国室町幕府の補佐役として重要な役割を果たす名家である。
ただし、北条家は上杉家を関東管領とは認めず対立。最強の武力を誇る武田家が覇権主義を鮮明にしている。そして、武田家と幾度と戦でぶつかり決着がつかずにいる。いまだ関東の混乱を治められない上杉家に関東管領の地位にふさわしくないのではと疑問を呈する家も少なくない。
また、年々減少傾向にある食糧問題はどの大名においても頭の痛い問題であった。上杉家とて例外ではない。そんな中、上杉家へ非常識の塊である頼経とメティアの自重を捨てた計略が、大量の米俵とともに津波のように押し寄せようとしていた。
それは津軽藩と帝国軍の東伐第二飛空艇艦隊との戦いが終わり、大和皇国の各地で農作物の収穫が終わりしばらくのことだった。今年も不作に悩む上杉家の宇佐美定満が頭を抱えていた頃。
津軽藩からどこからともなく使者の一団がやってくる。まるで、突然空から降ってきたように沸き出た一団に上杉家の諜報組織は泡を食ったのである。
場所は春日山城。
上杉謙信は津軽藩からの使者の一団を城に受け入れ、大勢の家臣たちとともに使者と面会することとした。畳敷きの広場で一段高い上座に当主たる上杉謙信が入場し座る。両脇を側近の宇佐美定満、柿崎景家ががっちりと固めた。さらに外側に凜凜しくも武闘派の女神、春日山城城郭神である上杉愛璃の姿もある。
上杉謙信からは一流の風格が漂い、謁見の場も張り詰めた緊張感で静まりかえり静寂しか許さない雰囲気に満ちている。
年齢を感じさせない若々しい姿。長髪でビジュアル系を思わせる人間離れした整った容姿は家臣たちから信仰に近い忠義を集めるに至る。
津軽藩の使者として彼らに対面するのは津軽藩家老桜守の市の娘【桜守王林】である。二十代手前の彼女は市の後継者であり、家老職の補佐も行っている。
彼女は挨拶を終えた後も、謙信の威風を感じ取りつつ平然と受け流していた。
ほう、と謙信は小さく唸る。
それとなく覇気を当てていたのだがまるで動じない姿に感心していた。
「先の帝国艦隊との戦いにおきましては伊達家の救援を手配していただきありがとうございました」
王林は津軽弁の訛りを使者としての対話でも隠そうとしない。地元愛に溢れる彼女はむしろ誇りを持って堂々と告げる。
「城主に就任したばかり故にこの場に参上できない津軽藩城主新田頼経様に代わりまして深く御礼申し上げます。これからも関東管領上杉家には格別の配慮をいただきますようよろしくお願い申し上げます」
王林はあえて呼ぶことで津軽藩では上杉家を関東管領として支持し、敬意を払いますと暗に宣言する。これには頼経自身が直接参上しないことに不満を持つも、直接あえない理由がもっともであることもあって非難の声があがるまでには行かず、会談が荒れないギリギリのラインで会話が進んでいく。
先の戦いにおいて、伊達家の救援は上杉家の計らいがあったと伊達政宗から聞かされていた。であれば先の城郭神会議の上杉愛璃の態度は周囲の、ひいては武田家の目を欺くための同調した振りだったとも考えられた。
『もしくは津軽藩の反応を見て救うに値する者たちなのか』、
あの会議で試された可能性があると王林は頼経から聞かされた。
だがへりくだってばかりではなめられる。上杉家には油断ならぬが手を組むに値する対等な相手と思われるのが理想。その一手として趣向を凝らした策を頼経は王林に授けていた。
「我が主である頼経様から手土産がございます。上杉様は西側のワインなるお酒がたいそうお気に入りだと伺っております。年代物のワインをわざわざ堺の商人を使って集めていらっしゃるとか」
手土産への期待と情報をあらかじめ得ていた手腕に形式的な褒め言葉がかけられる。
「その通りだ。なかなかいい耳をもっておるな」
「ありがとうございます」
王林もまた形式的に受け答えさらに踏み込んでいく。
「それならばと西大陸の商人に顔が利く頼経様秘蔵のワインをご用意いたしました。ご堪能くださいませ」
頼経の人脈は西の大陸まで及ぶのだと暗にちらつかせた。謙信と定満は当然気がついている。
王林の言葉を待っていたように給仕たちが上杉家家臣たちに二つのワイングラスを配っていく。
「あらかじめ城郭神愛理様により安全が認められたワインでございます」
「はい。毒はありません」
愛璃の目が神力で淡く光る。提供されたワインが安全であると女神の力で精査したのである。
加えて王林が武士たちの警戒心を打ち砕く言葉をそっと添える。
「西の王侯貴族もめったに飲むことが出来ない年代物のビンテージワインでございます。これを逃すと二度と飲めないような幻のワインですよ。どうぞご賞味ください」
ただでさえ酒に弱い武士たちである。二度と飲めない希少の酒と言われては興味をひかれて仕方ない。思わず唾を飲み込み、我慢の限界などあっという間に訪れる。
家臣たちのせかすような空気を察してかは知らないが、謙信はすぐに二つのワイングラスのワインの色と香りを楽しんだ。その時間も惜しいと家臣たちは主を血走った目で見つめる。もはや暴走寸前。武士にお酒は、ニンジンをぶら下げた馬状態なのである。だが主より先に飲むなどあり得ない。だからもどかしい。
そして、ようやく口に含み、飲み始めたことで上杉家の人たちはグラスに手を伸ばしていく。これでもフライング気味だが彼らは耐えた方である。
(男ってみんなこうなのかしら)
女性である王林は武士の酒狂い気質に内心呆れの嘆息を漏らす。
味に関して評判は上々。彼らは口々にうまいと褒め称える。提供された二種のワインとも素晴らしい味だと。深みがあって上品な味などと口々に批評する。
特に最初に注がれたワインはとても飲みやすいと大絶賛だ。
確かにどちらのワインも素晴らしい。
しかし、謙信の表情は優れない。彼は家臣たちの感想に眉をひそめたのだ。
そして、王林に視線を向けるととぼけたような笑顔が返っている。その笑顔で確信した。
「王林とやら、試したな?」
「なんの事でしょう?」
王林は白々しくもすっとぼけた。
「最初に提供されたワインも悪くはない。保存状態も優れ、作りも丁寧だ。だがこのワインの銘柄は西で庶民に出回るワインであろう。本命は次に飲まされるワインだ。こちらこそがノルマン王国産50年物のピンテージワインだ」
「ご明察です。さすが謙信様は素晴らしい。一流の舌をお持ちですね」
これには上杉家家臣たちも困惑顔であったり、庶民の味のワインの方が飲みやすいなどと評して恥をかいたことになる。
屈辱で顔が赤くなるものもいる。
険悪で気まずい雰囲気が漂い始める中、頼経は暴発を許さない次の手を授けていた。
謁見の間に空気を吹き飛ばすような笑い声が響く。
「あーっはっはっは、お主らも城郭神会議で頼経を試したであろう。これでおあいこであるよ。なあ、上杉謙信よ」
きらびやかな衣装に身を包んだ少女が颯爽と現れる。何者だと思うものも少なくない中で、誰よりもはやく反応したのは謙信だ。
「まさか、足利桜花様、であらせられるか」
「「「「「――――っ!!」」」」」
家臣たちは足利の名に気がつきはっする。完全に不意打ちであった。先の沸き立つ怒りなど一瞬で吹き飛ばすようなビックネームだ。
あまりの急展開に飲まれ、主導権が完全に相手に持って行かれた事を謙信は悟る。
腹心の宇佐美は城主である頼経自身が挨拶に来ないことを盾に交渉を有利に進めるもくろみが崩され、内心苦笑いといった様子だ。
謙信が上座を譲ろうと腰を上げると桜花が手で制す。
「不要だ。そのままで良い。いまここにおるのはただの小娘ゆえな」
「そういうわけに参りませぬ。征夷大将軍足利義輝様嫡子、足利桜花様」
ひとまず不要と言われたのでその場で臣下の礼を取る謙信。それにならい家臣たちも平伏する。桜花は武家の棟梁、征夷大将軍の跡継ぎなのだから。
「面を上げよ。堅苦しいのは好かんよ。それに……」
桜花がチビウサのアイテムボックスからピンテージワインの詰まった魔導空調式ワインセラーを取り出し周囲を驚かせる。
『空間収納スキルか?』
希少で価値の高いスキルを桜花がなにげに披露した事に驚く者も多い。
「皇国では金塊を積んでも手に入らぬような希少なワインをくれてやるのだ。代わりにこちらの提案だけでもきいてもらうかの」
「……聞きましょう」
最初から流れが完全に王林と桜花にある。正確には裏で策を巡らせた頼経に、ではあるが。
せめてもの抵抗とばかりにすさまじい覇気を解放する謙信。家臣たちすらたまらず震えるほどの威圧。先ほどの王林に浴びせた覇気など比較にならない。常人であればショック死すらしかねない圧力に桜花は涼しげに受け流す。
(これだけの覇気を受けて動じぬとはな)
謙信の記憶では以前都で見た桜花は、年相応の幼さを残しおどおどした少女の印象があった。人の上に立つにはこれからの幕府に不安を覚えるほどの頼りなさだった。
しかし、今はどうだ。堂々と振る舞う姿勢は自信に満ちている。人を引きつける魅力も備えている。
武人としての実力も見違えるほどにつけたことが佇まいから読み取れる。
だが、
(あれから一年も経たずにずいぶんと成長されたようだ。不自然なほどに……)
どう見ても3年以上成長したとしか思えないほど心身も含めて体が成熟していた。以前に会ってから一年も経たずしてあり得ない成長速度だった。
「うむ。話が早くて助かるわ。結論からいえば余の後ろ盾になってもらいたいのよ。都に戻り三好を打倒し、室町幕府の権威を取り戻し、大和皇国を治めるつもりよ」
「それは……」
「うむ。すぐに返事を出す必要はない。小娘である余に天下を平定する力を疑う気持ちもあろう。故にまずは秘密の限定協力協定を一年間結びたい。返事はその一年後に聞こう」
桜花の意図を図りかねていた。なぜ一年なのか、と。
その答えは桜花の口から直接明かされた。
「三好に新たな将軍を擁立する動きがある。細川たちと協力して時間を稼いで欲しい。それまでに余がわかりやすく力を示して新たな征夷大将軍であると天下に知らしめてくれる。まあ、一年もかけるつもりもないがの」
(力を示す? どうやってだ。桜花様の味方はおそらく津軽藩のみ。そして津軽藩は城郭神会議で武田を敵に回して……まて、わかりやすく力を示すだと!?)
ここでとんでもない推測が脳裏をよぎる。あり得ないと思いつつも謙信は桜花に問う。
「まさか、武田を倒すとおっしゃられるか。一年もかけずに」
「「「なっ!!」」」
「それがわかりやすかろ」
「「「なあーーっ!!」」」
上杉家一同は絶句する。信じがたい話だった。何度も武田家と戦った上杉家はその精強さと恐ろしさを嫌というほどに知っている。
秘密協定ということは桜花は上杉の力も借りずに武田を倒すという。正気とは思えない発言だ。足利家の令嬢で無ければ一笑に付すところである。
「まあ、の。滅ぼすとは限らぬがなにかしら力は示さねばなるまいよ。ましてや、帝国や災厄とも戦わねばならぬ。弱い幕府に民は守れぬ」
桜花の目はまっすぐに謙信を見返した。
「もし、余に未来を見るならば一年後上杉の力を余に貸せ。大和の民を守るために」
(おもしろい)
謙信は内心高揚していくのが分かる。これまでの会話から確かに桜花に将軍の器を感じたのだった。
(本当に成長なされた。それに桜花様の言動からにじみ出る安定感よ。強大な何かに守られた絶対の信頼感が見て取れる)
「協力の見返りもただとはいわん。王林。目録を」
「かしこまりました」
王林が貢ぎ物となる目録書を差し出し、それを受け取った家臣から謙信へと渡った。目を通し、謙信は唸る。
「しんじられん。この目録には米俵250万俵とあるが確かか?」
その言葉に家臣たちがざわついた。統制のとれた上杉家の家臣たちであっても驚愕の数値である。
さらに続きがあった。
「しかも肉や酒、工芸品も含めれば120万石分に匹敵する献上品ではないか」
「それで上杉家は地盤を固め、裏工作に努めよ。この目録はその必要経費も混みでの話よ」
ざわつきは収まるどころか広まる一方だ。無理もない。これは上杉家の一年分の収入に匹敵する。それほどのものを田舎の津軽藩が用意して見せた事が信じられない。何より大和皇国全体で不作が続く昨今ではなおさらだ。目録が正しいのかすら疑うレベルである。
米俵250万俵など数の暴力である。
「うむ。では早速倉に案内せよ。スキルでだして譲渡する故に」
「はっ?」
これには宇佐美定満が待ったをかける。そもそも田舎の津軽藩がどうしてそのような馬鹿げた食料在庫を抱えているのか不思議で仕方ない。謀られているのかと疑いたくなるレベルだ。だがさらに耳を疑うことを桜花が言った。
「お、お待ちください。そのような馬鹿げた米の量、とてもこの城の倉では収まりきれませぬ。というか250万俵も足利様の収納スキルは格納できるのですか?」
「なにをいうておる可能だから言うのであろうが。ちなみに収納量は無限じゃと聞いておる。しかも時間停止空間も可能だからの」
「はあああっ?」
じ、時間停止?
意味が分からない、信じられないと定満は言葉を飲み込むのに時間を要する。だというのに桜花の信じられない発言はとどまることを知らない。
「もともとこれは頼経のスキルでの。余の肩に乗る分身のスライムを部下全員に同行させて荷物持ち代わりに出来るので便利なのじゃ」
「あ、あわわわっ」
「それに会話がしたくなったらいつでも頼経と会話出来て連絡も楽でいい。こんな風にの」
桜花は手前に立体映像を映し出すと遠くにいるはずの頼経と回線をつないで呼び出した。
『どしたの桜花?』
「うむ、声がききとうなった」
「「「「えええええーーーーーーーーっ!?」」」」」
謙信だけはかろうじて声を出すのはこらえたが目を見開き驚愕は隠せない。
(無限かつ保存出来る時間停止の収納スキルと即時に遠くと連絡できる能力。収納スキルも情報伝達能力も一つ一つが戦術の概念を変えるぞ。なるほど、このような秘密を抱えているのならば足利様の自信も納得よな)
このような破格の術を複数有する義経との関係は慎重にならざるを得ない。敵対したときのリスクがあまりに高いと打算が働いた。
そもそも謙信は津軽藩の秘密がこれだけですむとは考えていなかった。誰が友好関係を結んでいない相手に手の内をすべて見せるものか、と。かれらのしたたかさは王林の運んだ会話の流れからも十分にうかがい知れる。
(ふっ、もはや協定を結ばない手はないな)
何より次々と驚かされる今回の会談はかつて経験が無い。愉快で仕方ない。
(新田頼経、その名覚えたぞ)
「面白い、まずは極秘の協力協定を結ぼうではないか」
謙信は頼経のもともとの狙いがまず秘密の協定を結ぶことだと見抜いた。いきなり同盟など露ともおもっていない事は理解している。
こうして、頼経は上杉家から秘密の協定を結ぶという外交的勝利を勝ち取っていた。
◇ ◇ ◇
伊達家仙台城にて。
庭園から夜空を眺めつつ、伊達輝宗が片倉小十郎から報告を受けていた。当主への報告とあっては寡黙な小十郎もしっかりと話していた。
「はっはっは、そうか。政宗はそのまま残ったか」
「はい。それと津軽藩との同盟はよろしかったのですか」
次期当主とはいえ、政宗は津軽との同盟をきめてしまった。独断で同盟を結んだことに輝宗は怒るどころか寛容に認めた。
「かまわぬ。あやつの眼帯に隠れたる目は時代を読み取る先見よ。何より小十郎、お前が止めなかったのだ。それだけ利があったのだろうて」
「はっ、あの地には新たなる時代の風が吹き荒れておりました。その風に乗って政宗様は昇竜となり、さらなる高みに登り詰めることでしょう」
「城郭神会議で公開された飛空艇よりも一線も二線も画する空中戦艦。その建造量産を皇国のどの大名よりも先駆けて伊達家が着取出来る。確かにこれだけでも拙速であろうと同盟を決断した甲斐があるというもの」
「しかし輝宗様、この技術とておそらく序の口。津軽藩の城主はさらなる矢をいくつも秘しているようです」
「だからこそ政宗は残ったのであろうよ」
「政宗様の慧眼すばらしきことかと」
手紙で政宗からの手紙に目を通して輝宗は温厚な顔を覗かせる。
「それにのう、小十郎。手紙からも政宗の楽しそうな様子が伝わってくる。いい友を得たようではないか」
「はっ、新田頼経。かの者も政宗様に劣らぬ傑物であるかと」
「気がおうたのだろうな。……あの内気だった息子がのう」
一時は片目を失い、他人を信じることをしなくなった過去の弊害も本当の意味で取り払われるかもしれない。輝宗は新田頼経との交流で政宗の精神的な成長がなされることを父として願った。
だが星を読むに世界を覆っていく不吉な凶兆が急速に広がりを見せている。だが悲観ばかりではない。輝宗は空に両手を広げる。
「皇国が、世界が激動の時代へ傾こうとしておる。いずれ世界に災いが降りかかろう。だが若き武者たちが頭角を現しつつある。ならば期待しようではないか。なあ、小十郎よ。政宗を頼むぞ」
「御意」
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