主人公の谷原は農林水産省の官僚として、ある町を訪れる。それは楽な出張のはずだった。
朝比町は自然が豊かで、長閑な町だ。最初は観光気分で視察をしていた谷原だったが、田んぼを見た際に違和感を覚える。そこには御幣(ごへい)が刺さっており案内役は『神様が落ちてくる』と説明した。
御幣に悪寒を感じた谷原は、さらにその夜、稲光の中に何かがいるのを見てしまい恐怖する。
見てはいけないものを見てしまった、と混乱している谷原の前に現れたのは、日置という女性警察官。姪が死んでしまった理由を知りたいという彼女と共に、朝比町の隠された真実を探っていく——。
風習系のホラー小説は、ただ残酷なものも多いのですが、家族を守ろうとする気持ちや、愛情がしっかりと伝わってくる物語でした。
谷原は、物語の序盤で不気味なものを目撃してしまうのですが、町の人たちが、それを当然のこととして受け入れているのが、おそろしいです。
そして、明らかに怪異が起こっているのに、主人公以外の人たちには、それがはっきりとは視えていません。理解してくれる協力者はいますが、自分にしか視えない得体の知れないものが、ずっと追いかけてくるのは、相当な恐怖だと思います。
最後の最後までおそろしい物語でした。
冒頭から引き込まれました。目の前に実際に広がるような鮮やかな情景描写、行ってはならない領域に匂いと共に足を踏み入れていく感覚。これからの展開を示唆する、物語の魅力が詰まった導入だと感じました。
理由、理屈、理性。そういったものが物語を通して印象的でした。
言い伝えや霊などは人の心が作ったものであり、科学的に解き明かすことができるでしょう。しかし現代であっても、人は自分の心から「こじつけ」を生み出し続けているのではないでしょうか。頭ではわかっているけど理由をつけて自分の気持ちを優先させる、偶然が続くとそこに意味を感じる、辻褄を合わせたがる等も、そういった類いなのではないでしょうか。
また、身の回りの不可解なことを現実的・理性的なもので解釈しようとする様に、ホラーだからこそ成り立つ逆転の現実逃避を感じました。それも「こじつけ」なのではないでしょうか。
縁というものも印象的でした。
登場人物の出会いや、伏線が繋がっていく様には縁を感じずにはいられませんでした。そのおかげもあって、登場人物たちはトントンと謎に迫っていくのですが、そのミステリー的な流れが、悪いものに意図的に誘い込まれているホラー的な流れにも感じてゾッとしました。
親子という血縁も物語に深く関わっており、様々な形を目の当たりにしました。
知識に裏付けられた数々の描写には好奇心を掻き立てられました。民俗学や科学的根拠に基づいた様々なことにオカルト要素がピタリとハマるように絡み、説得力がありました。
他にも葛藤の中で藻掻く人間や食べ物の描写など、たくさんの魅力を感じました。
登場人物や描かれているもの全てに無駄がないと感じました。
まさにホラーミステリー!