とーこちゃん

祝井愛出汰

『とーこちゃん』

 “プロローグ”


 福岡県福岡市博多区にある『上川端商店街』。

 そこは今から750年前に「元寇」の戦いの行われた最前線の場所であり、それ以前は遣隋使や遣唐使が中国に向けて出発した拠点でもあった。

 そして当時、そこには移り住んできた中国人たちが『博多津唐房はたかつとうぼう』という唐風の建物を建て大唐人街だいとうじんがいを築き賑わいを見せていた。

 そんな歴史を持つ上川端商店街で暮らす現代の少女「千歳ちとせ」は、母に頼まれて商店街の反対側にある『櫛田茶屋』へとおつかいに向かう。

 その道中、千歳は『トーコ』と名乗る不思議な少女と出会う。

 トーコは「この商店街の歴史を勉強してる」と言う。

 商店街を抜ける間、千歳はトーコから「元寇」や、かつてここに存在していた「幻のチャイナタウン」について教えられる。


 【登場人物】

 千歳ちとせ

 唐子トーコ(謎の少女)

 千歳の母親




 “本編”


────────



 スポット①

 福岡銀行博多支店前


母親「あ~、忘れとった! 千歳ちとせ~! お使いば頼まれてくれんかいな~?」

千歳「ん~? いいけどアイスも買ってきてよか~?」

母親「はぁ~……。この子は、ほんなこつ食い意地ばっか張ってからくさ……。まったく一体誰に似たっちゃろうね~」

千歳「で、なんばうてくると~?」

母親「うめ枝餅えもち。ほら、今日お盆やけん、じいちゃんがんしゃろうが。じいちゃん、梅が枝餅ばいとらすけんさ、ちょ~っとお櫛田さんまで行って『櫛田茶屋くしだちゃや』で梅が枝餅ばうてきてくれんかいな?」

千歳「よかよ~、じゃあその後、マックスバリュでアイスばうてきてよか?」

母親「信号ば気をつけるとよ? 絶対青になってから渡りんしゃいね」

千歳「はぁ~い、それじゃあ行ってきま~す」

母親「あ~、千歳! お金、お金! あと、梅が枝餅は十個やけんね~!」

千歳「はぁ~い」

母親「ったく……ほんとにわかっとうとかいな……。でも、お櫛田さんまでやったら一本道やけん、まぁ心配なかやろ……」



────────



 スポット②

 熊本銀行福岡営業部前


謎の少女(以下、少女)「くすくす、なんしようと~?」

千歳「おつかい行きようと~」

少女「くすくす、どこ行くと?」

千歳「お櫛田さんまで梅が枝餅ば買いに行きよ~と」

少女「くすくす……え、梅が枝……餅……?」

千歳「? どうしたと? なんか顔色がわるかよ?」


 急に少女の声色がおぞましいものへと変わる。


少女「梅が枝餅……太宰府……文永ぶんえい十一年、元寇の兵士たちがそこを目指して海をわたり、ここで戦い……そして死んで……死んでいっ……死……死死死死死……死んでいった……!」

千歳「? なんばブツブツ言いようと~?」


 少女の声色が明るいものへと戻る。


少女「……ん? 私ね、いま夏休みの宿題で歴史の勉強ばしようと。ねぇ、知っと~? このへんって七百五十年前は海やったとよ?」

千歳「え~、嘘やろ~? 海はもっと向こう側、サンパレスの方ばい?」

少女「やけん、『七百五十年前は』って言いよろ~?」

千歳「え~、ほんと~?」

少女「ほんとほんと! 私、住んどったけんね~」

千歳「え、なにそれ~、面白か~!」

少女「もっと話聞きたか~?」

千歳「うん、聞きたか!」

少女「じゃ、私も家こっちの方やけん、一緒に歩きながら色々教えちゃ~よ」

千歳「ほんと? やったぁ~」

少女(以下、唐子)「私、唐子トーコ

千歳「私、千歳」

唐子「よろしくね、千歳」

千歳「うん、トーコちゃん、よろしく~!」


 唐子の声色が苦しげに変わる。


唐子「千歳……アァ……今まで長かったナァ……。七百五十年ナナヒャクゴジュウネン……。この人の良さそうなボーっとした子なら……ワタシガ……カラダヲ……ノットッテモ……」

千歳「唐子ちゃん? 大丈夫? またブツブツ言いよらすけど?」


 唐子の声色が明るいものへと戻る。


唐子「ううん、大丈夫。ほら、今日ちょっと暑いけんさ。それより早く行こっ」

千歳「う、うん……」

唐子「あ、ちなみに『櫛田茶屋』で売っと~とは『梅が枝餅』じゃないって知っとった?  梅が枝餅と同じ作り方ばしと~けど、あれの名前は『焼き餅』って言うとよ」

千歳「え~、知らんで今まで梅が枝餅って言いよった~! 帰ったらお母さんにも教えちゃろ~!」

唐子「他の話も聞きたい?」

千歳「うん! トーコちゃんの話おもしろい! 他にも聞かせて!」



────────



 スポット③

 ウエスト川端店前


唐子「千歳は唐揚げ好き?」

千歳「うん、好き~!」

唐子「唐揚げが最初に日本に伝わったのは、ここからって知っとった?」

千歳「え~!? それほんと~!?」

唐子「ほんとばい。昔の遣唐使けんとうしって人たちが中国の『とう』から唐揚げの起源となる『普茶料理ふちゃりょうり』ってのを持ち帰ってきたっちゃんね。で、その遣唐使が唐との行き来に使っとったのが、ここ冷泉津れいせんつとよ」

千歳「へぇ~! 冷泉津って?」

唐子「当時はここは海岸沿いでね、ここは冷泉津って呼ばれよったと。あ、『津』ってのは船着き場って意味ばい。こっから中国、唐に向けて船が出よったとよ」

千歳「こっから船が出よったと?」

唐子「そう、昔はここは海やったとよ。やけん、その時の名残なごりで『冷泉公園』とか『冷泉小学校』とか名前が残っとろ? 冷泉公園も冷泉小学校も、この交差点から見えろ~が。七百五十年前、ここは冷たい……冷たい……水の中やったとよ……」

千歳「へぇ~! 唐子ちゃんはほんと物知りやね~!」

唐子「くすくす、やけん言いよろ? 私は昔、ここに住んどったって」

千歳「またトーコちゃん、ホラば吹きよってからくさ~。これさえなかったらいい子っちゃけどね~!」


 唐子の声色が怒りに道たものに変わる。


唐子「イイコ……イイ……? わたし、は、いい子……いい子やったけん……イイコやったとに……アアアアアアア……! 私はコイツ……早くこの千歳のカラダバ乗っ取ットラナ……お盆ガ……終ワッテシマウ前ニ……」

千歳「トーコ……ちゃん? 大丈夫?」


 唐子の声が元に戻る。


唐子「うん、大丈夫。家に着いたら楽になるけん……。やけん、気にせんで先に進も……?」

千歳「う、うん……。無理ばせんごとね? ゆっくり行こ?」

唐子「うん……もう少し……もう少しで私は、ほんとうに『ゆっくり』できるけん……」

千歳「?」



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 スポット④

 マツモトキヨシ上川端店


唐子「ここから遣唐使が出とったって話はしたろ?」

千歳「うん」

唐子「でさ、遣唐使と一緒に中国、唐からこっちに渡ってきた中国人──唐人とうじんもおったとよ」

千歳「とーじん? 地下鉄の『唐人町駅』の唐人?」

唐子「そう。でも、そっちの唐人は三百年前の唐人に由来して付けられた名前たい。こっちは七百五十年目の唐人」

千歳「へぇ~。そげんこつ全然知らんかった~」

唐子「知らんで当然たい。だってここに住んどった唐人たちの存在は──歴史から抹消まっしょうされたっちゃけん」

千歳「まっしょう?」

唐子「消されたってこと。歴史から」

千歳「なんで?」

唐子「元寇げんこうがあったけんたい」

千歳「げんこー?」

唐子「蒙古もうこ──今でいうモンゴル人が船に乗って攻めてきたとよ。そして、その元寇で一番激しい戦いになったとが、当時海岸やったここ博多浜、そして息浜おきのはまたい」

千歳「ああ、ここ海やったってさっき言いよったもんね」

唐子「そう……。息浜おきのはまには当時の鎌倉幕府の最前線司令部があったとよ。一番激しか戦いがね……そこで行われたと……」

千歳「へぇ、そうったい」

唐子「そうとよ。やけん、ここにはね……。わかる? たくさんの人が……死んだと……何千人もの人が……ここで……」


(SE:不穏な音)


千歳「(ブルッ……)うぅ……そげん言われたら、なんか怖くなってきた……。トーコちゃん、早く先に行こ……?」

唐子「えぇ……行こう、千歳……もうすぐ……もうすぐやけん……私が、まで……」

千歳「かえってくる……? 家に帰るっちゃろ……? トーコちゃん、なんか様子が……」

唐子「くすくす、さぁ、千歳。早く行こ?」

千歳「やだ……トーコちゃん、引っ張らんでって……。なんか雰囲気怖かよ……?」



────────



 スポット⑤

 100円SHOP ダイソー 上川端店


唐子「でね、その元寇が起きてから、ここに住んどった唐人たちは、ここから離れたと。唐人は蒙古とは違うっちゃけど、当時の鎌倉の人たちにとっては同じ大陸側の人たちやけんね。ここにはもう、おられんかったとよ……」

千歳「トーコ、ちゃん……?」

唐子「ここには『博多津唐房はかたつとうぼう』っていう綺麗きれ~か建物がたくさん並んどってね……。ほんと綺麗きれ~大唐人街だいとうじんがいが一面に広がっとったと。あぁ……今でも目を瞑ったら思い出そうごた~。実はね、ここがね、日本最初のチャイナタウンやったとよ? でも、元寇が始まったせいで、その歴史も建物も文化も人も何もかもなくなってしまったと……」

千歳「そうやったったい……。私、なんも知らんでここで暮らしよった……」


 唐子の声が苦しそうに変わる。


唐子「元寇だけやかなとよ。享保十七年に起きた大飢饉で、博多でも六千人の犠牲者が出たと。その死者の霊を弔うために建てられたとが、博多川沿いにある『川端飢人地蔵尊』」

千歳「『吉塚うなぎ』の近くにあるお地蔵さんのことかいな?」

唐子「そう、それに……福岡大空襲。今のリバレインのとこにあった旧十五銀行地下室……運悪く閉じ込められた六十三人の犠牲者が、そこで──!」

千歳「ねぇ! トーコちゃん、やめて! 怖いって!」


 唐子の声が元に戻り、静かに語りかける。


唐子「……ねぇ、千歳はここが好き? この上川端商店街が」

千歳「う……うんっ! 夏は『山笠』があって賑やかやし、八月は『飾り玉』に『灯籠流し』! どっちもすごく綺麗かけん好き! それから、秋は『せいもん払い』に『博多おくんち』、正月はお櫛田さんに参って、節分もお櫛田さんで豆まきがあるやろ? そして春は『博多どんたく』で盛り上がるし、五月には博多川で『博多座船乗り込み』もあると! 一年中ずっと楽しかとよ! やけん、私……この街、いとうよ!」

唐子「そう……。そう、ったいね……。『博多津唐房はかたつとうぼう』……日本初のチャイナタウンは歴史に埋もれてしまったっちゃけど……今は今の新しい歴史が、文化がちゃんと根付いとうったいね……。そして、それを伝えるのは……今の……人……」

千歳「トーコちゃん……?」


 唐子の声が明るく変わる。


唐子「よし、元気になった! 千歳がいい子やけん、私も元気ばもろうたごた~!」

千歳「ほんと? ならよかった~。具合悪そうやけん心配したとよ~!」

唐子「くすくす、ありがと! もし千歳が悪い子やったら、私が体ば乗っ取っちゃろうかと思ったとよ?」

千歳「はぁ~? トーコちゃん、笑えん冗談やめてくれんかいな~」

唐子「くすくす、ほら、お櫛田さんまでもうちょっとやけん! ね、早く一緒に行こっ!」

千歳「あ~ん、トーコちゃん、手ぇ引っ張らんでって~! ちょっと~! 走ったらいけんよぉ~!」



────────



 スポット⑥

 櫛田茶屋


千歳「うわぁ~、やっぱ商店街出たら日差しがつよかねぇ~!」

唐子「でも、千歳といっぱい話せて楽しかった」

千歳「私もトーコちゃんと話せて楽しかった~!」

唐子「くすくす……千歳が唐人の失われた歴史を知ってくれたおかげで、私もスッキリ帰ることができろ~ごた~たい」

千歳「トーコちゃんは教えたがりやね~! これから他にも色々教えてほしか~!」

唐子「くすくす……そうね。千歳が『知りたい』って思ってくれたら、また会えるかもしれんね」

千歳「うん、また会おうね!」

唐子「くすくす……そうやね」

千歳「で、トーコちゃんのお家ってどのへんと?」

唐子「私の家は……」


 スッ──と『櫛田神社』を指差す唐子。


千歳「お櫛田さん? トーコちゃん、お櫛田さんに住んど~と?」

唐子「くすくす……どうかいなね」

千歳「え~、なにそれ~! またホラば吹いたと~!? も~! トーコちゃんか~ん!」

唐子「くすくす……それより千歳……ほら、見て?」

千歳「あ~、こっからやったら川端商店街が遠~くまで見渡せて、気分よかよねぇ」

唐子「そう、遠くまで。それこそ私達のやってきた大陸まで見渡せると」

千歳「大陸って中国? そんなんとこまで見えるわけなかろ~?」

唐子「いいえ、見えるとよ。私には見えると。この上川端商店の賑わいが、私の住んどった『博多津唐房はかたつとうぼう』ば思い起こさせて……」

千歳「……!? 今、なんか私の頭の中にキラキラした綺麗きれ~か街の風景が浮かんだっちゃけど……!」

唐子「千歳、私をここまで連れてきてくれてありがとね」


(SE:唐子の消える音)


千歳「いや、別によかよ~って……あれ? トーコちゃん? どこ行ったと~? もう帰ったとかいな? でも、この辺に住んど~って言いよったし、また会えろ~ね。よしっ、決めたっ! 次にトーコちゃんに会うまでに、この川端商店街のことばもっと調べて、今度は逆にトーコちゃんば驚かせちゃろ~っと! そうと決まったら、さっそくおつかいば済ませて家に帰らんと! あ、『櫛田茶屋』のおいちゃ~ん! 梅が枝餅……やなかった……『焼き餅』ば十個くださ~い!」



────────


 【あとがき】


 最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 作中の6つのスポットの設置案を地図にして下記URL先に添付しております。

 よければご確認ください。

https://kakuyomu.jp/users/westend/news/16818023214230227298

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