Ⅲ case:雪ん子

 こうして、イエティと雪女は夫婦となった……。


 だが、雪女の方はともかく、イエティの欲する最重要の目的を達成することはなかなかにできなかった──即ち、種の保存のための子孫を作ることである。


 じつはイエティ、雪女のことを少々誤解していた……彼女は姿形こそ人間そのものであるが、彼女はホモサピエンスでもなければ、実存する生物でもない。彼女は精神的な存在──妖怪・・なのだ。


 それでも〝気〟の交流により、人間の男との間に子をもうけることのできる雪女であったが、今度はイエティの方が、そんな人間の男とは魂の形や〝気〟の性質が違いすぎた。


「ごめんなさい。あなたの望みをかなえてあげられなくて……」


「君のせいじゃないさ……子供は、養子をとることにしよう……」


 謝る雪女に首を横に振ると、イエティはそう言って穏やかな笑みを毛むくじゃらの顔に浮かべる。


 しばらく雪女とともに暮らすうちに、イエティはこの生活に居心地の良さを感じるようになっていた……。


 そもそもの妻を持つ目的であった子孫を作ることよりも、彼女と幸せな一家を築くことに彼は重きを置くようになっていたのである。


 だが、それにもやはり人材の問題というものが付きまとう……彼らの子供となる者も、この過酷な環境で暮らしてゆける生存能力を必要とするのである。


「だが、そんな子供、はたしているんだろうか……」


 寒空の下、太い腕を組んでイエティは天を仰ぐ。


「……そういえば一つ、心当たりがあります!」


 そんな夫の巨体を見上げ、雪女は思い出したかのように顔色を明るくしてそう告げた──。




 その頃、東北のとあるひなびた山村に一人の女の子がいた……。


 現代では珍しく、赤い小袖の着物を着て、黒髪のおかっぱ頭には藁でできた三角形の頭巾をかぶっている。


 しかし、彼女は人間の女の子ではない……雪女と同じ、妖怪の〝雪ん子〟である。


 いや、妖怪というより、子供の姿をした雪の妖精と言った方がより正確かもしれない。


「まずい……雪ん子、このままじゃ消えてなくなる……」


 大きな農家の軒先にちょこんと腰掛け、彼女はうら寂しい雪空を眺めながらぽつりと呟く。


 雪ん子は一つ、大きな問題を抱えていた……。


 妖怪や妖精というものは、人間に認識されることでその姿を実体化することができる曖昧な存在だ。


 しかし、雪ん子は雪女などとは違って、はっきり言って知名度が低い。


 かつて、水木某という漫画家の描いた妖怪を主人公にした作品がアニメ化され、それに雪ん子も登場した折には全国的に知名度も上がったのだが、それも一昔前の話である。


 このまま人々に忘れさられてしまえば、それは存在しないも同じこと……雪ん子は消え去ってしまうのだ。


「雪ん子ちゃん、元気出しなよ。きっとみんな忘れてないって」


 となりに座る、やはり同様のおかっぱの髪をして、かすりの着物にちゃんちゃんこを羽織った女の子が慰めるようにして言う。


「座敷童子、おまえはいいな。最近の怪談ブームでますます知名度上がってる……雪ん子とは雲泥の差」


 そんなこの家に棲む友人の妖怪〝座敷童子〟に、暗い顔色をしたまま、雪ん子はそう言葉を返した。


「こうなったら、雪にまつわる有名な妖怪とつるんで、バーターとして雪ん子も知名度上げるしかない……」


 そこで、雪ん子は自らの生存と尊厳をかけて、そのようなちょっとセコい、知名度上昇作戦を計画する。


「雪妖怪のビッグネームといったら、やっぱり雪女か……座敷童子、おまえ、雪女のいる所知ってるか?」


「うーん……確か今は新潟の方にいるって聞いたような……あ、そうだ! 雪女さんっていったら、最近、ヒマラヤから来たイエティの旦那さんと結婚したらしいよ?」


 尋ねる雪ん子に、顎に指を当てて宙を見つめる座敷童子は、妖怪仲間から聞いたゴシップ話を不意に思い出す。


「イエティ! イエティといえばオカルトマニア垂涎のUMA界を代表する超ビッグネーム……それプラス雪女と行動をともにすれば、雪ん子の知名度も爆上がり間違いない……座敷童子、雪ん子ちょっと新潟へ行ってくる!」


 座敷童子からもたらされたその有益な情報に、そんな皮算用をして雪ん子が立ち上がったその時。


「おお、こんなところにおったか。雪ん子、あんたにお客さんじゃ」


 やはり妖怪仲間のナマハゲのおじさんが、二人のお客を連れて雪ん子達のいる軒先へとやって来た。


 一人はやけに大柄な、巨人と見紛うばかりの灰色の毛に覆われた猿人。もう一人は純白の着物を着た、髪まで白い美しい女性だ。


「ま、まさか……あなた達は……」


 それは、今まさに話をしていた、イエティと雪女の風貌に寸分違わぬものである。


「君が雪ん子だね? ちょっと君に相談があって来たんだ」


「どうかしら? もしよかったら、わたし達のうちの子にならない?」


 驚き、唖然と目を見開く雪ん子に、優しげな微笑みを浮かべたビッグネームのその二人は、彼女の顔を覗き込みながらストレートにそう言った──。


 こうして、互いの利益と打算から引き寄せ合い、奇妙なえにしで家族となった三人の者達。


 果たしてこの三人の行く先にはいったいどんな未来が待つのか……それは、また別のお話。


(SNOW FAMILY to be continue…するかどうかはわからないw)

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SNOW × FAMILY EP1 家族作り大作戦 平中なごん @HiranakaNagon

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