うつり うつられ ゆめうつつ

双町マチノスケ

文書記録:ある夢に関する証言

 久々に会った友人は、目元に大きな隈を作っていました。


 聞けば「毎晩変な夢にうなされて夜中に飛び起きるせいで、ここ何日かまともに眠れていない」とのこと。その「変な夢」には、彼が最近になって偶然見つけた廃墟の民家が出てくるんだと言っていました。


 彼は登山が趣味なんです。高い山に登る方じゃなくて、山に入って森林浴を楽しんだり自然を写真に撮ったりする方ですね。ハイキング、といった方が適切でしょうか。ただ彼は、ハイキングコースが配備されているような有名どころに行くことは少なかったです。「できるだけ人の手が入っていない自然を見たい」と言って、あまり本格的に楽しんでいないとはいえ同じ趣味を持つ私が名前を聞いたこともないような、マイナーな山にばかり登っていました。

 変な夢を見るきっかけになった廃墟の民家があった山も、そういう所だったようです。たしか■■県の■■市にある……■■山とか言ってました。私が聞いたことのない名前の山でした。調べたらあるにはありましたが山というか半ば高低差のある森林というか、少なくとも観光地ではないでしょう。そんな山の奥の奥、かろうじてある山道からも外れたような場所に、友人はくだんの民家を見つけたのだそうです。彼は山ほどではありませんが、廃墟にも割と興味をそそられるタイプだったので「こんなところにも人が住んでいた痕跡があるのか」という気持ちから中を探索してみることにしたんです。

 結論から言うと彼が実際に見た廃墟の民家には、特に変わったものはなかったのです。長い時が経ってボロボロになった、ただの民家。瓦葺屋根の所々が崩れて虫食い状態になって、家具やら何やら生活の痕跡が散乱して土と埃まみれになった、こじんまりとした古い民家。中に入って写真を何枚か撮ってもみたそうですが、変なものは見つからず。もちろん写真にも変なものは写りませんでした。ただ……廃墟の民家を探索して帰ってきた日の夜から、それが出てくる「変な夢」を毎晩見るようになったというのです。




 その夢は、基本的には彼が自分でやった廃墟探索を追体験するような内容なんです。ボロボロになった民家に近づき、立て付けが悪くなった玄関の引き戸を無理矢理あけようと手をかける。ふと表札に目をやると、消えない汚れがこびり付いてはいるものの「■■」という苗字がかろうじて読み取れる。


 ──ガラッ、ガラガラガラ。


 歯切れの悪い音をたて玄関の引き戸が開く。真っ先に視界に入るのは土間で、正面の奥に竈門や小道具が見える。舞い上がった埃と土間そのものから発せられる土と石の匂いに咽せそうになりながら、すぐ右手にある居間へと上がる。居間の中央には、囲炉裏がある。部屋と部屋を区切っている襖は開いていて、2区画分のスペースをとっている居間の正面には、えんがわに続く座敷が見える。ぎしぎしと軋む床板を踏みしめながら、座敷へと入る。とっくの昔にイ草の香りが失われた座敷の畳は、床下が腐っているのか踏むたびに不自然な柔らかさと反発が返ってくる。座敷の正面はえんがわ。今では雑草が生い茂って見る影もない、かつて庭だったであろう小さな空間に繋がっている。そして、座敷の右手は寝室らしき小部屋に繋がっている。






 ……ここまでは、現実で彼が見たものと一緒なんです。

 違うのは、寝室の小部屋です。


 現実で彼が廃墟に入った時、座敷から寝室の小部屋に続く襖は開いていて何かの残骸のようなものが散らばっていただけだったらしいのですが……夢の中では座敷から寝室の小部屋に続く襖はわずかにしか開いておらず、その隙間から中を伺うことしかできないのだそうです。


 そして、その小部屋には──











 誰かが背を向けて座っているのだそうです。


 その誰かは隙間から背格好がわずかに見えるばかりで、どんな人物なのかは分からないし当然ながら名前も分からない。家の表札からして苗字は「■■」というのかもしれませんが。■■……この辺、というか日本全国を見ても珍しい苗字なんじゃないでしょうか。


 最初に夢を見た時は隙間からその人物をちらりと見ただけだったのですが、日を追うごとに夢の中の彼は寝室の小部屋に近づき、そのわずかに開いている襖を開けようとしているのだといいます。その行動は夢を見ている彼の意思とは無関係で、鮮明かつ夢であると認識できるにもかかわらず、明晰夢のように自由に行動できない夢なのだそうです。進み続けて、その襖を開けてしまったら自分はどうなってしまうのかと、彼はひどく怯えた様子でした。

 友人は夢の情景を事細かに説明しながら「想像しててくれ。想像して、見てくれ。怖くて仕方がないんだ」と、私に泣きついてきました。私は彼の言葉を想像し映像として頭の中で再現しながら、たしかに奇妙な内容の夢ではあるけれど「それほどまでに怯えるようなものなのか」とも思ったのです。私自身そういう幽霊とか怪現象を信じていなかったというのもありますが、仮にそういう「怖い夢」だったとしても……言い方が悪いですがよく聞く内容というか、ありきたりな内容だなと思ってあまり真剣に取り合っていなかったのです。しかし怯える友人をそのまま放っておくわけにもいかず、毎日電話をかけて夢についての話を聞くことにしたんです。

 したんですが……本気で怖がっていた友人には悪いのですが、はっきり言うと退屈な時間でした。なにし夢の内容は最後以外いっしょですし、その最後の「日に日に座っている誰かに近づいている」というのも、昨日見た夢より何センチくらい襖を開けただとか、とにかく描写が小刻みなんです。そのせいで余計に嘘くさいというか……いや彼が嘘を言っていたとは思いませんでしたよ。でも少し怪しいと感じながら聞いていました。しかも夢の中で内容が同じ部分のことも、いちいち毎回初めて語るかのように言ってくるんです。いくらなんでも、しつこい。






 ただ……ひとつだけ不気味だったとすれば、今お話しした夢の中で内容が同じ部分の説明なんです。


 私の記憶が正しければですが……毎回毎回、説明が一言一句違わないんです。いくら毎晩夢を見て鮮明に記憶に残っているとしても、細かな言い回しが変わったりどこかを端折ったりするものでしょう。でも彼の説明は、まるで予め用意された台本を読んでいるかのようにいつでも全く同じことを言っていました。

 それだけが何となく気持ち悪かったのですが、基本的には大袈裟じゃないかと思いつつ話を聞き「そんなに不安で怖いなら私に話すより病院とか行った方がいいんじゃないの」と言ってみたりもしたのですが、彼は聞かず……結局はとりあえず話を聞いてほしいだけなんだなと思って。だから彼がついに夢の中で寝室の小部屋に続く襖を開け、そこに居た人物を見てしまったと話した時も、それほど深刻には受け止めていなかったんです。その小部屋に居たのは白い服を着た幼い女の子で、姿を見てしまった彼に対して恐ろしい笑顔で振り返り「見たな」と言ったんだと。くどいようですが、正直よく聞く話だなと思って。それに、そのあとパタリと変な夢を見なくなったとも言っていましたし。




 だから……











 あんなことになるなんて、思ってなかったんです。


 彼が「もう変な夢を見なくなった」と言ってから、ほんの数日後の出来事でした。突然電話がかかってきて、何の気なしに出たら訳のわからないことを言い出したんです。




「俺、もう一回■■山に行く。前に話してた夢に出てきた女子いただろ?あの子、本当にそこに居るんだ。会いにいかなくちゃ。」って。


 ……何言ってるんだと。居るわけがないだろと。えぇ。何度も言いましたよ。でも彼は全く聞く耳を持たず、挙げ句の果てに「昔その場所ではぐれて置き去りにしてしまったから」とか言ってきて。そもそも見覚えがないと自分で言ってたじゃないか。それに百歩譲ってそれが本当だったとしても、ひとりで山に入って探しに行く前に警察に通報するとか他にすべきことがあるでしょう。私は必死に説得を試みましたが、納得したのかしていないのか分からない微妙な反応のま、電話を切られてしまいました。




 そして、それきり一切の連絡がつかなくなり──











 あとは、あなた方がご存知の通りです。


 彼の家族からの捜索願を受けて周辺地域を調査しているものの、遺体どころか痕跡すらも見つかっていない。遺書らしきものも確認できず、完全に行方不明。そして私が情報提供を申し出たというわけです。まぁこんな現実味のない話、警察の方々にはなんの役にも立たないかもしれませんが。それに、こんなことを言うべきでないのは重々承知しているのですが……■■山を探したとしても彼は見つからない気がするんです。いや、彼が「■■山に行く」と言ったのは事実なんです。でも彼はもうこの世に居ないというか……死んだという意味ではなく、きっと別の所へ逝ってしまったんだと思います。


 だって……すみません。これも警察の方々に言うようなことじゃないのは分かっています。それでも言わせてください。



 だって……




 だって、彼がいなくなったあと──











 今度は私が、その夢を見ているんです。


 彼が何度も見て、何度も私に語ってきた同じ民家の夢。

 長い時が経ってボロボロになった、ただの民家の夢。

 瓦葺屋根の所々が崩れて虫食い状態になって、家具やら何やら生活の痕跡が散乱して土と埃まみになった、こじんまりとした古い民家の夢。


 そこに、その夢に……






 彼が居るんです。


 彼が寝室の小部屋で女の子を見たように、そこで背を向けて座っているんです。何日も見ていて……そして昨夜ついに、夢の中にいる彼が振り返ったんです。いやですよ、怖いですよ。




 だって、想像してみてくださいよ。




 想像して、見てくださいよ。




 ボロボロになった民家に近づき、立て付けが悪くなった玄関の引き戸を無理矢理あけようと手をかける。ふと表札に目をやると、消えない汚れがこびり付いてはいるものの「■■」という苗字がかろうじて読み取れる。


 ──ガラッ、ガラガラガラ。


 歯切れの悪い音をたて玄関の引き戸が開く。真っ先に視界に入るのは土間で、正面の奥に竈門や小道具が見える。舞い上がった埃と土間そのものから発せられる土と石の匂いに咽せそうになりながら、すぐ右手にある居間へと上がる。居間の中央には、囲炉裏がある。部屋と部屋を区切っている襖は開いていて、2区画分のスペースをとっている居間の正面には、えんがわに続く座敷が見える。ぎしぎしと軋む床板を踏みしめながら、座敷へと入る。とっくの昔にイ草の香りが失われた座敷の畳は、床下が腐っているのか踏むたびに不自然な柔らかさと反発が返ってくる。座敷の正面はえんがわ。今では雑草が生い茂って見る影もない、かつて庭だったであう小さな空間に繋がっている。そして、座敷の右手は寝室らしき小部屋に繋がっている。


 そして、その小部屋には──











 彼が背を向けて座っているんです。


 今度は襖が全部開いてて、見てしまって。


 そして、振り返って……


 恐ろしい笑顔で振り返って、言うんです。











「見たな」って。





 ほら……

 想像して……
















 お前も見たな


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【付記】

当該記録での証言を受け■■県■■市■■山において大規模な捜索活動・調査が実施されましたが、民家・それに類する建造物およびその建設記録は確認されませんでした。また■■山の周辺地域一帯において、■■の姓をもつ人物が居た記録は存在しません。


当該記録で「友人」として言及されている石田■■氏、この証言を残した若林■■氏の捜索は現在も続けられていますが、これまでに有用な情報・証言等は確認されていません。


当該記録で証言の聞き取りを担当した警官1名・音声記録で内容を確認した又は内容を伝聞した警官数名が、寝不足による体調不良を訴えたのち行方不明になっていたことが確認されています。このインシデントを受け、証言で言及されている存在および証言記録は「精神汚染作用を有する異常存在」と定められました。















 想像しないでください











 夢が感染うつ






 夢の中で憑依うつられる
















 ゆめ うつつ

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