第2話 新たなる世界


 ぼくが住んでいるのはとある山間の寒村の、そこから更に外れた山小屋だった。

 魔素が濃いのにモンスターも滅多に湧かないくらい険しい荒れた土地で、少しでも食べ物を得ようと山の中に立てられたみすぼらしい小屋だ。

 と言っても見た目がパッとしないだけで、すきま風を防ぐために丸太の間に土や枯れ草、コケを詰めたり、壁にツタを這わせたりと工夫を凝らしてあって、住み心地は良いお家である。


 目を惹く美人では無いけれど、物腰の穏やかで欠かさぬ笑顔がかわいらしい「おかあさん」。

 鬼も裸足で逃げ出すような厳つらしい顔をした、寡黙で職人肌でカッコイイ「おとうさん」。


 2人とも黒い髪の毛をしていて、きんきらきんのぼくが2人の「こども」じゃないのは誰が見ても分かる事実だったけれど、貧しい暮らしの中で本当の子供のように大事に大事に育てて貰っている。

 ぼくが座っている敷物は、おとうさんがいっぱい叩いた草でおかあさんが編んでくれたやつだ。寒い冬に、木の床に直接座るとお腹壊すよって作ってくれた、ぼく専用の敷物。きのう干したばっかりなので、乾いた草のいい匂いがする。

 服はおとうさんたちのお古だけど、ぼくにピッタシになるようにおかあさんが縫ってくれるし、冬のベストなんてわたが沢山入ってふかふかだ。おとうさんのマントを上から被ると、無敵のあたたかさ。でも1番あったかいのは服の中にもぐって、おとうさんのお腹に張り付いたとき。


「ミコトー、薬湯が出来たわ、暖かいうちに飲んじゃいなさい」


「はーい! おかあさん、ちょっと待って〜」


 編みかけの背負いカゴを横に置き、膝の上の蔦くずをはらい落として返事をすれば、おかあさんに「顔にもくずが付いてるわ」と笑われてしまった。服の袖でいくら擦っても笑われるので、おかあさんに「ん!」と顔を突き出して拭いてもらう。あ、そこか。

 おとうさんが作ってくれたハシゴ付きの背の高いぼく用の椅子にすわり、おかあさんのよりちっちゃいおわんを前に手を合わせる。薬湯にはぼくの分にだけ、おかあさんが昨日見つけてきたほんのり甘いナルドコロの若芽が入っていた。


「おとうさんの分は?」

 

「おとうさんはさっき仕掛けを見に行っちゃったわ。おかあさんと先に食べてましょうね」


「はーい。おかあさんのには入ってないの?」


「ナルドコロ? おかあさんの分は先に食べちゃった。

 根っこのところは夜に煮てあげるからね」


「やったー! 恵みに感謝を!」


 手を組んで目を伏せてから、スプーンを手に取る。これもおとうさんが作ってくれた専用のちっちゃいスプーンだ。

 薬湯はいつも通りちょっぴり苦いけど、今日は貴重な甘みのナルドコロが入っていて美味しい。芯のところがトロトロに煮てあって、飲み込むのがとても残念。名残り惜しくてナルドコロの芽をきしきし噛んでいたら、おかあさんがにこにこしながらこっちを見ていたので、急いで飲み込んで薬湯を流し込み、おわんを水を張った桶に沈めた。


「じゃあぼく、ツタ集めて来るから!」

 

「はあい、気をつけるのよ、獣避けの縄の外には出ないでね」


「はーい」


 家から駆け出そうとしたところで、人影に気付いた。


「おとうさん!」


「……気をつけろ、縄から出るなよ」


「はーい」


 おっきな袋を背負ったおとうさんは、ぼくがそのまま家を出ると思ったのか、それだけ言って小屋の裏に行った。裏にはちょっとした屋根と壁があって、おとうさんの道具(斧とかデカいナイフとか)がぶら下がってるので、ぼくは立ち入り禁止なんだけど、なんかカッコイイのでいつかあそこに住みたい。

 ぼくはなんとなく隠れながらこっそり後をつけてみた。おとうさんの雰囲気がなんかちょっといつもと違うし、あの袋には何が入ってるんだろうか、すごく気になる。家から出てきたおかあさんと、何か話をしているみたいだ。木箱の影に隠れながら、もうちょっとだけ近づいてみる。


「貴方、お帰りなさい。お疲れ様です、怪我はしていませんか?」


「平気だ。それより、今日は大猟だぞ」


 そう言って袋から何かを取り出した。珍しくいっぱい喋っているので、おとうさんはご機嫌みたいだ。おかあさんも台に積まれていくのを見て、珍しく大きな声を上げた。


「まあ、まあ、凄いわ貴方、八羽も!

 渡り鳥ね、久しぶりに見かけたわ。もう来ないと思っていたのに」


 なんとも綺麗な色をした鳥だった。体はすごく丸々してて、伸びた首も入れたらおとうさんの腕くらい大きい。初めて見たと思ったけれど、よく思い出したらあのしっぽの方の色はおかあさんが書き物に使っている羽根にソックリだし、胸の薄茶色はたまに床に落ちてるやつだ。つまり、寒い日用の布団に入ってるやつ。

 

「大きな群れだった。若いのを逃した、来年も来ればいいが」


「ええ、そうね。でもこれだけでも嬉しいわ、これでやっとミコトにお肉を食べさせてあげられるんですもの。あの子ったら全然伸びなくてあんなに小さいままで。どんなあの子でも可愛いけれど、心配になるわ」


「最近は特に不猟不作だからな。獣が全く居ない。

 ひと月前のもミコトにやって食わなかっただろう、お前も食え、そろそろ倒れるぞ」


 心臓がドキッとした。


「そんなこと言ったら貴方もですよ。かさ増しに湯で薄めた薬湯ばかりお飲みになって。カイモ粉はまだ残ってますし、来年の分も育ってるもの、もっとちゃんとお摂りくださいな。

 でも、そうね、一羽は私たちで食べましょうか。あとは新鮮なうちにあの子に食べさせて、残りは干し肉にしてあの子の冬越しに……あぁどうしましょう、干し肉を作ると塩が足りなくなるわ。

 ……村に持っていって、塩と換えてもらった方が良いかしら」


「次いつ捕れるか分からない。その方が良いだろう」


「今の塩ってどれくらいなの? 三羽…四羽で足りる?」


「今は肉も貴重だ、三羽でいいだろう。

 ……だが、もしかしたら肉より良い物が取れるかもしれない。

 久しぶりにバンデンの花が咲いて、蜜蜂が飛んでいた」


「あらまぁ、もしかして?」


「ああ、上手く行けば蜂蜜が取れるかもしれない」


「そうですか! もし蜂蜜が一瓶あれば、塩だけじゃなくて肉も麦も豆も買えるわね。冬の間、あの子に肉入りスープと粥を食べさせてやれるわ。

 それにミコトは甘いものが大好きだから、きっと喜ぶわ。あの子に栄養たっぷりの蜂蜜をあげられたなら、どんなにか嬉しいことかしら!」


「少し待て、巣を探しに暫く家を空ける」


「ええ、でも貴方、怪我だけはなさらないでね。

 貴方は刺されたことがあるし心配だわ、私が代わりに行ってはダメかしら?」


「あの辺りは魔物も出る。もしお前が死んだら、誰があの子をみるんだ」


「そんなことばかりおっしゃって、余計心配になるでしょう!

 いつもいつも自分を軽く見て、もし貴方が亡くなったら私もあの子も飢え死にですからね!」


「分かっている。だが、俺が死んでもお前達は生き延びてくれるだろう。カイモの食い扶持も減る」


「貴方って、まったくもう!!」


 ぼくはたまらなくなって家を離れた。

 あてもなくふらふら歩いて、たどり着いたのは崖の前の縄だ。崖向こうから獣は来ないから獣避けの縄は必要ないのだけど、ぼくが崖から落ちたら危ないからって縄が引いてある。ぼくはせり出した木の根っこに座って、なんとなく崖の上からの景色を眺めた。

 なんとなく気付いてたのだ、おかあさんはきっとナルドコロを食べてないし、根っこだってぼくの分しかないんだろうって。前にぼくに干し肉のスープを食べさせてくれた時も、おとうさんとおかあさんは先に食べたって言って薬湯だけ飲んでた。そんなんじゃいっぱいお腹空くのに、危ないことしてまでぼくのためのご飯を取ってきてる。魔物って、会ったら死んじゃうような怖いものだっておとうさんもおかあさんも口を揃えて言うのに……。

 おとうさんもおかあさんも、どんどんちっちゃくなっていく。それはぼくが大きくなったからそう見えるだけじゃないのは、ぶかぶかになった服が教えてくれる。やせ細ってるんだ。


 どうしてこんなに食べるものがないんだろう。

 おとうさんもおかあさんも頑張ってるのに、この山には食べるものが全然ない。せっかく取れたご馳走も、ほとんどぼくのためにって残しちゃう。おとうさんとおかあさんが遠慮しないでおなかいっぱい食べれるだけの食べ物があれば良いのに。山から何も採れなくても、何か少しでも育てられたら。


 せめて、せめてちょっとした畑でも作れたら─​───────



 


 その瞬間、ぼくは思い出した。


 

 そうだ、ぼくは転生者だ!

 ぼくには転生特典(農民のゲームデータ・農場付き)があるじゃないか!

 ぼくが麦も豆も、ナルドコロだっておなかいっぱい食べれるくらい育てればいい!




 ぼくは早速、転生特典を使うことにした。

 

 神様がつけてくれると言っていたプレイヤーデータのアイテムの中には、収穫した作物や街で買った干し肉なんかがある。パンは値段が高すぎてバカらしくなって買わなかったけど、シードルやエールなんかのお酒もある。

 というか、少なくともゲームでのマイナリーナには飲み物と言えばお酒か水しかなかった(ちなみに未成年もお酒を買えるが、自動でアルコール抜きバージョンになるらしい。酩酊感とか与えない設定。つまり子供にはキツい味がするだけの水だ……可哀想……)。他のMMOみたいに果汁とか売ってなかったんだ、貴重すぎて。貴族街とかに行けばあったのかもしれないけど。

 

 ともかく、1ヶ月は3人ともおなかいっぱいにできるだけの食料はあるはずだし、なけなしのお金だって足しにはなるはず。

 

 ぼくは元気よく叫んだ。



 

「【ステータス】!」


 何も現れない。




「あ、【アイテムボックス】!」


 何も現れない。 


「でてこい、【農場】!」


 何も現れない。


「【ほのぼの農場】!」


 何も現れない。

 

「いでよ、【鍬】!」


 何も現れない。


「【干し肉】!【エール】!」


 何も現れない。


「…………ログイン?」


 何も現れない。


「か、神さまぁ~~〜~~~〜~~!!!!!」


 何も現れない。


「え……特典の受け取り方法、なに…?」


 なんてこった、ぼくは呆然と立ち尽くすしか無かった。

 神様が約束した特典をつけてくれなかった訳がないのだけれど、どうやったら特典を確認できるのかは聞いてなかった……特典の使い方が分からない……。


「なんで僕はそんな大切なことを忘れてたんだ……どうして僕はいつもぼんやりさんなんだ……」


 なんだか体から力が抜けるようで、ふにゃんふにゃんになって地面にベットリ張り付く。

 服が汚れるとか、もうどうでもいい。冷たい川の水で全身ゴシゴシされたって構うものかとぐりぐり額を擦り付けると、地面からはカラカラに乾いた土の匂いがした。砂ぼこりの舞う校庭みたいな匂い。山の中なのに、木陰の土なのにである。下草も生えないくらい土が悪いんだ。食べ物が育たないのもよくわかる。


「せめて水やりしたら変わるかなぁ。

 水やりと言えば、マイナリじゃ《じょうろ》作れなかったんだよね」


 有るのと無いのとでは全然違うのに。

 そう言い終えるか否か、ガロンガラガラと音がした。


 目の前に落ちているのは、ぴかぴか銀色に輝くまるんとしたフォルムがキュートなじょうろ。

 持ち手はツタを編んだようで、先っちょの蓮の実には花弁のような細工がついている。そして胴体に刻まれているのは、弓と花をモチーフにした紋章。


「こ、このエンブレム……もしかして、ルタリタ師匠ー!?」


 思いがけない出来事に、ぼくは全身から冷や汗を流した。


 ルタリタ師匠というのは、幼い少女の姿をした偉大なる魔女さまだ。

 プレイヤーを拾い弟子として育て、最初に広大な農業用地を授けてくれるほか、新生活に向けた資金(けっこうな額)や餞別せんべつと称した各種装備(かなり強い一点もの)を与え、週1で弟子の顔を見に来ては進捗に応じた支援(カネもコネも手間暇も惜しまない大盤振る舞いである)をし、弟子のトラブル現場に出くわすと辺り一面を焼け野原(あらゆる意味で)に変える弟子過激派過保護勢。ファンたちの間での通称はパトロン師匠、もしくはロリママ師匠。たまに悪魔合体してパトロリママ師匠。

 花と弓モチーフのエンブレムはそんな彼女の目印であり、現れた《じょうろ》はチュートリアルで彼女に渡された何ら変哲もない初期道具の一つである。


 問題は、彼女の出典がマイナリーナではなく、全く別のゲームであることだ。


「ま、まさか……」


 ぼくは急いで起き上がると、思わず正座で姿勢を正した。冷や汗で背中に服がべっとり張り付いている。

 震える声で、ぼくは唱えた。


「【ひろがるバッグ】」


 ぽてん。


 目の前に、可愛らしい丸っこい造形のフェルトバッグが現れた。全体的に茶色っぽくて、お菓子のような色合いをした肩掛け付きのかばんである。


「か、神さまぁーーーーーーーーー!!!!!

 参照データ間違えてます神様ーー!!!!!」


 それは、オフラインコンシューマーゲームである『夢と魔法の牧場ファンタジーライフ〜君が咲かせる星の花〜』で作成できるアイテムだった。


『夢と魔法の牧場ファンタジーライフ〜君が咲かせる星の花〜』はビックリするほどのクソダサネームに反して、農場経営系シミュレーション(……というにはやれることが多すぎたけれど。公式は断固として農場経営系を名乗ったけれど、どっちかと言うと生産職シミュレーションメインのRPGだ)でも屈指の不朽の名作と名高いゲームだ。

 ちょっとダークなファンタジーを売りにしてるけど、普通に世界観が真っ黒である。全体的なグラフィックやキャラデザインの可愛さ、一見ほのぼのして見える雰囲気は上っ面に過ぎなくて、世界観としては世紀末なのだ。それが良いとコアな熱狂的ファンがついて、そこから口コミやなんかで有名になったくらいに。

 ゲームのパッケージ紹介文を見て欲しい。

 

『星の魔法使いとして生まれ落ちた貴方は、大地が力を失いモンスター達が凶暴化した〈グランスタール〉で、天候の魔女ルタリタに拾われる。彼女の弟子になった貴方は、グランスタールの人々からの依頼を解決しながら、異変の謎へと迫るが———?

 田畑を耕し、大地の恵と友人や仲間たちとの絆の力で世界を救え!』


 これに1プレイヤーとしての独断と偏見に満ちた所見を付けよう。


『星の魔法使い(肥料的な立ち位置なので確定死エンディング)として生まれ落ちた貴方は、大地が力を失い(砂漠化の方がまだマシな魔境化)モンスター達が凶暴化した(凶暴化する前に凶暴じゃなかった保証はない、一部が普通に邪悪すぎる)〈グランスタール〉(※地名)で、天候の魔女ルタリタ(師匠最高マジLOVE!!)に拾われる。彼女の弟子(という名の養子。先立つ不幸をお許しください、泣かないでママ……)になった貴方は、グランスタールの人々(世紀末世界で生き延びてるだけある有能さ=変人な住民たち)からの依頼(を名乗るトラップほんと許せない)を解決(出来たり出来なかったりしたりしなかったりしたくもなかったり)しながら、異変の謎(特に謎という謎はない。ただ寿命で世界が滅びかけてただけ)へと迫るが———?

 田畑を耕し、大地の恵(アイテムが無法すぎる!)と友人や仲間たち(システム上仲間だからといっても、仲間だとは言ってない)との絆の力(レベルアップとか補正とか、そういう要素はとくにない)で世界を救え!(肥料エンド)』


 ひどすぎないか???

 ちなみに肥料エンドを避ける方法が一つだけある。公式が用意しているルートだけれど、別にトゥルーエンドとかそういう訳じゃない。主人公の死亡回数が1000回に達したときに入手するスキル、【星に願いを】を所持した状態でエンディングに突入すると、無事生還してその後の生活を送れるが、睡眠時に起こるランダムイベント「夢を見る」が一切起きなくなる、そこはかとなく闇の深いエンドなのだ……。


「プレイヤーデータも一緒だったら、ぼく肥料に転生したんですか!?

 どうしてそんな闇深系のゲームデータと間違えちゃったんですか神様ぁ!」


  ここで唐突に今世最大の回転を見せた脳裏をよぎる、神様との会話。


 〈「ゲームデータが良いです! 人生で1番ってくらいにやり込んだ農場を持っていけるなら、とっても嬉しい!」〉嬉しい!〉嬉しい……〉(脳内エコー)


「全部ぼくのせいじゃないか!!!」


 ぼくの絶叫はむなしく崖下に響いていくのだった。



 



 






 

 









 

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異世界農民物語~人気MMO世界に転生したのに、特典が別ゲのデータだった~ 環槇 @tamakimaki

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