第9話

 まばらに乗客を乗せて電車が走っている。平日深夜の私鉄電車が運ぶ乗客の数は多くない。


 まばらに埋まったシートに一人の女性が座っている。呂律の回らなくなった中年男性を振り切って最終電車に駆け込んだその女性は、カバンの中から携帯端末を出してその画面を操作する。


『お仕事終わりました』

『お疲れ様。あの男の課金は確認した。契約通り、入金手続きを行う。明日の朝にでも確認してくれ』

『私、結構頑張ったんですよ。ギャラはもう少し上げてもらってもいいんじゃないですかね』

『検討しておく。次も頼む』

『よろしくお願いします』


 端末のテキストチャット上で、その女性はやり取りを終え、『ふぅ』と一つため息を漏らす。


「まぁ、バーっていう空間から、ピンク色のホログラムが無くなっていくのは有難い事だけどね。あんなものを見せられるのは気分悪いし。でも、オトコってホントバカな生き物。取り繕った仮面なんてすぐに剥がれるのにね。あのオッサンは最後までカッコつけられたって思っていたみたいだけど、バレバレだよ。ダサすぎ」

 ため息の後に、その女性は小さな声でそう呟く。


「情弱だなぁ。いや、情報弱者というよりは【他人より先んじている賢いオレ】と錯覚させられてしまう素直さなのかな。ムラムラしちゃった気持ちを鎮める為に、あのオッサンは風俗にでも行ったかな。酒とタバコに踊らされ、エロ広告に踊らされ、マジック・ワンドに踊らされ、私みたいな小娘に踊らされ、そして、結局は風俗に金を落とす……。あのオッサンは、自分が知らないルールの中でずっと踊らされ続けているのを知らないままに、これからも生きていくんだろうな」

 まばらな車内に彼女の独り言を聞き取る者はいない。


「無知で素直って、罪だな……」


 車輪が立てる轟音は、独り言を常にかき消している。


 家の窓の明かりもまばらな夜の住宅街を横切る線路の上を、規則正しい四角の灯りが駆け抜けていく。


 ――終――

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