/居酒屋
「次の文章を読み、問いに答えなさい……って。普通演習に試験無いよねえ」
私がその答案を読み終えると、彼女は苦笑してそう言いました。
歌舞伎町の居酒屋の個室内で、それでも人々の喚声が潮騒のようにワッとなっては静まるのを繰り返しています。
「まあ、発表とかレポートの方が多い気がしますね」
私は応じつつ、自分のスマホで答案を撮影し始めました。
「だからやっぱおかしいんだ。そもそもウチの学部の選択基礎演習に十五なんてないし」
その大学の院生だと言う彼女と私はバイト先が同じで、私がホラー作家志望だと聞きつけ、この場の奢りと引き換えにこの答案を持ってきたわけです。
「試験最終日の夕方、小さな教室の一番後ろの席、机の上、ポツンと。誰がこんなものを? この藤森って一年の子は?」
問い掛けながら、しかし彼女は答えを知っているようでした。わざとらしくレモンサワーのジョッキをあおり、こちらを焦らします。
「知ってるんですか?」
「何かね本当に失踪してるらしいよ、それも秋学期の最初の方に。答案に出てくる他の子も実際に死んでたりしててさ。悪趣味なイタズラだよねえ、いなくなった人の名前使うなんて。でも……」
そこで彼女はまたジョッキに口をつけ、レモンサワーを飲み干しました。三月半ばのまだ寒い日、厚手のニットから覗く白い喉がコクコクと揺れると、ちょっとドキリとします。
彼女はとても容姿が整っていて、明け透けな振舞いでも様になりました。
「もしイタズラじゃなかったら、これって何だと思う?」
と、悪趣味に笑ってきても素敵に感じる程です。
「実はさ、第一問の神社って、描写からすると実在するんだよね、この近くに。で、他の団地とか研究所も多分実在しててね、それで」
彼女は言いながらスマホを取り出しました。途中長い白髪が画面に垂れるのをうざったそうに二、三度払い除けつつ操作を完了させ、こちらに見せてきます。
私は答案の撮影を中止しました。
「ね、神社からウチの大学傍の公園まで全部ルートが繋がるんだ。それでさ、答案中に三回出てくる赤い男、こいつも神社から大学まで来てるってことにならない?」
彼女はタブレットでおかわりを注文してから話を続けます。
「で、この神社、珍しいけど鬼的なものを祀ってるんだ」
「
「うん、元は熊野から勧進したんだけどそっちはもう残ってない。だから正体はもう誰もよくわからないらしくて。つまり、ボクが言いたいのはね、この演習はその鬼的なもの、つまり赤い男を大学に呼び出す為の儀式だったってこと。ほら、怖い話をすれば怖いモノがやってくるってよく言うでしょ?」
彼女は熱っぽく語り続けました。
「そう考えると領収証の問題の呪術も、『東紀』って熊野と地域が被るし、『きわう』の『き』も
「違うんじゃないですか」
私は答案の第六問と第八問を見ながら話し始めます。
「これらには確かに赤い男が出てきますけど、どっちも去年の一月から三月の話ですよ。赤い男はもう去年の時点で大学に着いているんです。それから」
今度は第一問。
「この神社でさくら草が並んでいるのは、季節的にも
「だとすると、この答案は?」
「すごく悪いものが大学に来て、演習のふりをして学生達に怖い話を集めさせていた……」
「どうして?」
「疫病神が花のように散って広まるみたいに、自分も怖い話のように伝聞で広まる為に、とか」
「じゃあ、どうしたらもっと怖い?」
「え?」
私が顔を上げると、彼女は薄い笑みを浮かべてこちらを見ています。
「問」
そういえば、さっきから彼女の声以外少しの音もしません。
店員は何時おかわりを持ってくるのでしょう。
「どうしたらもっと怖くなるか、あなたの考えを述べなさい」
選択基礎演習の期末の答案 しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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