第2話 願いが叶ったコハギ

「そこのガキを渡しな。人の子を戻してもらっちゃ困る」

「おま! まだあの話を信じてんのか! いい加減にしろ!」

「お前こそ自由になりたくないのか! こんな所にずっと閉じ込められて満足かよ!」

「俺達は守られてるんだ。里が平和なのも結界があってこそだ!」


 コハギとアンコが激しく言い争っていますが、部外者のサトルにはこのやり取りの意味が分かりません。ただ、ここで2人の前に出るのは危険だと感じたので、ずっと物陰に隠れて様子をうかがいます。

 口論はしばらく続きましたが、話し合いでは決着が付きませんでした。


「ええい! いいからそこをどけコハギィ!」

「お前の方こそあきらめろ! 俺はあの子を仙人様の元に届けねばならん!」

「問答無用!」


 先に襲いかかったのはアンコの方です。シャーッと威嚇しながら必殺の猫パンチ。猫サイズならまだ可愛げもありますが、身長が2メートル近い化け猫のそれはもはや凶器です。ネコ科の大型動物がすごく強いように、化け猫の攻撃もまた一撃必殺でした。

 ただ、攻撃を受けるもの同じ化け猫です。コハギはその水のような体のしなやかさでアンコの一撃を器用に避けました。


「アンコ、鍛錬サボってんじゃねえのか?」

「うっせ、平和ボケのコハギに言われたかねえよ!」

「その平和ボケよりお前の方が弱い事を証明してやる!」


 化け猫同士の戦いは苛烈を極めます。どちらも身体能力が高いので、立体的に動き回りお互いの隙を見つけては猫パンチの応酬を続けました。

 最初は恐る恐るこの様子を見ていたサトルですが、途中からすっかりエキサイティングしてしまいます。


「それー! いけー! コハギまけるなー!」


 お互いの身体能力と格闘センスが拮抗していたのでしょう。2人の戦いは簡単に決着が付きません。お互いにボロボロになりながら、決定的な一撃を繰り出せずにいました。


「コハギィ……正直お前がここまでやるとは思わなかったぞぉ……」

「俺もここまで戦えるとは思っていなかった」

「そろそろ決着をつけようぜぇ……」

「「シャーッ!」」


 お互いに気力を振り絞った最後の一撃は、アンコが先に倒れたので不発に終わります。コハギがギリギリで勝ったのです。

 体力をほぼ使い切った彼が倒れかけたところで、サトルが飛び出してその体を支えました。


「コハギつよい! だいすき!」

「あ、有難うな」


 激しいバトルも終わって、コハギはその場に座って少し休む事にしました。サトルは頑張った化け猫の頭を何度も優しくなでます。


「コハギがんばったねえ。えらいねえ」

「あはは、何だかこそばゆいな」

「アンコしんじゃった?」

「ちょっと気絶してるだけだ。心配するな」


 化け猫は猫の化け物です。生身の動物のように簡単には死にません。それに、コハギもまた本気でアンコを殺そうとはしていませんでした。

 サトルがグロッキー状態の黒い化け猫を観察すると、スヤスヤと可愛い寝息を立てています。


「ほんとだ! アンコねてる!」

「さて、また邪魔される前に行こうか」

「うん!」


 こうして旅は再開します。仙人の家に着くまでの間に、サトルの好奇心は爆発しました。


「アンコはなんでおそってきたの?」

「あいつらはこの里を出たがってるんだ。自由になりたいんだと」

「それはダメなことなの?」

「ああ、今は結界って見えない壁が里を守ってるんだ。これがなくなったら、俺達はもっと強いバケモに襲われて支配されて、それこそ自由がなくなっちまう。仙人様が壁を作った意味を履き違えてるんだ」


 正直、この話はサトルには難しくてよく分かりません。けれど、もうひとつ聞きたい事があったので、質問を続けます。


「そのじゆうにどうしてぼくがでてくるの?」

「サトル、結界は人の心の力で出来ている。この結界が崩れたからお前はこの里に迷い込んでしまったんだ。仙人様のところについたら帰りたいと強く願ってくれ。そうすればお前は帰れるし、その心の力で結界を直せるんだ。このまま放置していたらやがて結界は壊れてしまう。あいつらはそれを狙っていたんだ」

「ふーん」


 コハギからの情報攻撃にサトルの頭はパンクします。ただ、自分が何かしらの理由で襲われようとしていた事は分かったので、それで満足しました。

 説明が長かった事もあるのでしょう、気がつくと2人は仙人の家の前まで来ていました。


「さて、行くか」

「うん!」


 仙人の家は神社の本殿のような外観です。賽銭箱があったらお賽銭を入れたくなる事間違いナシ。コハギが先に入っていったので、サトルも後に続きました。そして、コハギが部屋の奥にいる仙人を紹介します。


「こちらが仙人様だ」

「おじぞうさんだ!」

「いや……まぁ似てるけど」


 そう、そこで鎮座してたのは化け猫の姿を模した石像でした。サトルは幼いので、この手のものは全部お地蔵さんと呼んでいたのです。コハギもその辺りの事はすぐに察して、特に突っ込みはしませんでした。


「さあ、仙人様に帰りたいと願うんだ。それでお前は自分の家に帰れる」

「わかった!」


 ここでもサトルは元気に返事を返します。そして、まぶたを閉じて願い始めました。


「かえれますように……かえれますように……かえれますように……」


 すると、石像がピカアアと光り始めます。その光にまぶたを上げたサトルは、像の横の見慣れた景色を見ました。空間に穴が空いて人間世界と繋がったのです。コハギはすぐにサトルの背中を押しました。


「ホラ、あの穴から帰りな」

「うん! ねこさんありがとう!」


 サトルは何度も手を振って穴の向こうに走っていきます。こうして、里に迷い込んだ子供は無事に自分の世界に帰れたのでした。


「ふう。俺も帰るか」

「いいのかい。今ならお前も人の世界に戻れるんだぞ」

「ちょ、長老様?」


 そう、帰りかけたコハギを止めたのは長老でした。彼は手にした杖に体重をかけて、コハギの顔をじいっと見つめます。


「お前さん、また猫になって暮らしたかったんじゃろ。いい機会じゃないか」

「でも、俺はもう化け猫だ」

「ここを通れば普通の猫に姿に戻れる。多少妖力は残るが問題はなかろう。それに、今ならまだサトルに追いつける。ほら、もうすぐ穴が閉じるぞ」


 長老はニッコリと微笑みます。コハギはゴクリとツバを飲み込みました。モタモタしていると穴は閉じて、人間の世界に行けなくなってしまいます。

 コハギは長老の心遣いを受け取って、すぐに穴に向かって走り出しました。


「長老様、有難う! 俺、ここで受けた恩、絶対に忘れねえ!」


 既に穴は閉じかけていましたが、コハギは本気四足ダッシュで駆け抜けます。そのおかげで無事に人間界に行く事が出来ました。次の瞬間に穴はすっかり閉じてしまいます。

 長老の言葉通り、人間界に戻ったコハギは普通の白黒ハチワレ猫の姿になっていました。自分の体の変化も気にせず、コハギは懸命に走ってサトルに追いつきます。


「サトル!」

「コハギ? こっちに来たの?」

「俺、お前と一緒に暮らしたい!」

「いいよ!」


 元化け猫のコハギは、心を許した人と話す能力を持っていました。サトルはコハギを抱いて家に戻り、それから2人はずうっと一緒に暮らしたのでした。



(おしまい)

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化け猫のコハギ にゃべ♪ @nyabech2016

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