化け猫のコハギ
にゃべ♪
第1話 化け猫と人間の子供
人の住む世界とは別のところに化け猫の里がありました。里では化け猫だけが暮らしています。その里のとある家の寝室では、1人の白黒ハチワレの化け猫が困っていました。
どうしてかと言うと、彼の布団に1人の子供が寝ていたからです。
「何で人の子がここにおるんじゃ?」
困っている化け猫、名前はコハギと言います。猫だった頃に飼い主からつけられた名前でした。コハギは寝ている子供をどうする事も出来ず、しばらく観察します。1分後、黙って見ているのに飽きた彼は子供を起こす事にしました。
「こら、起きろ」
呼びかけても全く反応がありません。すやすやと寝息を立てるばかりです。コハギはしゃがんでじいっと子供の顔を眺めました。見たところ、年齢は5~6歳くらいでしょうか。顔を近づけてどれだけの圧をかけても子供のまぶたは開きません。
このままでは埒が明かないと、コハギは最終手段に出ます。その両手を使って布団の上から子供のお腹の当たりをコネコネマッサージし始めました。
「起きろ~。起きろったら起きろ~」
「ううう~ん」
コネコネの刺激に、子供は反応を返します。コハギは更にコネコネし続けました。やがて彼が根負けしそうになったところで、子供はいきなり目を覚まします。
「うわあああああ!」
「にゃあああああ!」
目覚めた瞬間に大声を出されたので、コハギも驚いて叫んでしまいました。その後、しばらくの間お見合い状態になります。時間は30秒くらいでしょうか。先に動いたのは子供の方でした。
「おっきいネコ!」
「坊主、俺の名前はコハギだ。お前の名は?」
「ぼく? ぼくはサトル。ここどこ?」
「ここは化け猫の里だ。俺は化け猫で、ここは俺の家だ。サトル、どうしてここにいる?」
コハギの質問にサトルは答えられません。彼は何かを考える仕草をしましたが、すぐにそれを放り投げました。そして、コハギの顔を見て笑いかけます。
「コハギ、かわいい! しゃべれてえらいねえ」
「化け猫は喋れるもんだ。お前、化け猫も知らんのか」
「えほんでみたことある! でもはじめてみた!」
「お前はここにいちゃいけねえ。帰るんだ」
コハギの言葉に、サトルはキョトンとしています。その仕草を見たコハギはピンと来ました。
「お前、迷子なんだな」
「うん!」
サトルは満面の笑みで元気に返事を返します。予想が当たったコハギは頭を押さえました。化け猫の里に人が迷い込む事など今までに一度もなかったからです。
里では、本当に困ってしまった場合の対処方法がありました。それを思い出したコハギは、サトルの顔を強く見つめます。
「しかたねえ、長老様のところに行くぞ」
「うん!」
ここでもサトルの返事は気持ちの良いものでした。きっと深い意味は分かっていないのでしょう。それでも素直に応じてくれた事でコハギはとても嬉しくなりました。
「あ、コハギ、しっぽがおどってる!」
「ああっ」
自分の気持ちを見透かされた気がしたコハギは、思わず顔を両手で覆いました。けれど、サトルは別の生き物のように動く尻尾に夢中です。彼は好奇心の赴くままにギュッと尻尾を掴みました。
「フギャアアアア!」
「わあっ」
急に叫ばれて、サトルは尻尾から手を離します。コハギはその大きな手でサトルの頭を軽く押さえました。
「尻尾を握るのはやめてくれ。頼む」
「わかった。ごめんねえ」
こうして、少しだけ仲良くなった2人は長老のもとに向かう事になりました。里に来たのが初めてのサトルは、見るもの全てが新鮮でキラキラと目を輝かせます。
目を離すと勝手にどこかに行ってしまうと考えたコハギは、サトルと手を繋ぎました。これでもう安心です。
「あれなにー?」
「あれも家で、あっちにあるのはお宮。そっちの小屋では小麦粉を作ってる。人間の村と同じだろう?」
「ううん。みんなはじめてみたよ」
「そうか。人の村とは文化が違ってしまったんだな……」
コハギが感傷に浸っていると、何かに興味を持ったサトルがいきなり走り出します。突然の事だったので、コハギはつい手を離してしまいました。
「あ、ちょ」
これはとんでもない失態です。コハギはすぐにサトルの後を追いかけました。一体彼は何に興味を持ったのでしょう。コハギがサトルの走る方向に目をやると、そこにはお団子屋さんがありました。きっと美味しい匂いにつられたのでしょう。
サトルの目的地が分かって、コハギは表情を緩ませます。
「あいつ……仕方ねえな」
お団子屋さんでは里の化け猫達が美味しそうにお団子を食べていました。サトルは店の前まで来ると、コハギを待ちます。見慣れた化け猫が視界に入ったところで、彼はピョンピョンとその場で飛び跳ねました。
「はやくー!」
「全く、勝手に行くんじゃねえよ」
追いついたコハギはサトルにお団子を買ってやります。この時、店内にいた他の化け猫達が騒ぎ出しました。
「人間の子供だ」
「どうして里に」
「まさかあの言い伝えが……」
「ヤバいぞこれは……」
居心地の悪さを感じたコハギはお団子を持ち帰りにしてもらって、歩きながら食べる事にします。サトルはニコニコ笑顔でお団子を頬張りました。
「うんま♪ うんま♪」
「いいか、もう寄り道せずに行くからな」
「うん!」
サトルがお団子を全部食べ終わった頃、2人は長老の家に辿り着きました。現れた長老はまさに老猫です。彼を目にしたサトルは目を大きく見開き、なでようと手を伸ばします。それに気付いたコハギはこの失礼な行為をやんわりと止めました。長老はそんなやり取りを笑顔で見つめます。
それから、コハギは長老の前に出て事情を話しました。黙って話を聞いた長老は、サトルの顔を優しく見つめます。
「時が来たようじゃのう」
「やはりそうですか。では……」
「うむ。その子を仙人様のもとに届けるのじゃ」
こうして、今度は仙人様のところに行く事になりました。仙人様と言うのは、この化け猫の里を作った偉い人です。里には『人が現れたら仙人様の元に連れていくように』と言う言い伝えがありました。
ただ、今まで人が現れた事がなかったため、多くの猫はその言い伝えを忘れかけていたのです。
仙人様の家は長老の家からは正反対なので、またしてもかなり歩く事になりました。その道中で、サトルはコハギの顔を不安そうに見上げます。
「ぼく、かえれないの?」
「安心しろ。仙人様が帰してくださる」
「そっかあ。よかったあ」
帰れると分かったサトルは、今までで一番の笑顔になりました。そんな彼を目にしたコハギも上機嫌です。仙人様の家に行く道のりはとても楽しいものになりました。
それからどれだけ歩いたでしょうか。何かの気配を感じたコハギはピタリと足を止めました。そのちょっと怖い雰囲気に、サトルも不安を感じてしまいます。
「どうしたの?」
「サトル、ちょっとここで待っていろ」
「うん……」
ピリピリした気配を感じ取ったのでしょう、サトルの返事もどこか怖がっている風でした。
コハギは近付いている気配に向かって大声を張り上げます。
「アンコ! 何の用だ!」
「やはり気付かれたか。音は消していたんだがな」
コハギの呼びかけに現れたのは、全身が真っ黒な化け猫でした。なるほど、アンコと言う名前もしっくりきます。すっかり姿を表した彼女は、しっかり爪を指から出してその先をぺろりと舐めました。
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