①カタンの開拓者たち:後編

 こたつ机の上に、六角形のボードが広げられた。

 小さな六角形タイルが規則正しくくっついて大きな六角形を形成している。枠の大外には海のようなイラストが描かれていて、ボードは島を模していた。

「本当にカタン島なんですね」

「そう。このゲームは、島で取れる資源を使って島を一番発展させた人が勝者となるゲームよ」

 そう言って千綾さんは小さな六角形タイルのひとつを指差した。

 そのタイルには森林のようなデザインが施されている。

「この森林タイルからは木材がとれます」

 森林タイルの横に、木材のイラストが描かれたカードを置いた。

 同様にしてタイルを五種類並べる。


 ・森林→木材

 ・丘→レンガ

 ・牧場→羊

 ・畑→麦

 ・岩山→鉄

 が産出されるらしい。イラストそのまんまでわかりやすかった。


「この資源を使って、拠点となる開拓地や街道を立てたり、開拓地を発展させて都市にしたりするの。開拓地ひとつが1点、という風に開拓の度合いが点数化されていて、最初に10点集めた人の勝利よ」

 俺はその説明をふんふんと頷きながら聞く。

 資源を使って島を開拓していく。ゲーム自体は簡単そうだった。

「どうやって資源をゲットするんですか?」

 そう聞くと千綾さんはダイスを2個手に取った。

「資源が出るタイルにはそれぞれ2~12までの数字が振られるの。で、自分のターンが来たらダイスを2個振って、出た目の合計数値のタイルに隣接してる拠点を持った全員から資源が産出されるわ」

「……俺のターンに千綾さんのタイルの数字が出たら、俺のターンなのに千綾さんだけ資源が出るんです?」

 そう聞くと彼女は大きく頷いた。

「だから拠点の置き方はすごく大切。ここからは実際にやってみましょうか。最初は全員2個の開拓地を置いてスタート。この初期配置が結構大切なの。ということで涼くん、好きなところに1個目の開拓地を置いていいわよ」

 開拓地コマを渡された俺は盤面を見て少し考えた。

 ダイスを2個振った出目で資源が出るから、これは確率のゲームだ。

 一番出るのは7。

 内訳は(1,6)(2,5)(3,4)(4,3)(5,2)(6,1)の6パターン。つまり1/6の確率で7が出る。


 だから7に置くのが一番効率がいい。そう思って盤面に違和感を覚えた。

「千綾さん、7のタイルがないんですけど」

「ええ、7は一番出るからちょっと特殊な処理が起こるの。7が出ても資源は出ないわ」

「……なるほど?」

 俺は次点で出やすい6と8のタイルを見て、なんとなく6のところに決めた。


 そんな感じで全員が2個の拠点を置いて、ゲームが開始する。


「お願いします」『お願いしまーす』


 ターンが来たらダイスを振る。

 数字が出たら、資源が出る。

 その資源を使って、街を発展させる。


 例えば木材とレンガを使うことで、街を繋ぐ街道を作ることができる。

 例えば木材とレンガと麦と羊を使うことで、新たな開拓地拠点を作ることができる。開拓地を作れば更に資源が産出される可能性が上がるので、積極的に作っていきたい。


 しかし俺は盤面を見てあることに気付いた。


「俺の拠点から出ないじゃん!」

 俺の拠点はひとつも羊タイルに隣接していなかった。

 これだと一生開拓地が作れない。俺のカタン島は街道だけになってしまう。

「千綾さん! 俺、羊がでないから一生開拓地作れません!」

 すると千綾さんは笑って「ここでカタンのを教えるわ」と言った。

 まだ教えてもらってなかったのか、一番面白いところ。


「このゲームはね、ができるの」

「……交渉?」

「うちは羊がよくとれる。相手はレンガがよくとれる。それなら羊とレンガを交換しましょう? という提案が誰とでも自由にできる。交渉なのでどれだけ足元を見てもいいし、友好な関係を築いてもいい。そうやってうまく交渉をしていって、出ない資源や足りない資源を獲得していくのがこのゲームの面白いところなのよ!」


 なるほど。


 それはたしかに、面白いかもしれない。


 早速俺は「誰か羊くれませんか?」と提案をした。すると沙鳥さんが手を上げて「羊ちゃんいるんで前向きに応じますよー」と言った。

「あっ、じゃあ……えーと、何が欲しいですか?」

「そうですね、麦がほしいな」

「麦、余ってるんでもちろんOKです!」

 俺は手元の麦のカードを一枚取って――

「麦、となら交換応じますよ」

 ――沙鳥さんが吹っかけてきた。


「…………それだと俺が損しますが……」

「でも羊ちゃんほしいんでしょう? メェ〜〜」

「くっ……足元を見やがって」

「どうするメェ〜?」

 沙鳥さんが楽しそうに煽ってくる。俺は唇を噛みながら改めて盤面を見て、気付いた。

「って、沙鳥さんは麦全く出ないじゃないですか。わかりました、俺が麦二個あげるので、あなたも羊二個ください。二個ずつの交換にしません?」

 そう提案し直すと彼女はニッコリと笑って、「おっけ〜!」とカードを二枚手渡してきた。


 これで俺の手元に羊が入ってきた。


「なるほど、これは確かに面白いゲームな気がしますね」

「おっ、涼くん見込みあるわね。でもこのゲームが面白いのはここからよ。ね、沙鳥ちゃん」

 話を振られた沙鳥さんがダイスを振って、手元のカードを五枚提示した。


 麦、麦、鉄、鉄、鉄。


「さっき君に貰った麦で、私は開拓地をランクアップさせて、都市にします」

「…………」

「都市は、資源が倍出るようになる強い開拓地です。その代わり麦と鉄の要求が多くて作りにくいけどね。私は麦が出ないから都市化は難しいなと思ってたけど、君に麦を貰ったからできちゃった! いやぁ、ありがとね」

「……………………」

 なにができちゃっただ。全部沙鳥さんの狙い通りじゃないか。

「ね、涼くん。面白いでしょう。交渉をするとね、相手も有利になってしまうの」

「まあ今回は初心者を騙して獲得した都市なので、この弱いところをランクアップさせますね」


 そう言って沙鳥さんは2に隣接する開拓地コマを、都市コマに置き換えた。ダイス2個を振った時の合計で2は最も出にくい数字なので、ハンデ的なものだった。


「これは――おもしろいですね」

「そうでしょう! よく出来たゲームなのよ」

 他にも7が出たときだけ出勤する盗賊や、羊二個を好きな資源に変換できる貿易港など、シンプルながらも奥深いルールを教えてもらいながらゲームが進行していった。

 木材とレンガで街道を立てるところを、貿易港の効果で羊四個で街道を立てた鈴也さんには思わず「そんな道があるか!」とツッコミを入れてしまった。

 そしてようやくゲームが楽しくなってきた頃。


「あ、2出た」

「2だ」

「また2?」

「今回2出すぎじゃない?」

「2が出る確率って1/36だよな」


 連続して2が出まくって、沙鳥さんが資源の富豪となり、あっさり勝利した。

 俺は何もできず、訳の分からないままゲームが終了した。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………待って、涼くん。言いたいことはわかるわ。でもちょっと待って欲しい」

「…………クッ」

 でも俺は耐えられなかった。


「クソゲーじゃねえか!!!!!!」

「普段はこんなことないのよぉおおおおおお!」

 千綾さんが吠えた。心なしか恨みがましい目で沙鳥さんを睨んでいるようにも見える。

「さっちゃん、まさか出目操作なんてしてないよねえ」

 鈴也さんが恐る恐ると言った態度で尋ねると、沙鳥さんは気まずそうに笑った。

「いやいや。初心者がいる場でそんなことしないよ。本当にたまたまだから私も困っちゃう」

 まるでダイスの出目操作自体は問題なくできるというような口ぶりだったが俺は深く追求しなかった。初対面だしね。


 ゲームにひと段落がついて、千綾さんが時計を見た。

「まだまだ全然時間はあるけれど…………じ……人生ゲームでもする?」

 彼女はカタンの箱を押し入れの奥深くに仕舞って、代わりに人生ゲームを取り出してきた。

「さんせいー」

 鈴也さんと沙鳥さんもそれに同調し、俺たちは夕ご飯まで人生ゲームに興じた。


 **


「今日はごめんなさいね。変なゲームをやらせちゃって」

「いやいや全然! 俺がやりたいって言ったわけですし。それに、楽しかったですよ。よければまた誘ってくださいね」

 カタンはよくわからなかったけれど、それは本心から出た言葉だった。

「本当!? 他にもたくさんゲームがあるから、是非遊びましょう」

 そう約束をして、千綾さんの家を後にした。


 帰り道、電車の中でカタンを振り返る。

 敗因は沙鳥さんとの下手な交渉に応じてしまったことだが、あの時交渉に応じていなかったら、俺は羊を手に入れることができず、どのみち詰んでいただろう。

 だったらあの行動自体がそう大きく間違えていたわけではなさそうだ。

 つまり他にも直せるべきところはあった。

 あの時。あの時。あの時。


 ああ、確かに不思議だ。

 ゲームは訳の分からないまま終了して、あんなにクソゲーだと思ったのに。


 今は無性に、カタンの開拓者たちがやりたい。

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