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姫路 りしゅう
①カタンの開拓者たち:前編
「カタン島の王になった人の勝利よ!」
『カタンの開拓者たち』と書かれた大きな箱を机の上に置いて、
そのままゆっくりと長い黒髪を耳に掛けて、仕事は終わったと言わんばかりに満足そうにため息を吐く。その所作一つ一つはとても綺麗だったが、彼女の発した言葉の意味は何一つとして分からなかった。
『カタンの開拓者たち』とは、世界でもトップクラスにポピュラーなボードゲームである。
それこそ、ボドゲは人生ゲームくらいしかやったことがない俺でも名前を聞いたことがあるくらいには。
こたつ机の右側に座っている千綾さんは俺の高校時代の先輩で、先日ひょんなことから五年ぶりに再会をした。俺が大学四年生、千綾さんは社会人一年目のことだった。
再会したのはボードゲームマーケットという、同人ボードゲームの即売会イベント。コミケやコミティアのボードゲーム版のイベントだ。
大学の友人に誘われて初めてそのイベントを知った時はかなり驚いた。
ボドゲと言えばオセロか将棋、もしくは人生ゲーム程度の認識しかしていなかったので、そんなイベントが成り立つほどのビッグコンテンツだとは思っていなかったのだ。
半ば無理やり
入場規制がかかるほど多い参加者。楽しそうに自作ボドゲを紹介する出展者。気合の入った企業ブース。(企業ブースなるものがある事自体も驚きポイントだった)
全くボドゲを知らなかった俺でも、その熱気に当てられていくつかゲームを買ってしまったほど、そのイベントは盛り上がっていた。
そしてその日一番の驚きは、高校時代の先輩が自作のゲームを販売していたことである。
「あれ……
「えっ、千綾さん!?」
とかいうあっさりした再会を果たした俺たちは少しだけお話をして、もっとゆっくり話そうということで千綾さん宅で開催されるボドゲ会に招待されたのだった。それが今日。
俺をゲムマに誘った友人は都合が合わなかったので、この場には千綾さんしか知っている人がいなかった。
対面には
この男女二対二の合計四人で今日は遊んでいく。
「今日はボドゲ初心者の
千綾さんが俺の紹介ついでに「涼くんはどんなゲームがしたい?」と問いかけてきた。
そもそもどんなゲームがあるのかも知らないので答えあぐねていると、鈴也さんが助け舟を出してくれた。
「みんなと協力したいとか、頭をフル回転させたいとか、運も絡んだパーティーゲームがしたいとか」
「あー、そういう」
デジタルのゲームはよくプレイするのでその言葉でだいたいピンと来た。
俺は少し考えてから、そういえばとふと思いついた単語を発する。
「なんか、『カタン』みたいな名前のゲームってあります? ボドゲ好きの友人が好きらしくて。せっかくならそれやってみたいです」
そう言うと、三人は顔を見合わせてから俺の方を見て、気まずそうに目をそらした。
俺、なんかやっちゃいました?
「あの。もしかしてなんか言っちゃいけないこと言っちゃいました?」
怖くなってそう尋ねると、三人はぶんぶんと首を横に振った。千綾さんが代表して答える。
「涼くんの言う通りカタンってゲームはある。そしてもちろんこの家にもあるわ。有名作だし、実際名作ですからね。でも……」
彼女は少しだけ言葉を区切った。
「初心者向けじゃあない、のかしらねえ」
それに同調するように鈴也さんと沙鳥さんが頷く。
「それはルールが難しいってことですか? こう言っちゃなんですけど、多少ルールが難しいくらいならたぶん大丈夫ですよ」
「うーん、ルールはそんなに難しくはない……」
沙鳥さんが呟いた。
「えっと、じゃあどういう?」
三人は再び顔を見合わせて。
「なんかねえ、最初は何も面白くないのよ」
と言った。
「名作なのに!?」
「名作なのは確かよ。1995年にドイツで発売されてから爆発的に売れて、そこからボードゲームブームが始まったくらいですもの。ボドゲ界には『カタン以前・カタン以後』という言葉があるくらい、世界に影響を及ぼしたゲームよ」
『カタン以前、カタン以後』ってすごい単語だな。ボードゲームの歴史を塗り替えたゲームっていうことじゃないか。カタン爆誕。
「でも、っていうことは面白いんですよね?」
「好き嫌いはあれど、完成されたゲームだということに異論をはさむ人は誰一人いないと思うわ」
千綾さんの言葉に鈴也さんが同調をする。
「それには僕も同意。でも、初めてカタンをやった人の多くは面白さが理解できないまま終わっちゃいがちなんだよ」
「へえ」
「n=3だけど」
「たぶんここの三人じゃねえか」
なんとなく、初めてシューティングゲームをやった時を思い出した。自分の弾は敵に全く当たらないのに、敵の弾は全弾当たってすぐに死ぬ。何も面白くない。
何も面白くないまま何度か試合を重ねるうちに、ようやく立ち回りや弾の当て方がわかってきて少しずつ面白くなっていく。
それが俺にとってのシューティングゲームだ。カタンも同じようなものなんだろうか。
「そうだね。同じかもしれない。カタンも初めてやった日は『なんだこのゲーム?』ってキレたくなるんだけど、不思議なことにその日の夜くらいにはもう『なんかもう一回やりたいな……』ってなりがちなゲームだね。初心者のほとんどがそんな感じらしいよ」
「そうなんですね」
「n=3だけど」
「みなさんここ以外に友だちいないって解釈でいいですか!?」
千綾さんたちはもう一度顔を見合わせてから、大きく頷いた。
「ま。やってみたいゲームをやるのが一番だわ。こんな風に言ったけど面白いことは間違いないし」
そう言っていそいそとクローゼットから大きな箱を取り出してきた。
パッケージには『カタンの開拓者たち』と書いてある。
彼女はその箱をこたつ机に置いておもむろに叫んだ。
「カタン島の王になった人の勝利よ!」
「カタンってカタン島だったんですか!?」
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