第二話「ネコを放さないで!」後編
琴美が目を覚ますと、周囲は真っ暗だった。地面はフワフワで、土の臭いがする。
助けを求めようにも、手足を縛られ、口をテープでふさがれていた。
(ここ、どこ……?)
自分の身に何が起こったか、記憶を確かめる。
トイレを済ませ、手を洗っていると、後ろから薬を嗅がされた。鏡には怪人百面相のお面をかぶった人物が映っていた。
本物の怪人百面相ではない。お面は屋台で売っているようなプラスチックの偽物で、体は生身の人間だった。体格からして、男だろう。
それ以上は意識が保たず、眠ってしまった。
(誰か……誰か助けて!)
◯
「琴美ちゃん、どこー?!」
「返事してー!」
スタッフさん総出で、琴美ちゃんを探す。
琴美ちゃんが見つからないと、撮影ができない。
ボクと野呂も大人が探しにくい草むらや車の下なんかを探した。
「あそこ、なんだろう?」
野呂が、四隅にカラーコーンが置かれた地面を指差す。よく見ると、そこだけ地面の色が違う。
野呂がぽてぽて近づこうとした瞬間、
「入っちゃダメ!」
スタッフさん(琴美ちゃんに差し入れしたスタッフさんとは違う人)がものすごい剣幕で駆け寄ってきて、野呂を抱えた。
「あそこにはドッキリ番組で使う落とし穴が仕掛けてあるの。落ちたら、先方のスタッフに迷惑かけちゃう」
穴がふさがっているということは、琴美ちゃんはここに落ちたわけではなさそうだ。
ボクたちは一旦、琴美ちゃんの楽屋に戻った。白日野下さんとポチャムズは野呂がいれた紅茶を優雅に飲みながら、「美少女探偵ミコミコ」の台本を読んでいた。
「見つかったかい?」
「全然ダメ。白日野下さんは?」
白日野下さんはほほえむ。……マズい。何か分かったんだ。
ボクは白日野下さんに推理対決を持ちかけた。先に琴美ちゃんを見つけたほうは、相手の言うことをなんでも一つ聞かなくちゃならない。
ボクは琴美ちゃんを見つけたら、白日野下さんに名探偵クラブに入ってもらおうと思っている。
この前の「資料集消失事件(とボクは勝手に呼んでいる)」は見事だった。白日野下さんが名探偵クラブにいたら、どんな依頼でも解決できる気がする。
だけど、ボクじゃ無理だったみたいだ。
琴美ちゃんを探していたスタッフの人たちが戻ってきた。これからどうするか、話し合うらしい。ボクたちもちゃっかり加わった。
「確認したところ、家にも事務所にも帰ってきていませんでした」
「迷子になったのかしら?」
「とりあえず警察は呼ぶとして、撮影はどうする?」
「ここを使えるのは今日しかない。最悪、脚本を変えて代役を立てるしか……」
すると、ここぞとばかりに、琴美ちゃんに差し入れしたスタッフの田中さんが口を挟んだ。
「それなら、二ノ宮ニコはどうですか? 今日ならスケジュールに空きがあるはずですよ」
「どうして君がそんなことを知っているんだね?」
「う、うちの番組に出てもらおうと思って、事務所に確認していたんです。断られましたけど……」
監督はしばらく悩み、「仕方ない」とうなずいた。
「二ノ宮ニコを呼んでくれ。到着するまでの間に脚本を書き直す」
ちょ、ちょっと待っ!
「待ってください」
ボクが止めるより先に、白日野下さんがスッと前に出た。ポチャムズもヌッと前に出る。
「琴美ちゃんの居場所が分かりました」
「なんだって?!」
場がどよめく。特に、田中さんは真っ青になっていた。
「いったいどこに?!」
「それは……その人が知っています」
白日野下さんが田中さんを指差す。遅れて、ポチャムズも前足を田中さんに向けた。
スタッフの人たちは一斉に、田中さんを振り返った。
「し、知らない! 私は何も……!」
「では、私が教えてあげましょう。琴美ちゃんは地面の下に埋められているのです」
「地面の下?!」
それって……生き埋めになってるってこと?!
頭の中が真っ白になる。怖かったけど、推理の続きに耳を傾けた。
「そのスタッフの手と爪を見てください。土と砂で汚れています。他のスタッフの方々が琴美ちゃんを探していた間、あなたは砂遊びでもしていたんですか?」
「こ、転んだ拍子に手をついたんだ! だいたい、私がそんな穴を掘って埋めているところを、誰か見たのか?!」
田中さんは周りのスタッフを見回す。
スタッフは首を振った。
「見てないです」
「うん。琴美ちゃんを探すのに夢中で、それどころじゃなかった」
「さすがに穴を掘ってたら気づくと思うよ」
田中さんの顔に笑みが浮かぶ。
だけど、白日野下さんは「チッチッ」と指を振った。
「掘る必要はありません。前日に掘って、穴にフタをしておけばいいのですから」
「フタ?」
「同じく、埋める必要もありません。琴美ちゃんを穴へ隠した後、フタをすればいいのです」
「ボク達は前日にロケハンしているんだよ? そんなフタがあったら気づくと思うけど。穴を埋め直したら、そこだけ土の色が違うだろうし」
「気づいても、違和感は持たないと思いますよ。だって皆さん、とっくに穴のことをご存知なんですから」
白日野下さんは指差す……ドッキリに使われる予定の、落とし穴を。
◯
ズボォッ!
「琴美ちゃん、だいじょぶー?」
「ウニャーン!」
「ぎゃぁぁぁ! ネコと鰤っ子が土まみれで降ってきたー! だから、ネコを放さないでって言ったのに!」
良かった! 琴美ちゃん、生きてる!
ものすごく怒ってるけど!
「どうです? これを見ても、まだ認めませんか?」
「……」
田中さんはガクッとうなだれる。やっと観念したらしい。
白日野下さんの推理どおり、穴の上には土や砂利を付着したシートが被っていた。四隅のコーンは、シートが風で飛ぶのを防ぐための重しだったんだ。
ボクたちは白日野下さんの推理のあと、急いで落とし穴へ向かった。
誤算だったのは、田中さんがより地面っぽく見えるよう、シートの上からさらに土や砂を被せていたこと。そして、プロが作った落とし穴を前に、野呂とポチャムズがハイになってしまったこと。
「いっちばんのりぃー!」
「ぶにゃにゃにゃーん!」
「待てぇーッ!」
二人(一人と一匹?)はボクらが止める間もなく、穴へダイブしてしまった。
二人の姿は土の下へと消え、琴美ちゃんの怒鳴り声が響いた。
「あんたらのせいで衣装が土だらけになっちゃったじゃない! どうしてくれんのよ?!」
琴美ちゃんは土だらけで戻ってきた。スタッフさんたちも頭を抱えている。せっかく琴美ちゃんを見つけたのに……。
野呂とポチャムズは照れくさそうに上がってくる。ほめてないぞ!
「すみません! クリーニングして返しますから!」
平謝りするボクに、監督は「いいよ、いいよ!」と笑った。
「むしろ、臨場感が出てる! 琴美ちゃんはキレイ好きだから、ああいう汚れさせてもらえないんだよー。脚本を変える! 怪人百面相の一人、
それと、と監督は田中さんをチラッと見た。
「二ノ宮ニコを呼んでくれ。ミコミコを助ける友人役として出演させる」
「い、いいんですか?!」
「良いも悪いも、もともと登場させる予定だったんだよ。ミコミコを救う、美少女探偵二号としてね。予定より早いが、まぁいいだろう」
田中さんは驚き、涙ぐむ。
「ありがとう、ございます……!」
田中さんは二ノ宮ニコちゃんのお父さんだった。二ノ宮ニコは芸名で、本名は田中クニ子っていうらしい。離婚したから、今は田中でもないんだけど。
田中さんは離れ離れになったニコちゃんに、どうにか親らしいことがしてあげたかった。それで、ミコミコ役をプレゼントしようとしたんだって。
だけど、ミコミコ役は琴美ちゃんに奪われてしまった。
田中さんはニコちゃんにミコミコの代役をさせるために、琴美ちゃんを落とし穴に閉じ込めたんだ。紅茶に入っていた薬も、琴美ちゃんをさらいやすくするために仕込んだものだった。
「ニコが喜ぶと思って、やってしまった」
と言う田中さんに、白日野下さんは冷たく言った。
「それは親のエゴだよ。親がそんな手段を取って、本当に子供が喜ぶと思うかい? ニコちゃんはそんな悪どい子じゃないはずだろう。喜ぶどころか、嫌われるよ」
「……」
「ニコちゃんが本当に喜ぶことは何か、ちゃんと考えたまえ。分からないなら、奥さんでも、ニコちゃん本人でもいいから、きけばいい」
田中さんはうなずき、ニコちゃんが撮影所に着く前に、警察に連れて行かれた。
◯
撮影後、琴美ちゃんは「ありがとう!」と白日野下さんの手をにぎった。
「さっき、マネージャーから聞いたわ。白日野下さんが解決してくれたんですって? 私と同じ小学生なのに、すごいわ! 転校生探偵みたい! ねぇ、毎日現場に来て、私を守ってくれない?」
「遠慮するよ。学校があるからね」
う、うらやましい! ボクが先に解決していたら、毎日学校をサボっていたのに!
「だったら、放課後ならいいでしょ? 夕方の撮影もあるから!」
「放課後こそ抜けられないよ」
白日野下さんはボクのほうを見て言った。
「名探偵クラブで忙しいからね」
「へ?」
今、なんて?
「あら、白日野下さんも名探偵クラブの人だったの?」
「うん。彼らのアドバイザーをやっている。興味があるなら、花咲さんも入るかい?」
「入る、入る! 撮影がない日は、毎日学校に行くわ!」
な、なんと! 琴美ちゃんまで名探偵クラブに?!
ボクは琴美ちゃんに聞こえないよう、白日野下さんにコソッとたずねた。
「いいの? 推理対決はボクが負けたのに」
「私が勝ったら、名探偵クラブのアドバイザーにしてもらうつもりだったんだよ。君も同じことを考えていたとは、奇遇だね」
「いや、ボクはクラブに入ってもらえればそれで……そもそも、名探偵クラブのアドバイザーって何をするの?」
「君たちに推理のやり方を教えるんだよ。私ばかり解決していたら、名探偵クラブじゃなくて、白日野下真実子クラブになってしまうからね」
た、確かに。
白日野下さんばかり活躍していたら、ボクが名探偵になるという夢が叶わなくなってしまう。アドバイザーになってもらったほうが、ボクとしてもありがたい。
白日野下さんはニンマリと笑って、言った。
「手始めに、依頼を達成してみたけど、どうだい? 私はクラブの一員にふさわしいかい?」
……忘れてた。ボクらは琴美ちゃんに学校に来てもらえるよう、説得しに来たんだった。
ボクはうなずいた。
「あぁ。さすが、名探偵クラブのアドバイザーだ」
◯
すると、部分的に聞いていた琴美ちゃんが、「いいじゃない、白日野下さんファンクラブ!」と、のんきなことを言った。
「転校生探偵ファンクラブみたいで、楽しそう!」
「よくないよ、琴美ちゃん。ボクは白日野下さんのファンじゃなくて、名探偵になりたくてクラブを作ったんだから。というか、その転校生探偵って、なに?」
「知らないの?!」
琴美ちゃんが今日いち驚いた。
そしてボクが琴美ちゃんを語るように、ボクに転校生探偵のことを語った。
「世界中の小学校で事件を解決している小学生よ! 転校生として学校にやって来るから、転校生探偵って呼ばれているの! 物知りで、何ヶ国語も話せるのよ! 海外じゃ、ドラマ化や映画化もされているわ! 私、どうしても見に行きたくて、わざわざ海外の撮影のスケジュールずらしてもらったんだから!」
「ファン、なの?」
「もちろん! 非公式国際ファンクラブにも入っているわ! あーあ、うちの学校に転校してこないかしらー? 太っちょの変なネコを連れた、細目の日本人の女の子らしいんだけど、まだ日本には来たことがないのよねー」
「……」
白日野下さんのほうを見る。白日野下さんはポチャムズといっしょに、そろりそろりと逃げようとしていた。
ボクは黙っていようと思ったけど、野呂がトドメをさした。
「それ、マミマミとポチャムズのことじゃないの? 世界中の学校を回ってたし、物知りで、なんか国語も話せるんでしょ?」
「ばッ、野呂!」
「そうなの?! 白日野下さん、どういうこと?!」
再び振り返ると、白日野下さんとポチャムズはいなくなっていた。遠くに、二人を乗せたタクシーが見えた。
あの慌てっぷり……白日野下さん、本当に転校生探偵なのか?
(第三話へつづく)
転校生探偵・白日野下真実子 緋色 刹那 @kodiacbear
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