第二話「ネコを放さないで!」前編
「楽屋でネコを放さないで! 邪魔なのよ!」
「ポチャムズは邪魔なんかしないよ。この間も、大人しく……」
「大人しく?」
「……フラッシュモブに飛び入り参加してきたんだから」
「全然大人しくないじゃない! いいから、首輪とリードをつけて!」
「仕方ないなぁ。私が首輪をつけるから、ポチャムズはリードを頼んだよ」
「ニャッ!」
「逆、逆!」
ドキドキしながら楽屋のドアを開いたのに……何だ、この状況は?
あこがれの
なぜか、白日野下とポチャムズもいて、琴美ちゃんと言い争っている。
「わぁ、ネコちゃんだー! かわいー!」
「誰よ、あんた達?! 勝手に私の楽屋に入ってくんな!」
あぁ……野呂まで参戦した。
もうボクにできることは、何もない。
◯
日曜日。ボクと野呂は名探偵クラブの顧問・明石先生の依頼で、
琴美ちゃんはボクたちと同じ学年で、明石先生が受け持っている教室の生徒だ。同じ学校に四年間もかよっているけど、ほとんど姿を見たことがない。でも、学校一有名な女の子なのは間違いない。
なぜなら、琴美ちゃんは今ブレイク中の子役だからだ。テレビや雑誌でしか見たことはないけど、お人形さんみたいに可愛くて、童話にでてくるお姫様のようにおしとやかなんだ。
学校にもファンはたくさんいる。ボクもその一人だ。いつか学校で会ったらサインをもらおうと、毎日色紙を持ち歩いている。手洗いうがいも欠かさない。
先生の依頼は、琴美ちゃんに関するものだった。
「来週から花咲さんが学校に復帰します。ですが、しばらく撮影が続いたせいで、教室になじめるか不安なのだそうです。同じ学年の君たちに会えば、花咲も安心して学校に来てくれるかもしれません。ぜひ、会いに行ってあげてくれませんか?」
(分かりました。ボクと野呂に任せてください)
「やったァァァーッ!!! 琴美ちゃんに会えるフゥゥゥッ↑↑↑↑↑」
「こ、小林くん?! 心の声が出てますよ?!」
「あははっ! ヨシヲ、おもしろーい!」
……なんだか依頼を受けたときの記憶がハッキリしないけど、きっと大丈夫だろう。
◯
『そこまでよ、怪人百面相! 盗んだお宝を返しなさい!』
『フンッ! 返してほしければ、我がトリックを暴いてみせるんだな!』
その日、琴美ちゃんは
名前のとおりの人里離れた村だけど、東京から車で来やすいので、ドラマやドッキリ番組の撮影によく使われている。
ちなみに「美少女探偵ミコミコ」は大人気の推理ヒーロードラマ。琴美ちゃん演じる美少女名探偵ミコミコと、宿敵・怪人百面相が毎回、推理対決を繰り広げるストーリーだ。
子ども向けとは思えない本格的なトリックと、実は怪人百面相が百人の怪人じゃなく、一人の怪人が百人のフリをしているという設定がウケて、子どもはもちろん、大人までハマっている。ウチのお父さんも「がんばれ、怪人百面相……!」と泣きながら見ていた。
名探偵を目指しているボクも、もちろん毎話欠かさず見ている。ただ……琴美ちゃんが可愛すぎて、その日のトリックがなんだったのか、あんまり覚えてないんだけど。
「はい、オッケー! 次のシーンの準備があるので、三十分休憩しまーす!」
休憩に入ると、ボクと野呂はさっそく琴美ちゃんの楽屋へ向かった。
明石先生から話がいっているとはいえ、ものすごく緊張する。ドアをノックする手が震えた。
「こ、こ、こ……」
「おじゃましまーす!」
ボクが「琴美ちゃん、いますか?」とたずねるより先に、野呂がドアを開けてしまった。
……そういえば、野呂について説明してなかったっけ?
彼女は野呂フミ。名探偵クラブの副クラブ長で、ボクの幼なじみだ。ツインテールとピンクのワンピースがトレードマークで、琴美ちゃんほどではないけど、そこそこ可愛い……らしい(byウチの母親)。
性格は見ての通り、考えるより先に体が動くタイプ。というか、何も考えていない。こう見えて長女で、二人ずついる弟と妹の面倒をよく任されている。
ドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、琴美ちゃん……と、琴美ちゃんに追いかけられているポチャムズだった。
その様子を、白日野下さんが面白そうにながめていた。
「楽屋でネコを放さないで! 邪魔なのよ!」
「ポチャムズは邪魔なんかしないよ」
「わぁ、ネコちゃんだー! かわいー!」
「誰よ、あんた達?! 勝手に私の楽屋に入ってくんな!」
琴美ちゃんはボクと野呂をにらみつける。
それまで抱いていた琴美ちゃん(イメージ)がガラガラと音を立てて崩れ去った。
代わりにボクに話しかけてくれたのは、白日野下さんだった。
「おや、小林くんじゃないか。そちらは野呂さんだね? はじめまして」
「はじめまして、知らない人ー!」
野呂は明るくあいさつする。
知らない人にも元気にあいさつできるのはいいことだけど、それを本人に言うのはどうかと思うぞ?
「白日野下さん、どうしてここに?」
「ウチの親が今撮影中のドラマの監修をやっているんだが、忙しくて現場に来られなくてね。私とポチャムズが代理で来た」
「監修?! 美少女探偵ミコミコの?!」
「そうだよ」
あの本格ミステリの監修を、白日野下さんの親が?
推理小説家とか、警察の関係者とかだろうか?
「白日野下さんの親って、何してる人?」
白日野下さんは「ナイショ」と、ほほえんだ。
ポチャムズも意味ありげに、フッと笑った。ポチャムズは知っているんだろうな……ネコなのに。
「二人は琴美さんが学校に行くよう、説得しに来たんだね?」
「そう……って、なんで知っているんだ?」
「君たちを琴美さんに会わせるよう、明石先生に助言したのは私だからね。ずいぶん困っていたみたいだったよ」
白日野下さんは琴美ちゃんに聞こえないよう、コソッと教えてきた。
明石先生が困っていた? ボクたちに依頼してきたときは、そんな感じじゃなかったけど……。
琴美ちゃんはボクと野呂が明石先生の知り合いだと分かると、警戒を解いてくれた。
「あぁ、明石先生の。悪いけど私、学校に行く気ないから」
「え? 何で?」
不安で行けない、じゃなくて行く気がない? 聞いていた話と違う。
琴美ちゃんは小馬鹿にするように、鼻で笑った。
「行く必要がないからよ。小学校の勉強程度なら仕事をしながらでもできるし、友達だっている。学校なんかより、今は仕事に集中したいの」
……そうか。琴美ちゃんは小学校を下に見ているんだ。
それで明石先生も困って、同じ小学生のボクたちを頼ってきたんだな。依頼してきたとき晴れやかな笑顔だったのは「これで解決する」と思っていたからだろう。
よし、いっちょやってやりますか!
「が、学校に行くこと自体に意味があるんだよ!」
「意味って、例えばどんな?」
「みんなで授業を受けたり、遊んだり……」
「そんなの時間のムダだわ」
「が、学校でしか知り合えない子もいるし!」
「私、小学生と話合わないし」
「先生に質問したりとか!」
「学校の先生って、嫌い」
「クラブは?! ボクたち、名探偵クラブって、クラブやってるんだけど、良かったら入らない?!」
苦し紛れに、名探偵クラブのことを言ってみた。
すると、「名探偵クラブ?!」と意外にも食いついてきた。それまで退屈そうだったのに、どうしたんだろう?
「どんな名探偵がいるの?! 名探偵の末裔がいるとか?! きっと、すごい難事件を解決してきたんでしょうね?!」
「え、えっと……名探偵がいるというよりは、名探偵を目指しているクラブなんだ。事件らしい事件も、まだ解決してない」
「なーんだ。つまんないの」
琴美ちゃんは途端に興味をなくし、元のつまらなさそうな顔に戻ってしまった。
うぅ……嘘でも「名探偵がいる」って言ったほうが良かったかな?
◯
気まずい空気の中、撮影のスタッフさんが楽屋に来てくれた。
「琴美ちゃん、差し入れです」
「……そこに置いといて」
琴美ちゃんはそのスタッフの顔を見た瞬間、さらに不機嫌になる。
嫌いなスタッフなのかな? たしかに頼りなさそうに見えるけど、悪い人じゃなさそうなのに。
スタッフさんはカップにドリンクを入れて持ってきてくれた。カップに色がついているので、中身は見えない。
琴美ちゃんがカップに手を伸ばした……そのとき、
「ニャニャニャッ!」
「あっ!」
野呂と追いかけっこしていたポチャムズが、カップを倒してしまった。
中のドリンクは盛大にこぼれた。
「おや。やったね、ポチャムズ」
「もう! だからネコを放さないでって言ったのに!」
「い、今新しいドリンクを……」
「あんたは消えて!」
琴美ちゃんに八つ当たりされ、スタッフさんは楽屋を出て行く。
ポチャムズがこぼしたドリンクは、飼い主である白日野下さん……ではなく、ポチャムズ本人がぞうきんでふいた。
「ポチャムズもネコらしいドジするんだな」
「……本当にそう思うかい?」
白日野下さんはクスッと笑った。
「わざとってこと?」
「君もよく知っているだろう? ポチャムズが普通じゃないネコだってことくらい、さ」
ポチャムズはしくしく泣きながら、ドリンクをふいている。
よく見ると、ぞうきんを持っていないほうの手に、目薬(ネコ用)をにぎっていた。
「ね?」
「……」
◯
どうやら、ポチャムズはわざと琴美ちゃんのドリンクを倒したらしい。
でも、何のために?
「ハァ。怒ったら、のどかわいたわ。そこのぶりっ子ツインテール、代わりの紅茶をいれてちょうだい。ティーバックだけど、ないよりマシでしょ」
「私は
野呂は慣れた手つきで、紅茶をいれる。
たちまち、紅茶のいい香りが充満する。ポチャムズが両手を広げ、香りを全身に浴びていた。
「へい、お待ち!」
「寿司屋?」
琴美ちゃんは野呂がいれた紅茶を口にした途端、「美味しい?!」と目を丸くした。
「イギリスで飲んだ高級茶葉の味がする! ティーバックの安物なのに、何で?!」
「本当。こんなに美味しくなるものだとはね」
「ウミャイウミャイ」
白日野下さんとポチャムズも美味しそうに紅茶を飲んでいる。
野呂は得意げに胸を張った。
「へっへーん! 私、紅茶いれるの上手いんんだよねー! 明石先生にもほめられたんだから!」
そう。野呂は紅茶をいれるのが得意だ。どんな安物の紅茶でも、最高級の味に仕上げてしまう。
そのせいで、名探偵クラブにはお茶請け用のお菓子が絶えない。もはや紅茶を飲むために、お菓子を持ってきているようなものだ……主に、明石先生が。
「前言撤回。そこのクソネコがドリンクを倒してくれて良かったかも。正直、あのスタッフが持ってきたドリンクなんて飲みたくなかったのよね」
「どうして?」
「嫌いだから」
琴美ちゃんは言い切った。相手は大人なのに。
「あいつ……田中っていうんだけど、普段はドッキリ番組のディレクターやってるの。前にタチの悪いドッキリを仕掛けられて、すっごくウザかったんだから!」
それに、と琴美ちゃんは青ざめた。
テレビでも雑誌でも見たことがない、恐怖の表情だった。
「あいつのケータイの待ち受け、ニコの写真だったの」
「ニコ?」
「二ノ
「そのニコ……ちゃんの写真を、待ち受けに?」
琴美ちゃんは青ざめたまま、うなずいた。
「しかも、全部盗撮。たまたま画面をのぞいたら、百枚以上あったわ。あいつ絶対、変質者よ」
「警察か、大人の誰かに相談した?」
「無駄よ。厳重注意だけして、終わり。むしろ、チクった私のほうが危ないわ。あなた達も誰にも言わないでよ」
琴美ちゃんはボク達に釘を刺し、席を立った。
「どこ行くの?」
「トイレ。ついて来ないでよね」
乱暴にドアを閉める。トイレは外の、少し離れたところにある。
ボクは琴美ちゃんが戻ってくるまでの間、白日野下さんにきいてみた。
「どう思う?」
「盗撮のことかい?」
「うん。あんな気の弱そうな人が変質者だなんて信じられないんだ」
「残念だけど、今は情報が少ないからなんとも言えないな」
「そっか……」
「確かなのは、さっきのドリンクになんらかの薬が入っていたことくらいだね。下剤とか睡眠薬とか」
「えぇ?!」
下剤?! 睡眠薬?! 大ごとじゃないか!
「ポチャムズには麻薬探知犬と同じ訓練をさせていてね、怪しい薬や毒を検知したら知らせてくれるんだ。誰かが飲みそうになったら、それとなく邪魔してくれる」
「戻ってきたら、琴美ちゃんに教えてあげないと」
「やめておきたまえ。ムダに不安にさせるだけだよ」
誰かが琴美ちゃんをねらっている。
気づくと同時に、琴美を一人で行かせて良かったのかと不安になった。その不安は的中し……琴美ちゃんはいなくなった。
(第二話後編へつづく)
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