転校生探偵・白日野下真実子
緋色 刹那
第一話「みんなには話さないで」
「お願い。みんなには話さないで」
顔は青ざめ、手は震えている。
ボクは、どうして篠崎さんがそんなことを言うのか分からなかった。悪いのは全部、
あるいは……篠崎さんがそうなのか?
あと少しで真相に近づきかけたところで、
「帰ろう、
その瞬間、疑念は確信に変わった。
白日野下さんは何かを隠している。ボクが気づいていない、何かを。
◯
ボクの名前は、小林ヨシヲ。
将来の夢は、世界で活躍する「名探偵」になること。ただの探偵じゃない。名探偵だ。
名探偵はどんな難事件でも、あっという間に解決する。強くて、頭が良くて、カッコいい! ボクのあこがれだ。
早く名探偵になりたくて、学校でクラブも立ち上げた。
その名も、「名探偵クラブ」。ボクがクラブ長で、副クラブ長は幼なじみの
名探偵クラブの主な活動は、生徒や先生から依頼を受け、学校で起きた事件を解決すること。
ゆくゆくは、学校の外でも事件を解決して、周りの大人や警察から一目置かれる存在に……なんて思っているけど、現実はそう甘くない。大人たちは「名探偵ごっこクラブだ」と、まともに取り合ってくれないし、実際に来る依頼は「宿題を教えてほしい」とか「掃除を代わってほしい」とか、雑用ばかり。ヒマな日は、顧問の
クラブのメンバーも、思ったより増えない。クラブを作って一ヶ月が経とうとしているっていうのに、未だにボクと野呂の二人しかいないんだ。とほほ。
◯
今日の依頼も「資料集をなくしたから、いっしょに探してほしい」という、名探偵っぽくないものだった。
依頼してきたのは、となりのクラスの
気がついたのは、昼休みに図書室へ本を返しに行こうと、机の引き出しをあさったとき。引き出しの中身を全部出しても、資料集は見つからなかった。
井上くんは本を返しに行くどころではなくなり、慌てて名探偵クラブへ駆け込んだ。
学校で教科書をなくすことは、ボクら小学生にとっては一大事だ。先生にバレたら怒られるし、親にバレたらもっと怒られる。
最終的に教科書が見つかれば、怒られるだけで済む。
見つからなかった場合、さらに地獄はつづく。代わりの教科書が届くまでの一週間、となりの席の人に教科書を見せてもらうか、よそのクラスの友達から教科書を借りなくちゃならない。いちいち頼むなんて面倒だし、なんだか恥ずかしい。
井上くんがなくしたのは資料集だから、まだマシかもしれない。資料集は教科書の副教材で、せっかく持ってきても授業で使わない日もある。忘れてくる子もけっこう多い。
ボクは野呂と手分けして、井上くんの資料集を探した。井上くんの引き出しやカバンの中、忘れ物置き場、ゴミ箱の中、理科室……学校中を探し回り、昼休みが終わるギリギリになんとか見つけた。
井上くんの資料集は、同じ班の大友くんが持っていた。授業が終わったあと、自分の資料集だと思い込んで、教室へ持って帰ってしまったらしい。
理科の授業はけっこういそがしい。実験が終わったらすぐ、ノートに実験の感想を書いて先生に提出し、次の授業が始まるまでに自分の教室へ戻らなくちゃならない。井上くんのクラスは次の授業が体育だったそうだから、なおさら急いでいたと思う。
理科室の席は班ごとに分かれている。一班六人だ。一つの机を囲むように座るため、となりの人との
疑うみたいで気が引けたけど、井上くんの班の人たちは快く、自分の引き出しの中身を確かめてくれた。その結果、大友くんの引き出しから、井上くんの資料集が見つかったのだ。
「悪い、悪い! 全然気づかなかったわー」
大友くんはヘラヘラ笑いながら、井上くんに資料集を返してくれた。
だけど、新たな問題が出てきてしまった。大友くんの資料集が行方不明になっている事実だ。
ボクたちは、今度は大友くんの資料集を探すことになった。井上くんたちも手伝ってくれた。
だけど、なんの当てもなく、昼休み中には見つけられなかった。
大友くんはいらだち、ボクたちを怒鳴りつけた。
「放課後、残れよ! 俺の資料集が見つかるまで帰さねぇからな!」
いつものことなのだろう。井上くんたちは怯え、何も言い返さなかった。
言われたとおり、ボクたちは放課後にまた集まり、資料集を探した。野呂は約束をすっかり忘れ、帰ってしまった。
だけど、いくら探しても見つからない。その間も大友くんはイライラしっぱなしで、しまいには「井上が俺の資料集を隠している!」なんて言い出した。
「こんなに探しても見つからねーなんて、おかしいだろ?! さっさと出せよ!」
「知らないよ! なんでボクがそんなことしなくちゃならないのさ!」
「うるせぇ! オレの資料集が見つかるまで、お前の資料集はあずからせてもらうからな!」
◯
大友くんが井上くんのカバンから資料集を奪おうとした、そのとき。
「お困りのようだね」
「ニャア」
教室の外から声がした。
ボクも、井上くんも、大友くんも、井上くんの班の人たちも、いっせいに教室の入口を振り返る。
細い目が特徴的な、お団子頭の女子だった。ニンマリと笑い、教室のドアにもたれて立っている。
足元には、彼女そっくりの顔をした太っちょの三毛猫がいて、同じようにニンマリと笑い、ドアに背中をあずけて立っていた。
(ネコって二本足で立てるんだっけ?)
頭の中が「?」でいっぱいになる。
考えたらキリがなさそうだ。一旦、「?」を頭の外へ追い出した。
というか、あの女子……見覚えがあるぞ?
「君は……しらなんとかさん? 今日うちのクラスに来た、転入生の」
ボクの質問に、彼女はうなずいた。
「
「ごめん。名前を覚えるのは得意なほうなんだけど……」
「長い名だからね、覚えにくいのは無理もない。マミーでもミコでもマーでも、好きに呼んでくれてかまわないよ」
白日野下さんは、今日うちのクラスに入ったばかりの転入生だ。
親の仕事の都合で、いろんな国の小学校を転々としているらしい。物知りな上に、何ヶ国語も話せるので、あっという間にクラスの人気者になってしまった。
とっくにクラスの誰かと帰ったと思っていたけど……いったいボクたちに何の用だろう?
「ちなみに、このネコはポチャムズ。私を迎えに来たんだ」
ポチャムズはヨッと、クリームパンのようにムチッとした手を挙げる。あいさつのつもりだろうか?
他のみんなはあっけに取られて、言葉も出ない。あんなに怒っていた大友くんも、ポカンと口を開けていた。
そりゃそうだ。知らない女子とおかしなネコが、突然目の前に現れたんだから。
「それで、何の用? 先生なら職員室にいるけど」
「おや、用があるのは君たちのほうじゃないのかい? 彼の資料集を探しているんだろう?」
白日野下さんが大友くんを指差す。みんなはハッと正気に戻った。
「どうしてそのことを?!」
「彼の怒鳴り声が廊下まで聞こえていたからね。私なら、彼の資料集がどこにあるのか教えてやれるけど?」
「なんだって?!」
ボクたちは息をのんだ。
資料集の場所を知っている?
あんなに探しても見つからなかったのに?
しかも、今日転入してきたばかりで、探留小学校のことを何も知らない彼女が?
「どこだ?! どこにあるんだ?!」
大友くんが白日野下さんに詰め寄る。
白日野下さんは平然と答えた。
「君の部屋だ」
「部屋ぁ?」
大友くんは顔をしかめた。
「そうだ。君は最初から資料集を学校に持ってきていない。家に忘れたんだ。そしてそのことに気づかないまま、井上くんの資料集を自分のものだと思い込み、持ち去った。だから、井上くんの資料集が大友くんの引き出しから見つかったのさ」
「俺はちゃんと持ってきたぞ!」
「それを証明できる人はいるかい? 具体的には、一時間目が始まる前までに大友くんの資料集をその目で見た人は?」
白日野下さんは井上くんたちを見回す。
みんなは互いに顔を見合わせたあと、首を振った。
「……見てない。今日は授業で資料集を使わなかったし」
「なんだと?!」
「ほらね?」
教科書やノートは授業で必ず使うので、忘れたら目立つ。先生にも注意される。
だけど、資料集は授業で使わないときもあるから、先生も教科書やノートを忘れてきたときほど怒らない。授業で使わない日にいたっては、注意すらしない。白日野下さんの言ったとおり、本当に大友くんが資料集を持っていなかった可能性は十分にある。
「そんなに疑うなら、君の部屋を探してごらんよ。すみずみまで、ね」
「……出てこなかったら、先生にチクってやるからな!」
大友くんはボクたちと白日野下さんを強引に家へ連れて行った。
◯
白日野下さんの言ったとおり、大友くんの資料集は彼の部屋で見つかった。
大友くんの部屋はずいぶん散らかっていて、探すのに苦労した。こんな部屋じゃ、忘れ物があっても気づけない。
大友くんは迷惑をかけた罰として、毎日自分の部屋の掃除をすることになった。疑った井上くんにも謝り、井上くんも大友くんを許した。
これで一件落着……と安心した瞬間、ボクは気づいてしまった。
違う。大友くんには、井上くんの資料集を持ち去れない。
「ねぇ、みんな……」
ボクはこの疑問をみんなに伝えようとした。
だけどその前に、ボクの近くにいた班の一人……
「お願い。みんなには話さないで」
◯
結局、ボクは何も言わずに、大友くんの家を出た。
帰りは、白日野下さんと二人きりだった。
正確にはポチャムズもいる。
ボクはさっき思いついた仮説を、白日野下さんにぶつけてみた。
「篠崎さんだったんだね。井上くんの資料集を、大友くんの引き出しに入れたのは」
「へぇ。君には、彼女がそんなイジワルな子に見えるのかい?」
「そうじゃないけど……少なくとも、大友くんは井上くんの資料集を持っていってなんかいないと思う。というか、持っていけないんだ。井上くんは、大友くんから一番離れた席に座っていたんだから」
大友くんの家を出る前、井上くんにあらためて誰がどの席に座っていたのか確かめた。
机はたてに長い長方形。前から右側に、井上くん、Aさん、Bくん。左側に、Cさん、篠崎さん、大友くんが座っていた。
つまり、井上くんと大友くんは対角に座っていたことになる。席がとなりあっているわけでもないから、わざとじゃないかぎり、大友くんは井上くんの資料集を持っていけない。
大友くんの怒り方からして、わざと持ち去った線はない。井上くんが自作自演していた説も考えにくい(だって、井上くんは資料集を探している間中、図書室に行きたがっていたんだからね)。
だとすると、考えられる可能性はひとつ。
井上くんでも大友くんでもない誰かが、井上くんの資料集を盗み、大友くんの引き出しに入れたんだ。理由は分からないけど、さっきの反応を見るに、やったのは篠崎さんだろう。
そして、白日野下さんもボクと同じように、篠崎さんがやったと気づいているはずなんだ。じゃなきゃ、ボクを止めるはずがない。
白日野下さんは「足りないね」と答えた。
「足りない?」
「うん、半分足りない。君の推理は不完全だ。それでは篠崎さんを守れない」
篠崎さんを……守る?
井上くんと大友くんを苦しめた、真犯人を?
白日野下さんはスッと目を開き、ボクの推理に足りない「半分」を説明した。
「君の言ったとおり、井上くんの資料集を大友くんの引き出しに入れたのは、篠崎さんだ。校内に生徒がいない二十分休みにでも実行したんだろう。誰もいなくなるまで、トイレにでもこもっていたんじゃないかな?」
よその学校がどうかは知らないけど、うちの学校には「二十分休みは外で遊ばなければならない」という謎ルールがある。いつまでも校内に残っている生徒は追い出されるし、図書室も体育館も開いてない。
結果、教室は完全な無人になる。校内には先生が巡回しているし、その間に持ち物が盗まれるなんて考えもしない。
「問題は、どうして篠崎さんがそんなことをしたのかだが……そもそも、大友くんに資料集を奪われたのは篠崎さんだったんだ。君の言ったとおり、井上くんじゃありえない。だって、井上くんは大友くんから一番遠い席に座っていたんだからね。篠崎さんなら大友くんのとなりだし、資料集を持ち去られたとしても不思議じゃない」
「白日野下さんも、井上くんたちの席順を知っていたんだね」
「あぁ。ポチャムズが教えてくれた。校内を散歩中に、たまたま理科室のベランダを通ったらしい。さすが、私の相棒だよ」
ポチャムズはドヤ顔でグッと親指を立てる。
席順なんて、どうやって伝えたんだろう……? いや、今は気にしちゃダメだ。白日野下さんの推理に集中しないと。
「それなら、大友くんに正直に言えば良かったじゃないか。その資料集は私のだ、って」
「言えなかったんだよ。篠崎さんは見てのとおり、
篠崎さんは真犯人であり、被害者でもあったのか。
だけど、まだ肝心なことが分からない。
「篠崎さんが本当の被害者だったっていうのは分かった。だけど、井上くんの資料集を大友くんの引き出しに入れた理由はなんなんだ?」
「もし、大友くんが資料集がなくなっていることに気づいたら、どうなると思う?」
ボクは想像してみた。
怒りっぽい大友くんのことだ、きっと大騒ぎしていただろう。班以外の生徒や先生をも巻き込み、資料集を探させていたに違いない。
もし、ボクと同じことを、篠崎さんも想像をしていたら……?
ボクの頭の中を覗き見したかのように、白日野下さんはうなずいた。
「井上くんは優しい。大友くんみたいにやたらと騒がないし、相手が間違っていても許せる、心の広い人間だ。篠崎さんもそれを知っていたからこそ、自分の資料集の代わりに、井上くんの資料集を大友くんの引き出しに入れたんだよ。実際、井上くんは大ごとにならないよう、先生ではなく君に相談した」
いずれ、井上くんも真相に気づくだろう。
だけど、彼は黙っていると思う。全てが丸く収まり、大友くんがおとなしくなった今が、平和だから。
白日野下さんは全部知っていたんだ。
井上くんたちがどんな人か、誰が何をしたのか、ボクが分からなかった何もかもを。
「どうしてそこまで? 今日ウチの学校に来たばかりなのに。もしかして、大友くんが嫌いとか?」
すると、白日野下さんが立ち止まった。
彼女の目が夕日を映し、真っ赤に輝いて見える。ポチャムズも同じ目で、ボクを見ていた。
……ゾッとした。とてつもない怪物と出会ってしまったような感覚。ボクは恐怖のあまり、その場から動けなくなった。
「嫌いだね。自分勝手で、他人に厳しく、自分には甘い。冷静に物事を見極められないくせに、自分を賢いと思い込んでいる。ああいうタイプは、犯人にも被害者にも捜査官にもいたけど、全員苦手だったなぁ」
「……」
「しかも、声がやたらデカい。誰彼かまわず大声でベラベラとしゃべり歩くから、苦労して手に入れた機密情報がもれてしまう。彼の声、一階の下駄箱まで響いていたんだよ? 私が来なかったら、先生にバレて騒ぎになっていた。今回のことは、彼にとってもいい勉強になったんじゃないかな?」
犯人? 被害者? 捜査官? 機密情報?
どんな生活をしていたら、そんな単語が出てくるんだ?
ボクは、ずっと抱えていた疑問を、白日野下さんに投げかけた。
「……白日野下さん。君は、いったい何者なんだ? ポチャムズは本当にネコなのか?」
白日野下さんはネコのように目を細め、ほほえんだ。
「謎解きが趣味の、ただの小学生だよ。そしてポチャムズはまぎれもなく、ネコだ」
「にゃー。にゃー。に゛ゃッ……ゲホゲホッ!」
なぜだろう? 鳴き声がわざとらしく聞こえる。
◯
こうして、ボクは白日野下真実子こと、「転校生探偵」と出会った。
だけどまだボクは、彼女があの転校生探偵だとは知らない。
(第二話へつづく)
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