祝えよ。

羽川明

祝えよ。

 みんな泣いていた。

 ぼくは怒っていた。


 風化させてはいけない、忘れてはいけない、教訓を後世に残さなければいけない。


 いけない、いけない、いけない。

 いけない?


 道ゆく人たちはみんな曇った顔をしていた。

 ぼくは晴れやかな顔でありたかった。


 発生から何周年かの節目だからと、今日は黙祷と演説をするらしい。


 そろそろ始まる。

 気づけばぼくも公民館に来ていた。


 すすり泣く声が聞こえる。

 やりきれない表情が見える。

 溶け出したろうがかすかに香る。


 笑い声じゃない。

 うれしそうじゃない。

 ぼくのためのろうそくじゃ、ない。


 集会場はたくさんの人でひしめいていた。

 正面の台にはマイクが立てられている。

 もうすぐ市長の演説が始まるらしい。


 ぼくは走り出して、台へと駆け上がった。

 集まった人たちはぽかんとして、見上げることしかしない。

 気づいた役所の大人たちがぼくをおろそうと腕を引っ張る。

 ぼくはおりない。

 大きく息を吸い込む。


「祝えよ」


 泣きじゃくるようにしぼり出すと、会場はしんとなった。

 静かになったところで、ぼくは続ける。


「祝えよっ!」


 ぼくをおろそうとする腕が増えた。

 混乱は怒声に変わった。

 たくさんの『なぜ?』がぼくを殴りつける。


「祝えよっっ!!」


 絶叫する。足をつかまれた。


「今日は、」


 バランスを崩して台の上で転ぶ。

 転げ落ちたマイクが大きな音を立てた。

 大人たちに羽交はがめにされながら、それでもぼくは叫ぶ。


「今日は、だ」


 祝えよ。

 誰か。

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祝えよ。 羽川明 @zensyu

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