第18話 召喚士、クラス最強を知る

「ふっ……ふっ……ふっ……」


 一定の間隔で息を吸い、そして吐く。

 脚の動きもなるべく崩さず、一歩一歩、ひたすらに前へ。


 雲一つない青空。いつもなら暖かみに感謝する太陽が、今だけは憎らしい。

 何もこんな日に快晴にならなくてもと思うが、天気に文句を言っても仕方ない。


「ほれ、ペースが落ちておるぞ。もっと脚を前に出さんか」

「……っ」


 頭上のバーンが涼しい顔をしているのも腹が立つ。

 こいつには遠慮なく文句も言えるが、今はその余裕が無い。


「あともう少ししたらゴールだよぉ。頑張れぇー」


 訓練場にフランツ先生の間延び声が響く。


 数日前、模擬戦をした訓練場。

 僕らは今、その訓練場内を何周も走らされていた。


 特別クラスはフィールドワークと称して、各地に赴き任務に就く。

 その過程でどうしても強行軍となることもある。


 魔獣から自力で逃げるなんてこともあるだろう。

 だからこそ、体力をつけておくことは重要である。


 というわけで今日は走り込みだ!


 そうフランツ先生は力説していた。


 理解はできる。

 そう説いた本人が、ウィンディ先生と共に空を飛んでるのが腑に落ちないだけで。


 そんなこと振り返っているうちに、ノルマ分は走った。

 先にゴールしていたケヴィンと合流する。


「お疲れさん。今回は俺の勝ちだな」


「フゥ……君は剣でも戦うんだから……もっと大差つけて勝ってほしいものだけど?」


「そうしたかったんだが、思いのほか差がつけられなかったな。どこかで訓練を?」


「辺境伯領のみんなに走らされたよ。体は全てに勝る資本ですってね」


「素晴らしい教えだ」


 少しするとイスラがゴールしてきた。

 僕らよりも疲労が強そうだ。


「ゼェ……ゼェ……二人とも、早いね……」


「お疲れさま、イスラ」


「イスラはもう少し鍛えろ。お前も剣を使うだろう」


「ケヴィン、君を基準にされたら、剣を嗜むほとんどの貴族が鍛え直さなきゃいけないよ……」


「あー、それは嫌だなぁ」


「ケヴィンについていけるアレクも大概だよ……」


 しばらく話していると、オリビアがゴールする。

 僕らと比べると……いや、比べるまでも無く、可哀そうなくらい疲れている。


「ゼェー……ゼェー……」


「オリビア、大丈夫かい?」


 イスラの心配に対して、疲労で項垂れながらもオリビアの首は横に振られる。

 女性陣は、男性陣の半分のノルマを走れば良いことになっている。しかし、それでも貴族令嬢には厳しいだろう。


「ゼェー……ゼェー……なんで、公爵令嬢であるわたくしが……走り込み、なんて……」


「特別クラスに来た当初から、フランツ先生が説明されているだろう?体力をつける必要があるからだと」


「なぜインドアなわたくしが、体力をつけなければいけないんですの……」


「アウトドアに引っ張り出されるからだな」


「理不尽ですわ……あんまりですわ……」


 オリビアの問いに、イスラは苦笑しながら、ケヴィンは呆れ顔で答える。

 察するに、何度もされたやり取りなのだろう。


「でもオリビアは、貴族女性としては相当走れてるよね」


「そうですわよねアレク!」


 ふと思ったことを漏らしたら、オリビアがズイッと近づいてきた。


「こっちはアカデミーに来る前まで、走ること自体、指折り数えるくらいしかありませんでしたの!最初の頃なんて一周も走れませんでしたわ!これでも成長しておりますのよ!わたくし!」


「う、うん」


「それをイスラとケヴィンは『まだ足らない、もっと鍛えろ』の繰り返し……結果も大事ですが!人とは!変化を!成長を!褒めて欲しいものですのに!」


「オ、オリビア?落ち着いて?」


「というかアレク!あなたもなんなんですの!?バーンを頭に乗せたままずっと走っておりましたわ!体幹マジでどうなってますの!?気になって疲労感が倍増ですわ!」


「それは我が天才的バランス感覚とスライム的衝撃吸収クッション性、及び吸着力の合わせ技によるものだ。全力疾走されようが、頭をブンブン振られようが、振り落とされることは無いぞ」


「どういう体勢になっても乗ってるからさ。僕も最初はビックリしたよ」


「もっとビックリなさい!あなたの頭上にスライム技術の結晶ができてますわ!魔道具に使いたい!!」


「オリビア、結構余裕あるね?」


 そして、最後に聞こえてきたのは──


「みなさーん!冷たいお水をお持ちしましたー!」


 観戦エリアから聞こえてくる、クリスタの声だ。





 彼女はまだ召喚術が使えない。

 やれるとしたら後方支援ぐらい。

 端的に言えば、まだ戦力にはならない。


 そう思っていた。

 あの模擬戦の日までは。


 ケヴィンとの模擬戦の後、フランツ先生にけしかけられ、なぜかクリスタと僕との模擬戦が開かれた。

 なぜクリスタと戦わなければいけないのかと戸惑っていたが、その戸惑いこそが間違いであり、決定的な隙だった。


 模擬戦は一瞬で終わった。


 開始の号令とともに、クリスタは一気に距離を詰めてきて、

 バーンを遥か遠くに投げ飛ばし、

 僕も背負って投げた……らしい。


 らしい、というのは、僕は気づいたら空を見上げていたから。

 見えている光景と背中の痛みで、やっと把握した。


 クリスタが勝利し、僕が敗北したということを。

 

 ストイルを召喚する暇も無い速攻。

 完全敗北だった。


 状況は把握できても、理解が追い付かない。

 できれば理解したくない。


 そんな僕と、開いた口が塞がらない皆に、フランツ先生は説明してくれた。


『クリスタは強化魔法、それも、とんでもなく強大なものを付与されているみたいでねぇ。初めて会った時のクリスタは、大の男が数人がかりで運ぶような資材を一人で担いでたなぁ。たぶんその時の僕も、みんなと似たような顔してたと思うよぉ』


 それからは、信じられない光景の連続だった。


 訓練の一環として短距離走をすれば、風のような速さで走り抜けて。


 跳躍すれば天高く飛び上がり「鳥さんをびっくりさせてしまいました」とはにかんでいた。


 そして今日の長距離走。


 男性陣のノルマの二倍の周回数を、僕らが一周している間に走破。


 息一つ切らさずにそのまま僕らの応援に回ってくれて、先ほど「お水を汲んできますね!」と出ていき、戻ってきたのが今だ。


 思い返せば、出会った時からおかしな点はあった。


 ミノタウロスの召喚士から一緒に逃げた時も、アカデミーの廊下を走った時も、貴族令嬢にも関わらず息一つ切れていなかった。


 エリーを助けた時だってそうだ。

 クリスタはエリーを抱き上げていた。

 子供とはいえ、決して軽くはないはずのあの子を、その細腕で、だ。


 全て、魔法で強化されていたと考えれば合点はいく。


 歩いてくるクリスタに軽く手を振る。

 瓶に入れた水をこぼさないように、今は人並みの速さで歩いているようだ。

 人並みであることに違和感を覚えている自分が恐ろしい。


「あのケロっとしてる顔見える?未だに信じられないよ。僕、彼女に負けたの?」


「レディの素敵な笑顔だね……いい加減に受け入れなよ、アレク。負けを素直に認めるのも大事なことだろう?」


「ぐぅ……」


 イスラに正論で殴られる。

 ぐぅの音しか出ない。


「我は訓練場の外に投げられただけだ!負けてはおらぬ!」


「アレク。あそこまで距離が空いた場合、再召喚はできますの?」


「無理……」


「じゃあどっちにしろ貴方たちの負けですわね」


「ウガー!我は認めん!みーとーめーんーぞー!」


 オリビアの正論がバーンに刺さる。

 子供が駄々をこねるかのように、バーンは地面を転げまわる。


「アレクはまだいいだろう。お前に負けた俺は、このガタイで彼女より弱いことになるんだぞ。周りにどう説明したらいいのか分からん」


「彼女が強化魔法を付与されていることを説明すればいいと思うよ。その強化魔法が説明しづらいのが厄介だけど」


 イスラの言葉により、一同の視線は、観戦エリア向けられる。


 そこにあるのは、観戦席にちょこんと鎮座している卵。

 いつもクリスタが抱えているものだ。


 ウィンディさんの説明を思い出す。


『この卵から、尋常でない魔力がクリスタさんに流れて、包み込んでいるんです。まるで、クリスタさんを守るように。その魔力が彼女の身体能力を強化しているとしか思えません』


 その魔力量が通常の魔獣では絶対にありえないものであったことから、あの卵は盟約召喚獣級であると判断した。そう付け加えて。


「デタラメな身体強化が、卵によるものなんて……そんなの、前代未聞ですわ」


「いっそ、クリスタは魔獣でした、とか言われた方がまだ僕は信じられるよ」


「同感だ」


「ハハハッ!物語よりも現実の方が奇妙だとは言うけど、その最たるものだね」


 四人でそんな話しながら、クリスタと合流する。


「お待たせしました!こちらをどうぞ!……って、皆さん、どうかしましたか?」


 水を渡そうとしながら首を傾げるクリスタに、僕は苦笑交じりに応える。


「いや、やっぱりクリスタがクラス最強だよねって話をしていただけだよ」


「あうぅ、恥ずかしいです……」


 そんなクリスタの様子に笑い合う。


 晴れ渡った空に、鳥の鳴き声が聞こえる。甲高く。

 それは、僕らの様子を見て一緒に笑っているのか。

 それとも、起こるであろう波乱を憂いて泣いているのか。


 これから嫌でも知ることになるだろうな、なんて思いながら、渡された水を飲んだ。


「水、うっま……」



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召喚士は護りたい……何を? ~これはスライムですか?いいえ、バハムートです~ じんじん @jinjin777

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