第17話 召喚士、模擬戦を振り返る

「なぜだ?……なぜお前がここに?」


 気づいたら剣を突き付けられていたケヴィンは、状況が飲み込めていないようだ。

 先ほどと同じ問いを繰り返している。


「そんなに難しい話じゃないよ」


 ストイルに剣を降ろさせる。

 バーンも定位置頭の上に戻ってきた。

 盛大に蹴られていたが、特に問題なさそうだ。


「ストイル……向こうで戦ってた僕の召喚獣を送還して、すぐに再召喚したんだ。にね」


「馬鹿な!?」


 先ほどまでゴーレムとストイルが戦っていた場所では、ゴーレムが申し訳なさそうにペコペコしていた。

 ストイルが目の前からいなくなった瞬間も、すごくあたふたしていたのが見えた。

 なんというか、外見に反して愛嬌があるゴーレムだ。


「僕は召喚士だ。剣士が剣で戦うように、僕は召喚術で戦う。当然の話でしょ?」


「……言っていることは理解できる。できるが……それをあの瞬間、あの土壇場でやったというのか……?送還にも、再召喚にも、それなりの時間がかかるはずだ」


「最初に言ったでしょ。召喚術には自信があるって。訓練次第で召喚術の行使は早くできる。ただ、送還して即再召喚はできない。それができるのが理想なんだけど、今はどうしても数秒かかる。だから、その数秒を稼ぐために、君とゴーレムを分断させてもらったんだ」


「っ!?」


 相手は古代技術満載の戦闘用ゴーレム。

 対応をストイルに任せざるを得ないが、そのストイルが自らカバーに来るのは難しいだろうと予想できた。


 隙をついてストイルを強制的に再召喚し、勝負を決める。

 これが唯一の勝ち筋だったけど、問題はその準備だった。


 すぐにカバーされてしまうような位置関係では、再召喚が間に合わない。

 だからこそ、ストイルは戦闘開始直後に飛び退いていたし、僕も回避にバックステップを多用した。


 お互いの距離が離れるように。


「時間稼ぎをしていると思っていたが、稼いでいたのは距離……まさか最初から、あの一瞬の為のお膳立てだったとは……」


 悔しさを押し殺すかのような溜息が、ケヴィンから漏れる。


 目の前にあった勝利が掻っ攫われるというのは、理解はできても、すぐには納得できないものだろう。

 掻っ攫っていったのが直前まで失望しかけていた相手なら、なおさらだ。


 だから、僕は彼に語らなければいけない。


「……『王国の盾は、紛うことなく〝盾〟であれ』」


「……?」


「父上…バーンレイ辺境伯の言葉だよ。盾を持つ者は、それを頼りに戦う。盾が脆弱ではまともに戦えない。周りにいる者たちが安心して頼れるような『盾』であろうとすることが、我が家では必須だ、ってね……僕はまだ、それができていないみたいなんだ」


 遠くから声が聞こえる。

 見ると、観覧エリアから他のメンバーがこちらに近づいてきていた。


 模擬戦はもう終わったのに、クリスタの表情からは心配の色が消えていないように見えた。


 心配は不要だと。

 僕がいれば大丈夫だと安心してもらえるようになるのは、果たしていつになるか。


 父上の言葉の重さを、また実感する。


「それに、バーンレイの召喚士がこんな小細工でしか勝てないようじゃ、たぶん周りが納得しないでしょ。もっと派手に勝ってほしいんじゃないかな」


 僕自身は、戦略的に問題ない限り、勝てれば戦術なんてなんでもいいと思っている。

 けどその一方で、彼の非難は最もだったとも思う。

 〝バーンレイの召喚士〟であれば、このくらいの模擬戦、一蹴して当然なんだろう。


 誰よりも、僕がそれを分かっている。

 

 盾としても、召喚士としても、僕はまだまだ足りないことだらけなんだ。

 それを、戦った彼には分かってほしかった。


「僕は、まだ何も成していない。できないことだらけだ。名ばかりだと失望されることも、今は仕様が無いと思っている。だからこそ……その名に届くための努力は怠れない」


 改めてケヴィンを見据える。


「というわけで。これから僕が成すことを見て判断してよ。次代の王国の盾。バーンレイの召喚士。僕がその名に足り得るのか、ね。」


「……は」


 苦笑しながら、ケヴィンが剣を納める。

 先ほどまでの威圧感は、もはや感じられない。


「今後に期待しろ、と。勝者にそれを言われてはな……完敗だ。それと、模擬戦中の数々の非難を撤回させてほしい。申し訳ない」


「撤回?簡単に言うではないか」


 怒気に溢れた声で、今度はバーンが威圧する。


「アレクを、バーンレイを愚弄しておきながら、その程度で済むと?随分と舐めてくれるものだ」


 せっかく綺麗に納まりそうだったのに……。

 僕らを思っての怒りであることは、嬉しいけどもね。


「ケヴィン。謝罪の気持ちがあるなら、この後に食堂でご飯を奢ってくれない?お腹減っちゃってさ」


「勝者はそちらであり、非があるのはこちらだ。そんなことでいいのなら構わない。いくらでも食べてくれ」


「だってさ、バーン」


「此度は赦してやる!二度目は無いぞ!肝に銘じよ!疾く、食堂へ行くぞ!」


 打って変わってホクホク顔になったバーン。

 ストイルもここでやっと剣を納めた。


「……主人を愚弄されること。それは騎士として決して看過できぬことです。次はありません」


「ストイル、もういいってば」


「いや、主君に剣を捧げた者であれば当然の感情だろう……ストイル殿と言ったか。承知した。二度とバーンレイを……アレクを愚弄することは無い」


 それを聞いて溜飲が下がったのか、ストイルは送還されていった。

 唐突に始まった模擬戦だったけど、無事に終わってよかった。

 ご飯もご馳走になれるし、結果も上々だ。


 ……最近、人に奢られ過ぎな気がするけども。


「だだだだ大丈夫ですか!?」


 送還とほぼ同時に、クリスタたちが到着した。

 クリスタは両手でポーションや包帯、塗り薬などを抱えている。


「アレクさんケガはないですか?!バーンちゃんは思いっきり蹴られてましたけどお口とか切れてませんか?!」


「クリスタ、大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」


 到着するや否や、全力で心配されてしまった。

 想像していた以上に心配させてしまったようだ。

 ケガらしいケガは無いから本当に大丈夫なんだけど。


「で?模擬戦はどうだったかな、ケヴィン?」


 フランツ先生はケヴィンに問う。

 いつも以上にニヤニヤとしているフランツ先生に、ケヴィンは少し居心地が悪そうだ。


「……アレクには先ほど言いましたが、完敗です。召喚士としての実力不足を痛感しました」


「だから日ごろから注意していただろう?個々の戦力の合計が、召喚士としての実力ではないと。君も、君の召喚獣も間違いなく強いよぉ。だけど、連携を活かしてこその召喚士だ。ちゃあんと、自分の召喚獣と向き合いなさいねぇ」


「…………はい」


 そう返事すると、ずっと申し訳なさそうにしていたゴーレム向かって──


「……すまん」


 謝りながら、ゴーレムを送還した。

 そのやりとりに、少し違和感を感じたのは気のせいだろうか。


「アレク!君、すごいじゃないか!」


「えっ?」


 急に話しかけられて、思考が中断された。

 いつの間にかイスラが隣にいた。

 オリビアも一緒だ。


「ケヴィンが強いことは間違いないんだ。模擬戦で私とオリビア二人がかりでも、ほとんど勝てないんだから。その彼に勝った君はとんでもないよ!何よりあの勝ち方!召喚士の理想形とも言えるものだ!本っ当に頭が下がるよ!」


「初手と最後で見せた高速召喚!あれほど早い召喚術の行使は見たことがありませんわ!召喚陣も確認できませんでしたし、どういう理論なのかさっぱり。よければ教えてくださらない?!」


「あー、うん。いいけど」


 二人の目は先ほどのギラギラとした目から、興味津々といったようにキラキラした目に変わっていた。


 この目を見たら断りづらい。

 後でコツを教えてあげよう。


 やっと落ち着いたクリスタは僕の背後で「心配しましたよぉ……」とバーンを抱きしめている。

 いつもの卵と一緒に抱かれているため、圧迫されてる感がすごい。


「クリスタ……ちょ、息が、苦し……胸、デッ……」と、かすかに聞こえる気がするけど、気のせいだろう。


「これでも、クラス最強の自負があったのだが。アレクに譲ることになるな」


「何そのピンポイント過ぎる称号。要らないよ」


 ケヴィンからの微妙な称号の授与を、ヒラヒラと手を振り拒否する。


「クラス最強、ねぇ」


 ヘラヘラ顔を通り越して、ニヤニヤしながらフランツ先生が呟く。

 あれは何か含みがあるときの顔だ。昔何度も見させられた。


「ケヴィンにアレクが勝ったんだから、アレクの方が召喚士として強い。そりゃあそうだろうねぇ。でもでもぉ……」


 フランツ先生はある方向を見つめる。


「まだ実力を見ていない子がいると思うけどぉ?」


 その視線を追うと、行きついたのは僕の背後。

 スライムなのに圧死しそうになっているバーン……ではない。


 先生の視線は、その少し上。


「……えっと?皆さん、どうかしましたか?」


 クリスタの顔を見ていた。


「「「「…………え?」」」」


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2024年12月13日 00:00

召喚士は護りたい……何を? ~これはスライムですか?いいえ、バハムートです~ じんじん @jinjin777

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