#95 翡翠のブレスレット@甘やかさないとダメなカノジョ


ひとときとはいえ、麻友菜のおじいちゃんの厚意を仇で返したくない思いもあり、俺は急遽弓子さんの実家に赴き、通夜式と葬儀に参列した。



自分で“おじいちゃん子”と宣言するくらいには、大好きだった人の逝去は堪えたのだろう。



麻友菜とともに東京に帰ってきたのはそれから一週間後だった。早いもので、翌週からは新学期を迎えるし、実際に課題が終わっていない現実にため息が出るばかりだ。いや、終わっていないのは麻友菜だけなのだが。



相変わらず、俺の家に入り浸り課題をこなす毎日だ。



「それで、形見でもらったのがそれか」

「うん」



ノートを広げながら、麻友菜は翡翠のブレスレットを手首から外して、窓の外から入る光に翳して見せた。翡翠の玉をワイヤーで通したブレスレットで、生前おじいちゃんが大事にしまっていたものらしい。



「これ、わたしが中学のときに家族旅行で買ってきたお土産なんだ」

「なるほどな。パワーストーンの効果としては、長寿とか幸福だから、おじいちゃんにはちょうど良かったんじゃないか」

「そう。春輝は本当に物知りだなぁ。お土産屋さんのおばさんにそう勧められてお小遣いでがんばって買ったんだよね」



だが、本物なら高額だと思う。中学生の小遣いではかなり厳しいだろう。日本で採れたものならばなおさらだ。ということは、海外産のものだろうか。だが、この際それはどうでも良いことだ。麻友菜が買ってくれたことに意義がある。



おじいちゃんは嬉しそうに身につけていたが、最近では大事そうにガラス棚に入れて保管していたらしい。



「でも、これ偽物かもしれないよね」

「そんなことないだろ。それに、おじいちゃんにとっては、宝物だったんだろうしな」

「この前、クララちゃんのおじいさんに見せてもらった翡翠に比べたら、笑っちゃうくらいに色が薄いし」



神酒谷神山神社に伝わる社宝の勾玉はこぶし大の翡翠。作られたのが室町時代というなんとも壮大なスケールのものだが、目の前の翡翠のブレスレットはそれに比べて劣るのは当たり前のこと。しかし、思い入れは人それぞれ違う。



おじいさんや麻友菜にとっては、社宝よりも大事にする理由がある。別に社宝の勾玉を貶しているわけではない。だが、価値観は人それぞれだ。



「それでも思い出は詰まっているだろ」



クララにとっては、これから大事にしなければいけない社宝の翡翠。それも大事にしなければいけない理由がある。



俺の大事な存在の二人が“翡翠”に思いを巡らせることになったのは偶然としか言いようがない。



「うん……春輝、来てくれてありがとう」

「ん。亡くなってしまったのは残念だな。俺もあのトマトの味は忘れないようにする」

「苗木、届いたかな」

「そういえば昨日、届いたと電話があったぞ」

「良かったぁ。育つといいな」



麻友菜のおじいちゃんの育てたトマトの苗木をいただいたのだが、二番街では育てることが難しいために神酒谷神山神社に送ったのだ。山崎改さんは趣味で園芸をしているために、喜んで引き受けてくれた。しかも、麻友菜のおじいちゃんはマメだったのだろう。なんとトマトの生育に関して、仔細に書かれたノートが発見されたのだ。



東北地方と兵庫では気候が違うものの、神酒谷神山神社の標高を加味するとむしろ似ているらしい。



「それで作ったのがこれだ」

「トマトなの……これ?」



冷蔵庫から取り出したのはトマトのチーズケーキ。甘すぎるくらいに甘いトマトだから可能だと判断して作って正解だった。多少酸味があるものの、チーズと合うアンバランス感満載のデザートで、色彩はむしろイチゴにも似た薄っすらとピンク色をしたケーキだ。シンプルに仕上げたために、デコレーションはなにもしていない。



「将来、店を出したら、このトマトで作れるのはなにかって考えた結果だ」

「お店で使ってくれるの?」

「もちろんだ。メニューとレシピにおじいちゃんの軌跡が息づくだろ」

「……うん。ありがとう。春輝」



“麻友菜、春輝くん、このトマト食べてみろ。甘いぞ”



「麻友菜、泣いていいぞ。参列中は泣けなかったんだろ」

「……甘いね。おじいちゃんのトマトってデザートになっちゃうんだね」



俺達が東京に帰るとき、暑い中ずっと電車が通り過ぎるのを眺めていた。見送ってくれたんだなと思うと胸が熱くなる。そう考えると、俺も祖父母というものに会ってみたい気がした。小谷小夜の両親や、並木秋子を育てた親は今なにをしているのだろう。



「そうだな」

「甘いのにしょっぱい」



それは麻友菜の頬を辿って落ちた一筋の涙が口に入ったからだ。



「どうして麻友菜がこんなに愛おしく育ったのか分かった気がした」

「……ダメ人間製造機は……今、稼働しないで」

「悪かったな」



トマトは甘やかすと甘くならないとおじいちゃんが言っていた。だが、麻友菜は真逆だ。大切に育てられてきたのだろう。



「だが、麻友菜は甘やかさないとな。腐らせるまで甘やかすから覚悟しておけ」

「なにそれ……、もう」



麻友菜は俺の胸に顔を当てて泣きじゃくった。ようやく気持ちの整理がつき始める頃だろう。葬儀中は気丈にも泣くことはなかった。

感受性が高い子だから、余計に傷つきやすい。



だから俺が近くで甘やかさないとダメだ。



その夜はまた貴崎由芽が訪ねてきた。今度は影山樹を引き連れて。迷惑にもほどがあるが、麻友菜は楽しそうに笑ってくれて、結果オーライとなった。

俺の作ったトマトチーズケーキは秒でなくなったのは言うまでもない。



麻友菜が受け継いだ翡翠のブレスレットは、これから毎日欠かさず身につけるようにするという。



思い出だけではなく、その意思を継ぐように。







___________________

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偽装カップルになって、と頼まれたクラスのスクールカースト1位を夜の街に連れ込んだら懐かれてしまった件について。 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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