第10話 木製の可能性

 白色ロシアの航空技師は同志を連れて軍関係者へ頻りに売り込みをかけた。白色ロシアは赤色ソ連に対抗する技術を広く求め、赤色ソ連から亡命した技術者も安定した生活を夢見て競争は激しい。特に航空機関係は日本軍も注視した。多くの技術者が営業をかけて実際に日本軍が採用することも見受けられる。


「全木製の戦闘機と爆撃機、偵察機ねぇ。我が国は全金属製の軍用機を志向している。木製機は重量が嵩んで防弾も好ましくない。金属は潤沢に用意できた」


「その通りですが、何より、木はいくらでも手に入ります。シベリアは白樺がよく生えている。これを使わないことがありましょうか」


「強度はどうなっている。粗悪では話にならん」


「デルタ材を用います。これは白樺を使った合板であり、非常に頑丈で耐火性に優れ、木材だからと油断されては困ります」


「ほう」


「一度戦争が起これば大量の金属を消費します。航空機だけでも木材に置き換える。それだけて戦車や装甲車、小銃を優先的に製造できる」


 彼らは全木製の軍用機を売り込んだ。白色ロシアはともかく日本は陸海軍関係なく全金属製の戦闘機や爆撃機などが一般的になりつつある。今更に全木製機を投入することはナンセンスと断じた。全木製機は全金属製機と比べて重量が嵩み、速度性能、運動性能、加速性能等の機体本体の性能が損なわれる。さらに、木材は金属に比べて強度に劣った。機体の防弾や火災が懸念されて門前払いを受けそうである。しかし、彼らは自信満々に宣伝した。


「何も全木製に拘る必要もありません。どうです? 例えば、主翼だけ木製にして胴体は金属製にする。一部を木製に置き換えれば、金属の消費は抑えられる」


「主翼を木製にする意図はなんだね?」


「木材は入念に加工すれば金属よりも空気抵抗を少なくできます。速度性能と運動性能、加速性能は空気抵抗を少なくすることで…」


「どうにか軽量化できないのか? 強力なエンジンに軽量な機体は歓迎したい」


 彼らの秘密兵器はデルタ材と呼ばれる合板だ。ロシアに自生する白樺の合板である。詳細な説明は省略するが、特殊な加工を施すことで、非常に頑丈で耐火性に優れた。木材としては頑丈で耐火性に優れることから軍用機に適する。白樺は白色ロシアのシベリアから簡単に入手できた。


 しかし、デルタ材も重量が嵩むことは変わらない。金属と同等に並ぶこともできず、デルタ材の全木製機は全金属製機よりも重く、現在のエンジンでは良好な性能を発揮することは不可能だった。空冷も液冷も1000馬力級が限界である。軍関係者は軽量化を頻りに要求した。軽量な機体に強力なエンジンという思想が根強い。


「それは難しいです」


「おや、軽量化してみせる。啖呵を切ると予想していたが」


「私は正直者です。どこぞのソ連とは違います」


「君が正直に言ってくれたことは認めよう。しかし、重い機体になっては…」


「無駄を省けば良いのです。燃料タンクは必要最低限にします。これで軽くなる」


「大陸での運用だから航続距離は短くても構わない。最低でも1000kmを確保してもらおう。それが難しいのであれば、落下式増槽を使うか?」


 全木製機の重量問題はどうしようもないが、全木製機の重量問題は木材ではなく、他を削ればよいのだ。機銃から燃料タンクまで大陸の運用に適正化しよう。大陸の運用を想定している都合から航続距離は短くても構わなかった。前線飛行場や鉄道航空隊から補給を受けられる。


 もっとも、全木製機ばかり追いかけることもいただけない。金属と木材の混合を妥協点に模索した。日本軍も金属資源の節約は可能なら行いたい。各資源は輸入に頼っているため、豊富に存在する木材を軍用機に多用して余剰を戦車や装甲車、野砲、小銃に回した。


「まずは作らせてみればいい。軽戦闘機、重戦闘機、爆撃機、偵察機など種類は問わない」


「是非とも、やらせてください」


「しかし…」


「鉄は熱いうちに打て。我が国の航空機技術が飛躍的に発展する中で新しいものは吸収する。こうして何かと文句をつけて追い払うことは好まない性分なんだ。まずはやらせてみよう」


 営業にジッと耳を傾けていた将軍は鶴の一声で機種を問わずに試作を命じた。日本の航空機技術は「欧米を追い付き、欧米を追い越せ」と飛躍的な発展を見せている。この重要な時期に新技術をあれこれと試してみるがよろしい。仮に失敗しても貴重な経験が積み重なる。


「君たちの予想で構わない。ソ連が全木製の戦闘機や爆撃機を投入してくることは…」


「あり得ます。いえ、絶対に投入してきます」


「わかった。ならば、ソ連軍の航空機を圧倒する物を作るように」


 ムスッとした部下をよそに将軍と航空技師は握手を交わした。


 それからしばらくが経過する。


=1939年12月=


 日本軍は新式戦闘機の開発を急かした。


 白色ロシアと赤色ソ連の国境線で大規模な国境紛争が勃発する。これは歩兵同士の小競り合いから戦車や戦闘機、爆撃機を投入する事態にまで発展した。日本、中華民国、白色ロシアは多方面に反省を得たが、特に戦闘機と爆撃機はソ連空軍の脅威を直に感じ、1日でも早く敵軍を上回る高性能を要求する。


 日中共同出資の満州大工業地帯の試験場に試作機が飛行した。


「あれで全木製なのか?」


「だから違うと言っているだろう。主翼と胴体の大事な所に使っているが、それ以外は金属を使っている」


「大事な所に使っているなら、ほぼ全木製じゃねぇか」


「だから…」


 地上で行われている漫才じみた問答は無視する。


 試作機の一つが低空飛行で驚異的な高性能を叩き出した。最高速、加速、運動性の三拍子が勢揃い。白色ロシア、中華民国、大日本帝国の軍関係者(航空系)を呆気に取った。なんと、試作機は主要部に限り、デルタ材を用いている。当時は「全金属製でなければ高性能を発揮できない」の思想が強かったが、試作機が主要と胴体の主要部にデルタ材を使用していることを知り、従来の認識は改めざるを得なかった。


「どうでしょうか?」


「よくぞ、ここまで、纏め上げた。しかし、中島も川崎も良い戦闘機を作っている。君たちの戦闘機に一本絞りすることはできない」


「十分に理解しています。我々はあくまでも補助戦闘機を志向しました。そうでなければ、全木製戦闘機は提案しません」


「そうだな。試作機は航続距離が短いことは考慮に入れる。最低でも1000kmは確保してもらいたい。これはあの時と同じ要求だな」


「お任せください」


 試作機は木材を多く使用しているにもかかわらず高性能を叩き出した。金属の節約になる新型機は大歓迎のところ、中島社の試作軽戦闘機と川崎社の試作重戦闘機も悪くなく、海軍から参加した三菱社の試作艦上戦闘機も圧倒的な性能を誇示する。


 そんなことは重々承知している。織り込み済みだ。木製機の限界を知ることから主力機は諦めて補助戦闘機に移行する。主に大陸の運用を想定した陸軍航空隊に売り込んだ。その際は国産の軽戦闘機と重戦闘機を最大限に尊重するが、広大な大陸では戦闘機の不足が必ず生じることを説明し、将来的に全木製機を数合わせの補助戦闘機にすることを提案している。


 試作機は全木製機の前に木材と金属の混成機だが、類まれな低空における高性能を発揮し、陸軍航空隊は航続距離だけ修正を要求した。最低でも1000kmを確保することは一貫しているが、何も長大な航続距離までは求めておらず、長距離は中島社の軽戦闘機で間に合う。


「高速爆撃機も任せていただければ」


「すまない。君たちの試作高速爆撃機は偵察機に回そうと思っている。中島の後継機が確実視された」


「わかりました。今後は偵察機として磨いていきます。木製の可能性を侮ることなかれ」


続く

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極東の守護者たれ 竹本田重郎  @neohebi

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