第9話 八九式中戦車は余すところなく

 日本陸軍は機甲部隊の整備に重戦車、中戦車、軽戦車を揃えると、従来の主力だった八九式中戦車の余剰が生じ始め、一部の八九式は訓練用に下げられて尚も余剰が生じた。倉庫の置物にしては圧迫する。廃棄するにもお金がかかる。有効活用を模索した。


 八九式中戦車の砲塔を車体を分離する。砲塔は簡易的なトーチカに変えて車体は改造の上で自走砲に変えた。八九式中戦車自体の改造は拡張性の乏しさから将来性に期待できない。思い切って、砲塔と車体を切り離して別々の道を歩ませる。


「なんとも珍妙だ」


「戦車が埋まっていると錯覚したり」


「あり得るかもしれない。敵兵に心理的な圧迫を加えられそうだ」


「それにしても面白いというか」


 砲塔は白色ロシアと赤色ソ連の国境線など睨み合いの現場にトーチカとして順次設置された。トーチカを拵えるにも建設用資材と時間を要する。しかし、戦車の砲塔は完成状態のため、特別な改造は不要であり、簡易的なトーチカに使用することが可能だ。


 主砲の短砲身57mm砲は対歩兵や対地に使われる。対戦車の徹甲弾は用意されたが貫徹力は低い。よって、対戦車専門の速射砲や対戦車砲に任せ、己は敵兵の突撃を食い止めることに徹した。砲塔後方には車載機銃を有する。逐一旋回する手間を要するが榴弾投射と機銃掃射を使い分けた。


 砲塔内部の砲手と装填手を守る装甲は全周17mmの薄さである。7.92mmの徹甲弾は防げるものの12.7mmと20mmの徹甲弾は貫徹を許した。37mmや40mm、45mmの対戦車砲は500mからでも貫徹を許してしまう。しかし、八九式中戦車の砲塔は非常に小さかった。そもそも、砲弾が当たらなければ貫徹も非貫徹も生じない。敵兵の接近を許す前に57mm榴弾を以て制圧するだけだ。もっとも、見た目の不格好に狭い内部が加わり、兵士達からは概ね不評を得ている。


「こいつは鉄の棺桶だよ。コンクリートの方がマシだね」


「いくら地位の低い兵士でも、コイツは御免被りたい」


「どうせ斃れるなら広大な大地の上が良い」


 戦車の砲塔を簡易的なトーチカに変える試みは広く行われた。


 その始まりは八九式中戦車の砲塔である。


 八九式中戦車は砲塔を失って攻撃能力を奪われたが、エンジンや変速機は健在のため、車体の自走能力は依然として確保された。車体は自走可能な点から軽榴弾砲こと野砲を与えて簡易的な自走砲に改造する。そっくりそのままに野砲を搭載することはできず、必要最低限の改造を加えるが新造に比べて安上がりに済んだ。


「新型戦車を見ているから仕方ない。それにしても遅すぎる。機動野砲の方が速やかに展開できるじゃないか」


「素体の八九式中戦車が遅いんだから。予測できたこと」


「わかっているだろう。これは将来を見越した実験に過ぎない。足が遅い事は百も承知である。主に拠点や防衛線の可動式野砲と思うが吉だ」


「可動式野砲ね。物は言いようだな」


 八九式中戦車の車体に軽榴弾砲を搭載することは将来を見越した。旧式戦車を有効活用することを手探り段階である。兵器としての完成度は二の次なのだ。今は経験を積んで技術を蓄積することに意義を見出す。


 それ故に八九式中戦車の車体に与えられた軽榴弾砲は75mm級だった。日本陸軍は砲兵に関して75mmと105mmから105mmと150mmへ変更した。75mmの軽榴弾砲の運用は停止しない。九〇式と九五式の軽榴弾砲の生産は続けられ、原則として、75mm/105mm/150mmの三種類が並行して運用された。


 三八式野砲と76mm師団砲(M1902 76mm野砲)が据えられる。主力の九〇式と九五式は旧式野砲の置き換え中のため、まだ完全に置き換えるには暫くを要しており、主力野砲を与えるに数が足りなかった。よって、旧式化した戦車に旧式化した野砲を与えるが良い。


「砲弾は射程距離が若干低下するが、九〇式と九五式、四一式山砲と九四式山砲と互換性があるらしい」


「牽引式の野砲が無くても可動式の野砲があれば戦える」


「何もないに比べりゃ、随分と良いだろうよ」


 三八式野砲はクルップ社が設計した日本陸軍の75mm野砲である。第一次世界大戦やシベリア出兵に使用されたが、先述の九〇式と九五式に置き換えられ、余剰の予備兵器から引っ張り出した。車体に与える際は無駄な装備を削ぎ落して軽量化する。砲弾は野砲と山砲に互換性を有し、若干程度の射程距離低下を招くが、砲弾があるのに使えない事態を回避できた。補給に与える負担を減じることに貢献している。日本陸軍は同じ口径の火砲に可能な限りの互換性を与えた。


「76mmのロシア軍仕様も75mmの砲弾を使える。贅沢は敵だよ」


「規格も統一できたら楽なんだが」


「事情があるのさ」


 76mm師団砲(M1902)は白色ロシア陸軍がロシア帝国時代から運用する野砲だ。白色ロシアと赤色ソ連に分裂した後も中華民国と日本に製造を委託することで充足する。中華民国陸軍と日本陸軍の運用する75mm野砲の砲弾を使用可能な互換性を得るため、既存品に小幅な改造が施されており、新造品も同様の互換性を得て製造されていた。


 日本陸軍や中華民国陸軍は自軍と同じ規格に変えて欲しい。あいにく、白色ロシアは赤色ソ連の弾薬を奪取して自軍の物と使用した。ロシアの規格を貫かざるを得ない事情を抱える。日本陸軍と中華民国陸軍は自軍の砲弾と互換性を与えることを妥協点とした。自軍向けと白色ロシア軍向けを共に生産しては非合理的である。


「雨風も防げない。晴れた日の戦闘でも小銃の弾や至近弾の破片でやられる」


「基本は間接砲撃を担当する。直接砲撃は自衛の最終手段である。しっかりと擬装を施した陣地に隠れていれば尚良し」


「こんなに遅かったら逃げられない。何度も言うが、可動式野砲なんだ」


 誰もが一様に防御力と速力を指摘せざるを得ない。


 75mm野砲か76mm師団砲か問わなかった。


 八九式中戦車の車体を用いた自走砲モドキはオープントップ式を採用した。天板装甲を持たない。雨風から乗員を守る物が皆無だった。さらに、小銃や機関銃の弾も通行して、爆弾や榴弾の至近弾の破片と衝撃波が襲い掛かる。せめて、雨風は幌を張ることで防げるが、銃弾と砲弾の破片を通すことはいただけない。


 鈍足と言う点も指摘した。八九式中戦車は最速25km/hの巡航20km/hの低速が呈される。八九式中戦車が低速という弱点を抱えた。日本陸軍が機動戦に対応した新式軽戦車や新式中戦車を志向して当然だろう。八九式中戦車の車体を自走砲に改造する際にエンジンの換装は行われなかった。


「牽引の手間がかからない。これだけでも十分でしょうに」


「牽引車が不要である。もっと足が早ければ、一撃離脱の砲撃が可能なのに」


「九七式は機甲部隊の充足中のため除外する」


「九五式軽戦車は車体の大きさが足りない。野砲を載せられても弾の数が少ない」


「弾薬運搬車が必要か…」


「半装軌車の生産が進んでいる。弾薬運搬車は牽引式野砲でも必要である。余剰戦車の自走砲改造は推進すべき」


 防御力と機動力に大きく欠ける点は間接砲撃の運用から我慢する。自走砲は概して陣地から間接砲撃を行った。敵前に躍り出る機会は少ない。小銃や機関銃の弾は飛んで来ない上に榴弾も落下しない大地に展開した。防御力の問題は運用法から補うことが可能である。機動力の問題も頻繁に移動しない必要最小限の移動に抑えた。


 とは言え、主力の九七式中戦車と九八式軽戦車に追従可能な自走砲の必要は否定できない。八九式中戦車の車体を使った自走砲は兵士達から「可動式野砲」と揶揄された。日本陸軍の自走砲は新造品と改造品の二択であるが、八九式中戦車の有効活用が扉を開け、後身たちに貴重な経験を残している。


「なんだか、楽しくなってきたな」


「ほれみろ」


続く

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