第8話 シベリアの鉄路

 シベリアの大地に汽笛が鳴り響いた。 


 白色ロシアは日本と中華民国から助力を得るに際し、シベリアに鉄道を張り巡らして輸送手段を確保するが、大陸における輸送手段は鉄道が有力に変わりない。輸送機は速達性に優れるが少量で効率が悪かった。トラックは小回りが利くが量は少ない。戦車の自走も故障の恐れから好ましくない。鉄道輸送は安価に大量輸送が可能である点から主流を堅持した。


 鉄路の整備は赤色ソ連の進攻に備えた形で進められる。大恐慌に際して失業者救済の公共事業政策も含められた。日本との連絡はウラジオストクやナホトカの路線が担い、中華民国は既存の路線同士が直通運転を行い、兵士から戦車まで人と物を大量輸送している。最近は鉄道航空隊という母地の飛行場を持たない新戦力も登場した。


 そうなると、シベリアの鉄路を守る兵力が必要だろう。


「霜取りより。賊は見られず」


「霜取り隊も見逃しがあるかもしれない。十分注意して運転しろ」


「はい」


 シベリアの大地を鋼鉄を纏った装甲列車が通過した。


 装甲列車は鉄道路の防衛に従事する。装甲列車は一編成に重火器を詰め込まれて共産ゲリラを威圧と牽制した。装甲列車が貨物列車の運行前に走り共産ゲリラの襲撃を未然に予防する。赤色ソ連と白色ロシアの正面衝突に至っていない中では対ゲリラを睨んでいた。


「ここら辺は地盤が緩い。九四式だと通れないが九七式なら通れる」


「ゆっくりと行きます」


「あぁ、速度を出し過ぎるな。線路ごと沈むぞ」


 赤色ソ連に限らない大陸のヨーロッパ諸国は装甲列車を運用する。昨今の航空機の発展から無敵の存在でなくなったが、鉄道輸送を守ることに有用と評価でき続投を約束した。白色ロシア陸軍は日本陸軍の装甲列車を供与されて運行するが、日本陸軍も通行許可を得た上で装甲列車を運用する。


「鉄道航空隊を動かすにも線路の安全を確保しなければならない。俺達の仕事は小銃を持たなくても責任は重大だ。おかしいと思えば直ぐに停止させて確認の兵を送り込む」


「霜取り隊より爆薬が仕掛けられていた。これを除去するため暫く待たれし」


「やっぱりな」


「徐行運転しますか」


「いや、完全に停止して構わない。奴らが来るぞ」


 装甲列車は大掛かりな空の脅威よりも簡単な工作に弱かった。線路の部品を緩めるだけで脱線事故を誘発できる。本格的な爆破工作が仕掛けられると完全に一路線を遮断した。共産ゲリラの工作を事前に察知する霜取り隊が組織される。


 霜取り隊は日本陸軍の豆戦車である装甲軌道車が活躍した。履帯と車輪の両方を備えて地上走行と軌道上走行を両立する。車輪を使って線路上を走行することから履帯を使って地上を走行することまで幅が広い。さらに、軌道上走行用の車輪は狭軌・標準軌・広軌の全てに対応できた。本来は工作隊用に開発されたが、使い勝手が非常に良く、歩兵部隊や機甲部隊も欲する。当初は計画されなかった武装砲塔を増設して豆戦車となった。


 霜取り隊は線路に仕掛けられた爆薬を発見する。これを無力化する作業に入ったが共産ゲリラによる工作活動の対処は日常茶飯事だった。もう慣れたことである。1時間もかからずに除去した。しかし、共産ゲリラが何度も同じことを繰り返して失敗を重ねる程に愚かではない。


「敵だ!」


「それきたぞ」


「小銃か軽機関銃をっ!」


「機銃頼んだぞ!」


 線路に仕掛けられた爆薬の無力化作業中に装甲列車が突っ込むわけがない。作業の完了を待って安全を確認次第に運転を再開する。この間の装甲列車は停止を強いられ襲撃の好機を提供した。共産ゲリラは爆薬を足止めに用いて動きを封じたところを奇襲する。


「九七式装甲列車が廉価品と侮るなよ!」


「制圧射撃だ! 頭を上げさせるな!」


「軽機関銃も出せ! どうせ弾は6.5mmの在庫処分なんだ!」


 本装甲列車は九七式装甲列車と呼ばれた。


 日本陸軍の装甲列車は現地急造品の臨時装甲列車に始まる。本格的な列車は九四式装甲列車であり、臨時装甲列車の無駄を省いて軽量化を図り、シベリアの大地でも安定的な走行を確保した。九四式装甲列車は赤色ソ連と白色ロシアの国境警備、貨物列車運行の安全確保に使用するが、シベリアの大地に対して重量過大の問題は残る。


 九四式装甲列車の武装を適正化して重量過大を解決した。これが九七式装甲列車である。九四式から火砲車1両を減らして武装は10cm高射砲を75mm高射砲に変更した。火砲車1両が減ることで火力は大幅に減少したが、全ての線路で走行が可能という機動力を確保しており、攻撃力の低下はやむを得ないことに妥協する。


 九七式装甲列車の基本編成は進行方向から順に警戒車・火砲車(甲)・火砲車(乙)・指揮車・機関車・炭水車・電源車の顔ぶれだ。火砲車(甲/乙)は砲塔に75mm高射砲2門と7.7mm重機関銃2門を備え、警戒車と指揮車と炭水車は7.7mm重機関銃2門、機関車は非武装の構成を組んでいる。これらに加えて各車に小銃と軽機関銃を車内から射撃できる穴が設けられた。6.5mm弾の在庫処分に十一年式や九六式の軽機関銃と三八式小銃を使う。


「近づかせるな! 小銃の弾は通さん!」


「75mmでふっ飛ばしちまえ!」


「撃てっ!」


 装甲列車は持ち前の火力を以て共産ゲリラを圧倒した。小銃や軽機関銃の弾を装甲が阻んでいるが、至近距離まで近づかれ、車内に侵入を許したり、手榴弾や爆雷で車体を爆破されたり、等々の恐れから一切の油断を排している。


 7.7mmの重機関銃と6.5mmの軽機関銃がゲリラの頭を上げさせない。75mm高射砲は榴弾を叩き込んだ。日本陸軍は高射砲を野砲や対戦車砲に兼任させる。装甲列車の75mm高射砲は砲弾の割合を徹甲弾20%、榴弾60%、対空砲弾20%に設定した。高射砲は対空射撃よりも対地射撃を重視していることがわかる。


「この弾幕を突破できるならしてみろ」


「一人やったぞ!」


「まだだ! 撃ち続けろ!」


 指揮車から絶え間なく指示が飛ばされた。指揮車は全車両に直通回線を1本繋ぎ、火砲車はもう1本追加している。75mm高射砲の砲撃と7.7mm重機関銃の銃撃、各車自衛用の6.5mm軽機関銃の銃撃が弾幕を形成した。正規軍は充実した装備により突破できるかもしれないが、所詮は共産ゲリラの賊に過ぎず、バタバタと斃れている。共産ゲリラは白色ロシアと中華民国に包囲される中での活動は困窮を極めた。ソ連の援助も大粛清から滞る。


「止め! 止め!」


「止めい! 止めい!」


 誰の目から見ても敵賊の壊滅は明らかだった。指揮車は射撃止めを命じて確認の兵士を派遣する。装甲列車は武装兵士を満載して地上戦も可能だった。兵士たちは小銃を構えて恐る恐るに敵兵を確認する。


 共産ゲリラは賊らしい最期を迎えた。


 装甲列車は航空機の脅威や輸送車両の発達から存在意義を問われ易い。資金と資材を無駄に浪費するという指摘は全くの誤りと証明した。貨物輸送を脅かす勢力を牽制するに装甲列車が適任に違いない。なぜなら、装甲列車の敵兵に与える威圧感は半端でなかった。それもゲリラに与える心理的な圧迫は尋常どころでない。敵の戦意を喪失させることで、被害を受けることなく、弾を1発も消費しなかった。


 鉄道輸送に平和が保たれた。


 走行列車は後の世でも通ずることの「抑止力」を振り撒いている。


「安全を確認したから出発せよ。なお、負傷兵は車内で治療させる。揺れに気を付けるんだ」


「はい」


 シベリアの鉄道は装甲列車が守った。


続く

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