第9話 惨状
「あああああああっ!!
ご、ごめんなさいごめんなさい!!
ママ、ママっ!!
ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!
置いてかないでっ!! 返事をして……」
頭をかきむしるようにその場にへたり込んでしまう瑞沢の様子は、この凄惨な環境を見た他の二人と比べても異常な反応を示していた。
「大丈夫!?」
「危ないっスよ、一旦外に」
「す、すみません、だ、大丈夫、た、助けないと、生きてる、生きてる子が」
花澤と美優は瑞沢の身体を支える。冷や汗で背中は濡れており、身体は冷え切って震えている。
「無理しちゃ駄目、一回外に出ましょう」
「駄目です! 助けないと!」
「ねえさん……」
「わかった、そのかわり、ちゃんと指示には従って、約束できないなら叩き出すから!」
花澤も覚悟を決めた。
「はい!」
瑞沢の決意の瞳に説得を諦めたのだった。
「香澄ちゃん、いえ、瑞沢さん! まずはトリアージ、私情を挟まず冷静にね」
「わかりました」
「あーしは周りを見ますね」
それからの瑞沢の鬼気迫る動きは凄かった。
花澤も舌を巻くほどの素早いトリアージの判断、そしてそれからの適切な処置は学生というレベルを完全に逸脱していた。こういった現場で長く働いた経験がなければ実施することが難しいような事を一切の迷いもなく行っていく。
結果として、花澤の初見の判断よりも多くの動物を安定させる可能性のある状態まで処置することが出来た。
それから残念ながら亡くなってしまっている子のケージを奥に運び、入口近くに助けられる可能性のある子を移動させる作業を行った。
「ねーさん、これ!」
美優が施設の中にあったノートを見つけた。
「これは……そうか、そういうことね」
ノートにはここに存在する動物の正体を示す情報が書かれていた。
保護動物には色々なパターンが有る。
外で暮らしている動物が増加することによって問題が発生し捕獲などによって集められている場合。
一般の人間が、飼育動物の管理破綻を起こしてしまう多頭飼育崩壊。
繁殖などのために利用された動物が、出産適齢期を過ぎて新たな出産可能な若い個体を仕入れるために、引取屋と呼ばれる業者に預け、その引き取り屋が適切な飼育環境を整えない場合、ひどい場合には処分することまである。
さらに、最近ではそういった保護動物を集めることで募金や保護動物という名札をつけて支援、寄付という名目で実質販売をする、愛護団体の振りをした繁殖業者の下請け業者のような存在まで出てきている。
保護団体が限界を迎えてパンクする場合も、影響が大きい。
劣悪な環境で繁殖を行い、役立たずになれば、今度は下請け業者に新たな名札をつけられて商材とされる。あまりにも酷いことを、人間は行っている。
まともな愛護団体であれば劣悪な飼育環境下で繁殖を行うような業者から動物を保護するのは、その繁殖業者に引退をさせることを条件としたり、適切な飼育できる規模まで縮小させるなどの活動を行っている。
人間の欲のために動物に目を覆うような生き方を強要し、最後までしゃぶりつくすような、人間がいることを、花澤は信じたくはなかったが、今、その片鱗が目の前に広がっていた。
「役場の人間という看板を上手く利用して、処理に困った生体を手に入れていたのね……」
「いろいろと、酷いっすね」
「……ええ、ヘドが出るわ、何もかも……っ!」
花澤は、ペット業界全てが悪だとして全て消えろ! という過激派ではなかったが、一部に大いに問題があることを日常的に触れることがあった。
それでも、今目の前に広がる光景ほど腐っているとは思いたくなかった……
自分がこの業界に組み込まれているような気がして、怒りでめまいがした。
「長居はできないわ……応援を呼びましょう。
これはもう警察の仕事よ」
この施設の周囲では電波が無いために連絡が取れない。
ある程度山を降りないといけない。
3人は、一度人を呼ぶために山を降りることにする。
瑞沢は動物たちを見ていたいと提案したが、危険すぎるし、いても出来ることは変わらないという花澤の言葉に従った。
彼女は、誰よりも多くの動物をこの場で救った。それは間違いなかった。
「きゃっ!」
「ちぃ、誰だ……あんた?」
外に出た美優は自らに振り下ろされた攻撃を間一髪で割けた。
プレハブの外には、河田が待ち構えていた……
「河田……さん、なぜここに?」
「先生ぇ~~駄目ですよーここは市の管理している立入禁止区域ですよー。
あーあ、見ちゃいましたかぁ……まさか侵入者用の装置が役に立つとはねぇ……
はぁああ、めんどくせぇなぁ」
「あなた、なんてことを……!!」
「何も知らねぇ奴は、黙ってろ!!」
鉄棒を振り下ろす河田の攻撃を美優は躱し、その手を掴んで後手に決めようとする。
「ギャン、ち、く……しょ……」
「危ない危ない、よっと……あー、先生もそっちだったっけね」
ぐったりした美優を乱暴に振り回し花澤に投げつけた。
思わず受け止めた花澤は、無防備な首筋に河田の持つスタンガンを押し付けられてしまった。
ドサリと二人が折り重なるように倒れ込んでしまう。
「お前、会見に居たなぁ……こそこそ嗅ぎ回ってたのは、お前か……」
河田の表情は固まったように冷たい。
瑞沢は、後退り、プレハブの中に逃げ込むしかなかった……
声なき者の聲 穴の空いた靴下 @yabemodoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。声なき者の聲の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます