第8話 侵入
「ねーさんとはーあたしが街で絡まれているときに出会ってー、無視ってたら怒ってきて、まぁあたしもちょっと武術できっから平気って思ってたらすっげー群れてんスよー。んで、あー、やべーなーって思ったらねーさんがぱーって現れて、警察の人が来るまで背中を守ってくれてー。もうそっから大ファンなんスねーさんの!」
「え、院長って戦えるんですか!?」
「ははは、一応、空手と柔道は段持ちなの」
「み、見えない!」
「そーなんすよー、このバインバインボディでめっちゃ素早くてかっけーんス。
ついでにあたしは剣道と柔術やってるっす」
「ふたりとも、かっこいい……」
「えへへへー」
「バインバインボディっておっさんか!」
「いや、ねーさんからこーいう話が来るなんて想像もしてませんでしたよー」
「そうね、私も自分でそう思ってる」
「すみません」
「危ないことはしちゃ駄目だよって言ったのにねー。ま、仕方がないか」
「……連続虐待事件の犯人がいるかもしれないんすよね?」
「たぶん」
「だったら、あたしだって胸糞わるいんで、めっちゃ協力しまっす!」
「荒事は最終手段よ、まずは動物の安全を確保。
そこは忘れないでね香澄ちゃん」
「はい……」
「ったく、どんな奴がそんな事をしてるんだが、一発ぶん殴らないと気がすまないっすね!」
「だめよ、あんな異常な事をする人間、できれば接点なんて持たずに警察に任せるべきよ」
「警察は証拠がなければ動いてくれませんからねー」
「それに、もし、考えている人が犯人なら、警察が動いたら現場を始末してしまう……」
「……まさかねぇ……実際に、見てみないと、でもね……」
「目星はついてるんっすよね? そいつを叩きのめして吐かせれば良いんじゃないんですか?」
「もう、荒っぽいんだから、駄目だってさっき話したばかりじゃない」
「そうでした、さーせん」
「見えました……」
鬱蒼とした木々が3人を拒むように暗い雰囲気を作り出しており、その先には全ての人間を拒む金属の扉が待ち構えている。
「ねーさん、ソコの先に止めてください、ちょっと細工して隠しましょう」
美優は道外れに停めた車に周囲の木々や植物を使ってあっという間にカモフラージュを施した。荷物から出したロープなどを手際よく利用してその慣れた手つきに二人は感心した。
「相変わらず、なんでも出来るわね」
「パパに仕込まれてるんで」
「パパ……」
「パパは昔っから山とかに何も持たないで生きていく方法とか子供の頃からめっちゃ教えてくるんで、その影響っすね。ほい、これでよしっと」
そっちの、と思ったが口にはしない瑞沢だった。
一見するとそこに車があるなんてわからない見事な出来だった。
「さて、行きますか」
菅原は扉についた南京錠をあっという間に外す。
「え? 今、なんかしたの?」
「ふふん、秘密っす」
扉を閉めている鎖を外し、ガラガラと重い音を立てて扉を開いていく。
「一応、工作もしときますね」
菅原は外に出ると扉を閉めてしまう、そして、ヒョイッと2メートルはありそうな扉を飛び越えて降り立つ。軽業師のようなその運動能力に瑞沢は舌を巻く。
「一見すれば元通りですけど、引けばそのまま開くんで」
「抜かり無いわね」
「仕込まれてますから」
美優の父親は、彼女のに一体何を仕込んでいるんだろうと瑞沢は疑問に思ったが、世の中知らなくていいコトがたくさんあることを知っている。
そんな疑問よりも、敷地内に入ったことで瑞沢にははっきりと感じ取れる気配に全神経が向いていった。
「絶対に、間違いありません……こっちです」
門を抜けて正面の大きな建物ではない、瑞沢はその不快な気配の強くなる方へと歩き出す。先頭には美優が立って道を作っていく。
「たぶん、ここ使ってる人間はこっちからじゃなく建物の中を通ってるっすね」
「わかるの?」
「少なくともこの道は人が通った気配はしないっす」
建物のすぐ脇まで鬱蒼とした植物がせり出していて、普通に歩くのを邪魔してくる。
枝葉を美優が払って後から二人が続いて建物沿いに歩いていくと、少し開けた場所に出る。
そして、そこまでくると、二人でもはっきりと分かる異臭を感じる。
「……臭うわね」
「なんか、腐ったみたいな」
「あれ……あそこっ!」
瑞沢は気がつけば走り出していた。
心臓が高鳴っている。
このニオイ、瑞沢は、知っている。
大量の管理されていない動物が、そして、死体が、放置された糞尿が、腐った餌が、そういった物が発する混じり合ったニオイ。
瑞沢は知らないはずの、知っているニオイ。
「危ないっすよ!」
瑞沢の腕を美優が掴む、プレハブの小屋の窓を素手でわろうとしていた瑞沢をとっさに止めた。窓にはベニヤ板が打ち付けられており、内部は伺えなかったが、大量の虫と悪臭が、その内部の様子を表していた。
「すぐに開けるっすから、無茶しないでください」
美優は入口の鍵に取り掛かる。
瑞沢は落ち着かないように震えている、その肩を花澤が支えていた。
冷え切った瑞沢の身体を心配して声をかけようとした時、鍵が開いた。
「開いたっす」
「!!」
瑞沢は弾けるように扉を開いた。
ぶわーっとハエや小虫が室内から溢れ、そして同時に咽るような悪臭が周囲に広がった。
外の光が遮られ、真っ暗な室内、段々と3人の目が慣れていく……
「こ、これは……」
「酷すぎる……」
美優と花澤は言葉を失った。
乱雑に積み上げたゲージの中で、もぞもぞと動く影、それがやせ細った動物であることがひと目ではわからないほどの酷い有り様だ。
「あああああああっ!!
ご、ごめんなさいごめんなさい!!
ママ、ママっ!!
ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!
置いてかないでっ!! 返事をして……」
瑞沢の叫び声が、森の中に響き渡った……
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