恋愛カレンダー

 久しぶりに実家に帰った私に母が渡してきたのは今年のカレンダー。西暦表記で今年である事が刻まれた手書きのカレンダー。定規も使わないで罫線が引かれ、各マス目には幼い数字が入っている。画用紙の上のクレヨンが擦れてあまり綺麗じゃない。

「なにこれ。近所の子供にでも貰ったの?」

「なに言ってるの。アンタが書いたものじゃない。アンタが幼稚園で作って、持って帰って来て、自慢げに見せてくれたものじゃない」

 母から受け取ったその十二枚の画用紙をまじまじと見つめる。そうだっけ。こんなもの書いたっけ。もう覚えてないや。

「『みんながハタチになった時のカレンダーを作りましょう』って幼稚園の先生が見本を書いてそれを真似て書いたそうよ。覚えてないの?」

「幼稚園の頃の事なんて覚えてないよ。でも、そうか。これ、私が作ったものなんだ」

「そうよ。せっかくだから持っていきなさい」

「う、うん……」

 なにがせっかくなのか分からないし、一人暮らしの自分の部屋にコレを飾る事で崩れる空間の調和を思って少しげんなりする。例えば私に可愛がっている現在幼稚園児の甥か姪がいて、コレがそんな子からのプレゼントだったなら、飾っても可愛げがある。でも、自分の幼少期のヘタクソなカレンダーを飾るってなんだよ。自分大好きかよ。


 ――


 母に押し切られて持って帰ってはきたものの、どうしたものかな。女子大生の部屋にこんなもの飾るべき? 彼氏に見られたら何と言われることやら。彼氏なんていないけど。彼氏なんていたことないけど。


 改めてそのヘタクソなカレンダーを見る。一月二月三月と流し見して、四月のカレンダーで手が止まる。


 四月八日 やまとくんとさいかい


 小さなマス目の中に書いてある。やまとくん……、あぁ!やまと君!幼稚園で仲良しだったやまと君だ!優しくて頼もしかったやまと君、懐かしいな。元気かな。確か、やまと君は幼稚園の途中で引っ越して行ったんだっけ。そうか、この頃の私はやまと君の事が大好きだった。会えなくなる事を知って大泣きしたっけ。もしかしたら、やまと君の引っ越しを知ったすぐ後に書いたのかも。大人になった時にまた会える事を願って。もう一度会う事を再会って、先生に教えてもらったりして。たぶん、そんな感じだったんだろう。


 五月五日 やまとくんとでぃずにーらんど


 五月のカレンダーの最大のトピックはコレだ。二十歳になった今ならこんな日にディズニーランドに行く予定なんて立てない。バカな子だったんだな。洗われる芋になる事が予想できなくて、ただゴールデンウィークっていうのがワクワクするものだって事だけ分かってたんだ。


 七月二十日 やまとくんとうみ


 七月のカレンダーには海水浴の予定が書き込まれていた。大胆だな、私。再会して四か月も経たずに水着姿を晒すのか。あの頃の私はどんな水着を想像していたんだろう?ビキニかな。やっぱりビキニって可愛いしカッコイイと思ってたもの。今の私の体型がそれを実現できるとは言わないけど。……言わないけど。


 十月十五日 やまとくんとどうぶつえん


 微笑ましいな。動物園ってワクワクの塊だったもん。幼稚園児だったら、そりゃあこんな予定を書くよね。長い事行ってないな、動物園。この歳になって行っても楽しいのかしら。あぁ、ちょっと行きたいかも。癒されるかも。


 十二月二十四日 やまとくんとおとまりかい


 あらら。はしたないわね、幼稚園児だった頃の私。もちろん、友達との夜更かしの楽しさと、楽しさの中で寝落ちできてしまう非日常がお泊り会だったし、この予定によこしまな気持ちなんてまるでない。なかったハズだ。でも、そうか、クリスマスイブか。幼稚園児だった頃の私と、今の私ではその捉え方は違う。そうか、クリスマスイブに、お泊り会か。きゃあ。


 ――


 四月八日の大学は何の波風も立たなかった。満開をとっくに過ぎた桜がキャンパスの地面を淡いピンクに染めていて、空は快晴。少し肌寒い風が私の髪を乱れさせるのが鬱陶しい。

 幼稚園児の願望カレンダーの通りには行かないか。大体同じ大学に通っていたのだったら、これまでの二年間で出会っていたんじゃないかと思うもの。今のやまと君はどんなだろう。カッコ良くなってるのかな。


 いつも通りに制服に着替えてレジに立つ。セブンイレブンのアルバイトは大したお金にはならないけれど、今の日本の経済原理が詰まっているコンビニのシステムは勉強になるし、レジの内側から覗き見れる現代の社会の一端は時に退屈で、時に刺激的だ。

「いらっしゃいませー」

 カウンターの向こうに立った男性にマニュアル通りの愛想を振りまく。一本のペットボトル、コーラを買いに来たその男性の顔を見上げてハッとする。


「やまと……くん?」

 確信はないけど、面影がある。


 きょとんとしているカウンター越しの顔。


 始まる予感と、邪魔なカウンター。


 私が今着ている制服は、クリスマスカラー。


 クリスマスのピンク色の妄想が頭の中で忙しい。

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