第5話 迷子の坊ちゃま



「坊ちゃま、靴紐がほどけております!こけたら一大事ですので、一旦お止まりになってから魔物討伐へ……」


「二日も待つなんて俺、体調不良で倒れちゃうよ!そっちのほうがこけるより一大事だから!ヤバイから!ってか魔物どこ!森?南西の森だっけ!?」



自分がびっくりするくらいの早口が出た。

後ろからは、お待ちくださいよぉ……と、トボトボとした足取りの家臣が付いてくる。


俺って紳士から、いつもなら家臣に合わせて歩くけど、ちょっと今日は緊急時なので、スルーさせて頂きます。


……ってか、南西の森とか言われても、周りは一面森で囲まれてるから、南西が合ってても間違ってても意味がないんだよなこれが。

まあ勘で森の方向へ突き進んでるから、諦めたと同様だな。


「お、丁度いい近道発見!」


建物と建物の間にあいた、大人がひとり入れるくらいの狭い裏路地の柵を飛び越え、中に入る。

夏という日が照る季節だというのに裏路地は薄暗く、北風のような肌に突き刺さる冷風がただよっていた。


軽い足取りで、ひたすら森のある方に突き進んでゆく。



ゆえに、数十分―――――――――…。



何分経っただろうか。

数えていたはずなのに、いつしか経てばすっかりと記憶からとんでいた。

まあ、それでも諦めないのが、ネオなんですけどね。


ドガッ


「いっ……」


よそ見をしていたせいで、街灯の支柱の部分に、頭をぶつける。

声が出せない程痛かったのが、金属が曲がったような鈍い音でよくわかる。


激痛に頭を抱え、その場で立ちすくむ。

血は出てなかったのが、不幸中の幸いだ。

痛みが少しだけ和らいできたところで、顔を上げた。


「って……え?」


顔を上げた瞬間、目の前に映った光景に、思わず間抜けな声をあげる。

確かに、金属が曲がるような鈍い音はしたけどさ……。


まさか、マジの金属が曲がる音だったとは思わないじゃん!


そこには、支柱もろともがぐにゃりと曲がり、今にでも倒れそうな街灯があった。

ここには街灯がひとつしかないので、まさしく俺が頭をぶつけた街灯に違いない。


「鋼頭でよかったぁ……」


〝鋼頭〟というのは、力を出せば石を砕けちゃう、俺の特殊能力。

ダサいってニオに馬鹿にされたことがあったが、人間の弱点の一つである頭が鋼だなんて、もう無敵じゃん?


それを見下すなんて、ニオも人に言えないくらいダサいなぁ……。


「あれ、ってか……」


気づくのが今更すぎるかもしれないけれど……。

街灯の奥は、灰色に統一された壁がそびえ立っていた。


「おぉい行き止まりじゃねぇかぁ‼」


その叫び声が、もう先の見えない裏路地に響き渡ったのであった―――――…。



◆◇◆⚔◆◇◆



「お坊ちゃまぁ……。……ネオ坊ちゃまぁ……」


久しぶりに全力疾走したもので、疲労で坊ちゃまからよそ見をしていたら、まさかこんなことになるとは……。


ネオ坊ちゃまの名前を呼びたくても、息が苦しくて思った以上に声が出ない。


こんなことでネオ坊ちゃまが大変なことになっていたら、家臣として、ふがいなし。

って言っても、もうわたくしも72のいい歳。

全力疾走など2回も持ちません。

どうしたらいいものか……。


「ネオ坊ちゃま、ネオ坊ちゃまぁぁああ……!」


叫び声にならない声が、夕陽で赤に染まった街中に、不思議と響き渡った―――…。






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お坊ちゃまの勇者旅 仮面の兎 @Serena_0015

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